第19話 王位種たちの進言
天翔王カイザーグリフォンが空に翼を畳み、その巨大な影が荒野に伏した日から、獣骸荒野は目に見えて変わった。俺の指示もあるが、魔物同士が無意味に殺し合うことはなくなり、強者が弱者を一方的に狩る光景も激減した。
代わりに――――――
「秩序」という、これまで荒野には存在しなかったものが、ゆっくりと根を張り始めていた。
それを、最も敏感に感じ取っていたのは……他でもない、ミニアだった。
「クロ様……」
巣(城)の広間で、ミニアが静かに言った。
「獣骸荒野の匂いが…………完全に落ち着いています。」
「そうか。」
「今は……荒野そのものが、クロ様を中心として呼吸しているような……そんな感じです。」
(荒野が呼吸、ねぇ……)
俺は苦笑しながら、ミニアが嬉々としてつくった岩の椅子(ミニア曰く「玉座」)に腰掛けた。
(別に俺は、荒野を治めたいわけでも、王になりたいわけでもないんだけどな……。のんびり暮らしていければそれで……)
だが――――――
その考えは、長くは続かなかった。
***
ゴゥ……。
広間の入口に、重たい気配が集まる。俺とミニアが駆けつけると――――
最初に姿を現したのは、筋骨隆々の巨体、魔鬼王オーガキング。
その後ろに、魔爬王リザードロード。森狼王シルヴァウルフ。妖絲王スパイダーソブリン。天翔王カイザーグリフォン。つい先日まで、獣骸荒野の各地域を統べていた王位種全員が一堂に会していた。
「全員が揃うと圧巻だな……。……ところで、揃いも揃って何の用だ?」
俺の率直な呟きに、一歩後ろで背筋を正していたミニアが答える。
「クロ様、これはおそらく『進言』かと思われます。」
「え、進言?」
オーガキングが、重々しい声で口を開いた。
「我が主、クロ様。」
その場にいた王位種たちが一斉に跪き、頭を垂れる。
「お、おい……やめろって……」
だが、誰も顔を上げなかった。代わりに、リザードロードが言葉を継ぐ。
「我らは、獣骸荒野の王位種。この荒野を争い、奪い合い、己の力だけで生き延びてきた者たちだ。」
シルヴァウルフが、低く唸るように言う。
「だが今、荒野は初めて一つになった。強者も弱者も関係なく、生きる場所を得ている。」
スパイダーソブリンが、微笑みながら続けた。
「それはすべて、クロ様が『本当の王』になろうとしなかった結果ですわ。」
カイザーグリフォンが、最後に言葉を落とす。
「……だが、それにも問題がある。」
「問題?」
「そうだ」
グリフォンの黄金の瞳が、まっすぐ俺を捉える。
「今の荒野は、クロ様がいるから成り立っている。だが――――確かな仕組み、制度がない。」
「………仕組み?制度?」
話を聞いて何かを理解したのだろう、静かにミニアが俺の隣に立った。
「クロ様……今の秩序を保つためには、群れという緩やかな結束を遙かに超えた制度、すなわち『国家』という形が必要なのです……!」
(国家、ねぇ……)
「………分かった、正直に言うぞ。」
俺はゆっくりと言葉を選んだ。
「俺は……お前たちの王様になるつもりはない……。統治とか、そんな立派なことはできないし、誰かを支配するのも好きじゃない。」
オーガキングが深く頷いた。
「存じております。……ですが、我々には絶対的な王に導かれる形ある秩序、すなわち国が必要なのです。」
「そんなこと言われてもなぁ……。」
俺は頭を抱えた。だが、王位種たちの厳しい視線は揺るがない。
そのとき、ミニアがそっと耳元で囁いた。
「クロ様、私もクロ様が統べる国が必要だと思います。」
「えっ?」
(ミニア、お前もか……!)
「クロ様は……弱者で死ぬ運命であった私を助け、守ってくれました。そして、ともに戦い、成長する機会をくれました。私のような弱者でも生きることができる環境。この荒野に、魔物の世界に、かつてない平和な秩序をもたらしたクロ様だからこそ、それを維持できる制度を整えてほしいのです……!」
涙ぐみながら訴えるミニアの言葉が心に突き刺さった。
(……あまりたいしたことはできないけど、俺たち魔物が平和に暮らせるなら、それが一番か……)
「………………分かった、俺が正式にお前たちの王になるよ。そして……魔物の国をつくる。」
王位種全員が驚愕の表情を浮かべた。けれど、俺ははっきりと宣言した。
「俺は、独裁者にはならない。命令で縛るつもりもない。だから、お前たちが望むような制度をつくればいい。ただ……お前たちの王として、魔物の王として、これだけは守ってくれ。」
俺は王位種全員の目をしっかり見て、釘を刺すように言った。
「それは……魔物同士で無益な争いをしないこと。つい先日まで、縄張り争いや弱肉強食の奪い合い、殺し合いがあったんだ。すぐに慣れるのは難しいかもしれない。お互い、好き嫌いもあるだろう。けど、今の平和な秩序を維持したいのが俺の本音だ。お前たちを中心にその約束を果たせるのなら、果たそうとしてくれるのなら……国を作ろう。」
その瞬間。
「「「「「はっ!もちろんでございます!」」」」」
王位種たちは再び深く、深く頭を下げた。
こうして、獣骸荒野における建国が決定した。
有史以来初めてとなる「魔物の国」の建国は、のちに世界を大きく揺るがすこととなる――――
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