表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

第27話 国境の明確化

 朝の黒巣都は、相変わらず静かだった。

 外環区で岩を運ぶ音、糸灯の火を入れる音、眠気に負けた小さな魔物がころんと転ぶ気配。

 そういう生活の音だけが、薄く、穏やかに流れている。

 王城最上層の縁に立っていた俺の隣に、紅の複合魔瞳が凛と光らせたミニアが報告書を抱えて現れた。対外声明を発した後、ミニアたちを筆頭に、六将たちが忙しなく動いていた。俺も何か手伝おうと各地に顔を出していたが、「王であるクロ様は、いつも通りにしていてください。これは、私たち家臣の仕事ですので。」とミニアに止められたのだ。


「クロ様。国境運用の基本案、その最終稿です。」

「おう、聞かせてくれ。」

 ミニアは一礼してから、淡々と読み上げる。

「まずは、辺境軍による三層警戒を導入いたします。」

「三層?」

「はい。一層目は『嗅跡』。ハイウルフたちの匂い網で、接近してくる者を感知し、行動を追跡します。二層目は『明示』。糸政院が張る薄糸幕と目印杭で、明確な境界を相手に見せます。三層目は『通告』。越境前に必ず音と光で強く警告します。ここまでで退くなら、退去扱いとなります。」

「もし、越えてきたら?」

「原則として、六将やその部下たちによる非致死制圧を行います。激しい抵抗によって、それが難しい場合は、クロ様に蠅王威圧をお願いしたいと思います。」

「なるほど、分かった。」

 俺は深く頷いた。それを見たミニアは、次の紙を繰った。

「次に、国境裁定所の設置です。理法院のセイルの管理下に、簡易の裁定所を常設します。場所は国境脇を考えております。処理は三択。退去、誓約入域、保護です。」

「誓約入域?」

「はい。『我らを狩らない、奪わない、害さない』の誓約書に爪印か血印をもらい、通行許可証タリスマンを貸与します。違反時は即時抑留、弁明機会の後、理法院が処断します。」

「保護は?」

「飢餓や負傷、追われている者で、敵意が認められない場合です。まず守って、事情はその後聞き出します。」

「なるほど、良い案だと思う。」

「ありがとうございます。」

 ミニアは、最後の紙束を閉じた。

「最後に通告書です。字が読めない相手のために、糸政院と共作で視覚符、簡単に言えば、巣紋で作った絵言語を用意しました。『ここは蠅王国の国境』『用のある者は裁定所へ』『無断で越えると命の保証なし』。紙と糸の二重で、誰にでも伝わるようにしています。」

「素晴らしいな。早速、実装しよう。」

「はい!」


***


 境界は荒野の色を纏っていた。風に磨かれた岩肌の縁に、ヴェルナが打ち込ませた黒い杭が等間隔に立っている。一本一本に白い糸札と視覚符の板。上空にはアルドの配下が気流の筋を引き、地上ではレイヴの群れが匂いの筋を敷いている。

「糸幕、張り完了。見えるけれど、破れない、柔い罠ですわ」

 ヴェルナが指先で糸を鳴らすと、光がかすかにきらめいた。遠目にはただの空気の揺らぎにしか見えない。だが触れば、分かる。ここから先は違うと。

「空域、層位下げ完了。迂回風を作った。飛ぶなら、自然に脇へ流される」

 アルドが翼をひとあおぎすると、砂が小さく舞って、また落ちた。

 レイヴは低く鼻を鳴らす。

「匂い網、動いた。――来るぞ。人間。四体。息は荒くない。狩りの気配も薄い。商いか、偵察か。」

 ミニアが頷くと、理法院の旗がひらりと上がった。セイルの部下が判衣を正し、裁定所に姿勢を正す。

 俺は一歩、境界から下がって見守る。ここは、彼らの現場だ。

(俺は最後の砦、最後の番人。まずは、彼らの設計で回すのが一番だ。)


***


 来訪者は、荷車を引いた中年の男と、その護衛らしき若者が二人、それに雇われの手伝い一人。

 革袋に詰んだ干し肉と皮、簡素な薬草束――――旅商人のようだ。

「……お、おい……糸が、見えるぞ」

 若者が思わず手を伸ばし、直前で止めた。糸札の視覚符を見て、目を丸くする。

「なんだ、こりゃあ……絵……?」

 絵を見て内容を理解したのだろう、矢印にしたがって裁定所の前へとやってきた。セイルの部下のうち、言語を話せる者たちが滑らかに言葉を投げた。声は丁寧だが、抑揚はない。

