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第26話 対外声明

黒蠅城の空は、処刑の翌日も、いつもと変わらず静かだった。

城下町――巣環では、外環区の魔物たちが朝の役務に就き、中環区の小さな魔物が身を寄せ合って眠気を振り払っている。

処刑が行われたことを、まだ多くの民は知らない。だが、国はもう、一歩前に進んでいた。


***


黒蠅城の文書室で俺とミニアは、一枚の文書を前に立っていた。

紙。それは、この国にとってまだ新しい文化だ。俺が伝え、ミニアとヴェルナが試行錯誤を重ねて整えた。眼前の一枚(もちろん、大量に複製する)が、外の世界に向けて、俺たちの意思を表明する媒体となる。蠅王国という国家を世界に刻み込むのだ。

ちなみに、俺はこの世界の文字を一切習っていないが、スラスラと書けたり、読めたりする。最初は転生特典かと思っていたが、ミニアは魔人へ進化した後、急に文字の読み書きができるようになったそうだ。この声明文もミニアが書いた、達筆な文章である。であれば、俺も魔人化の影響で識字能力が身についたと考えるのが自然だろう。なお、魔物の識字率は当然0%で、王位種であっても同様だ。


「……これで、よろしいでしょうか。」

「うん、問題ない。」

俺は最後の仕上げに、蠅王クロの署名を書いた。

「じゃあ、頼んだぞ、ミニア。」

「はい……!」

ミニアは、深く頷いた。

この日、宰相ミニアが国王クロの名で声明文を世界各地に発信し、瞬く間に広がった。

そして、各国政府、冒険者ギルド、商会、宗教団体などは、それぞれの対応方針を決定していった。


【漆蠅王国ヴェスパリア 公式声明文書】

漆蠅王国ヴェスパリア 公式声明


獣骸荒野に隣接する諸勢力ならびに人間族国家、冒険者ギルド、商会各位へ告ぐ。

我らはここに、漆蠅王国ヴェスパリア(以下、蠅王国)の存在を正式に宣言する。

蠅王国は、獣骸荒野の中央に築かれた魔物国家であり、首都を黒巣都、王城を黒蠅城とする。

本国は、侵略を目的としない。領域外への武力行使を行わず、不要な争いを望まない。

友好を望む者、敵意のない者、危害を加えない者を決して拒まない。交易や対話の申し出も妨げない。

しかしながら、蠅王国および蠅王国の民を害する行為については、武力をもって応じる。国家に仇なす者には、相応の制裁を与える。

以上をもって、本国の立場を明示する。

漆蠅王国ヴェスパリア 宰相ミニア

(本声明は、蠅王クロの裁可に基づくものである)


***


俺は天守閣で、いつもと同じ場所に立っていた。

城下町を見下ろし、風に揺れる巣壁を眺める。

「……国家として、明確な境界線は引けたかな。」

独り言のように、呟く。

ミニアが静かに横に立つ。

「各国や諸勢力は、混乱しているようです。」

「だろうな。」

「ですが……」

ミニアは、城下町を見た。外環区で働く魔物。中環区で眠る魔物。

「魔物たちは、安心しています。」

俺は小さく息を吐いた。

「それでいい。俺はこの荒野の、この国の平和を守るだけだからな。」

俺の言葉を聞いたミニアは、恭しく頭を下げた。


蠅王国はその日、世界に自らの「許されざる線」を確かに刻んだ―――。

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