「ここは、漆蠅王国ヴェスパリアの国境である。入域の目的は何だ。」

「う、噂を聞いて……。す、すまない、突然訪れて……。見ての通り、冒険者じゃない。ただの商売人だ…………です。」

「狩猟の意図は、本当にないんだな?」

「あ、ありません。こ、ここでそんなことをしたら、命がいくつあっても足りませんよ……。」

集めた情報書(紙)を示す。ミニアが講じた視覚符の板に、男たち4人は自らの指で血をつけ、誓約の印を押した。ヴェルナの従者が、小さな巣紋のタリスマンを渡す。薄い糸が微かに肌へ巻きついた。

「誓約を破れば、タリスマンが発動し、お前たちを熱絲で拘束する。もがけばもがくほど、より固く、より強く締まり、命を削ることになる。誓約を守っていれば、何も起きない。」

 男はごくりと喉を鳴らし、タリスマンを首から下げた。

「も、もちろんです……!誓約は必ず守ります……!」

セイルの部下は最後に、淡々と矢継ぎ早に問うた。

「交易の相手は?」

「……薬草と油を探しております。もし、獣の脂や、虫の糸が安く買えるなら、都市に運んで儲けようと……。」

「交易回廊はまだ試験運用中である。外縁帯の市場までなら、立ち入りを許可する。決して、道を外れるな。」

「わ、分かりました……!ありがとうございます。」

 緊張でこわばっていた護衛たちの肩が、少し落ちた。狼が吠えず、鳥が掴まず、糸が絞めない国境を、彼らはたしかに通った。

(初めての正式な通行者か。ここから国が発展していけばいいな。)

 ちなみに、ミニアは交易のことを最初から考えており、部下たちには金や銀、銅の採掘も指示していたようだ。この世界は、金属貨幣が中心のようなので、魔物にとっても非常にやりやすい。


***


 本日、2つ目となる影は、最初から足取りが悪かった。

 肩の跳ね、視線の刺し方、息の切り方。狩人の匂いが鋭く混じっている。

「おい、『国境』だとよ。笑わせるな。魔物に国がつくれるかよ!」

 先頭の男が、わざとらしく杭に近づき、靴先で砂を越境側へ、ぐりっと抉った。糸札の視覚符が風に揺れ、音と光が一度、明滅する。警告だ。男は笑って、もう一歩、境界線を踏み越えた。

 その瞬間、空気が変わる。レイヴの群れが影からゆっくり現れた。牙は見せない。走らない。ただ、寄せる。横から、前へ、斜めから、匂いの壁で、じわじわと進路を消していく。

「なっ……」

 足取りが鈍ったところに、ヴェルナの薄糸が垂直に立った。目には見えない、けれど、触れれば指先が勝手に退く「壁」。男の肩が糸に触れ、反射でのけぞる。

「糸……?! 見えねぇ。」

 アルドが高く輪を描く。風が一段沈み、砂が右へ流された。自然に、しかし確実に、群れの外側へ押し戻す風の斜面。

「くそ……!」

 男は剣に手をかけた。ミニアの紅の瞳が、裁定所の陰でひときわ細く光る。ハイウルフたちが一歩ずつ進む。退路は一本しか残されていない。

「……っ」

 男の喉が鳴る。足が、一歩、二歩、国境線から戻っていく。

 そして、男たちは舌打ちを残して去っていった。その背中を、誰も追わない。

「退去完了だ。」

 セイルの部下の声が、乾いた空気に短く響く。

「とりあえずは、上手くいきそうですかね。」

 ミニアが小さく笑う。俺も頷く。

「あぁ、良い感じだ。今後も続けよう。」


***


 それから、しばらく日が経った。そして、とある日の昼頃。

 遠方の地平線に、ひどく目立つ点が現れ、じわじわと大きくなった。

 国境付近の糸を確認していたヴェルナは、瞳を細める。

「白と金。聖徽旗ですわね。予想よりも早いこと。」

 その上空を飛んでいたアルドの翼がわずかに震え、空気の筋をわずかに組み替えた。風に乗ってくる匂いは、砂と油と――――冷えた鉄の匂いだった。

「面白い!」「続きが読みたい!」など思った方は、ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします!

ブックマークや評価していただければ、作者のモチベーションが爆上がりします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