第17話 スパイダーソブリンの服従
オーガキング、リザードロード、シルヴァウルフとその子分たちが加わってから、巣(城)の周囲は一気に騒がしくなった。
……にもかかわらず。
「…………クロ様。」
巣の外に出ていたミニアが、紅い複合魔瞳を細めた。
そして、地面に膝をつき、慎重に匂い層を読む。
「……またまた王位種か?」
「……はい……けど、これは危険です……。美しいけれど、底の見えない魔物の匂い……!」
(危険だけど美しいって、どういう匂いなんだ……?)
その疑問に答えるかのように――
サァァァァ……
東の方角――かつてミニアが「糸の山」と言っていた場所――から、風とは違う「何か」が流れ込んできた。甘く、重く、絡みつくような気配。空気が揺れ、薄い糸が空中に浮かび上がる。
そして、樹海がふわりと開いた。まるで、森そのものが道を作るかのように。
そこから――
柔らかな光とともに、その「何か」が姿を現した。
「……っ」
ミニアが、無意識にクロの一歩前へ立った。
「クロ様……来ました……!糸の山を支配する王位種……妖絲王スパイダーソブリンです……!」
(……案の定、王位種か。ここ最近、王位種しか見てないんだけど……)
だが、不思議なことに、殺気は一切なかった。威圧も、剥き出しの敵意も、感じられない。
上半身は、しなやかな人型の女性。艶やかな黒紫の髪が背中に流れ、白い指先には細く透明な糸が絡みついている。だが、腰から下は――――巨大な蜘蛛の腹部と、八本の脚。ギリシャ神話に登場する「アラクネ」のようだ。誰が見ても、間違いなく魔物だと分かる。けれど、今まで出会ったどの魔物とも、王位種とも違う「風格」や「魔力」を持っていた。
(……もしかしたら、俺たちと同じ「魔人」の系統なのかもしれないな)
「……まぁ」
澄んだ声が、巣の前に響く。
「ここが噂の、『黒と紅の巣』なのね。」
スパイダーソブリン。そこに立つ姿は、戦場に来た種族の王ではなく、まるで舞踏会にやってきた貴婦人のようだ。
「あなたが、噂の新たな王位種かしら?」
視線が、まっすぐにクロを捉える。
「王位種かどうかは知らないが、ここ数日で南部と北部を支配下に置いた者だ。で、そちらの用件は?」
スパイダーソブリンは小さく微笑む。
「ほぼ完全な人型……でも、虫、蠅の特殊な魔力で溢れている……。ここまで完全な『魔人』に進化する種族なんて、かつて存在したかしらね……。魔力の質も深くて、静かで…………実に不思議だわ。」
次の瞬間。スパイダーソブリンが、指を鳴らした。
――キン。
***
周囲が一気に真っ白になった。
俺の視界が一気に樹海の中に引きずり込まれたような感覚もある。
木々の影が動き、蜘蛛の幻影が蠢く。
「これは……幻覚か……?」
俺は静かに目を細めた。
(……よし、見えるな)
複演視界が、普通の視界では見えない「魔力の流れ」「糸の角度」「幻覚の構造」を赤・青・緑の線として描き出す。幻影の蜘蛛の動きも、幻覚で隠された本体位置も――――全て見破れる。
俺は一歩踏み出し、手を伸ばした。
「――そこだ。」
指先が空中の一点を掴む。
「影穿。」
漆黒の槍がその一点を貫いた―――瞬間
バリンッ!
白い世界がガラスのように割れた。こうして、幻覚は完全に崩壊した。
***
俺が幻覚から抜け出すと、スパイダーソブリンが口元を覆い、瞳を大きく開いた。
「………私の幻絲を即座に破る魔物がいるなんてね……。あなた、とんでもない魔眼をもっているわねぇ…。」
ミニアが誇らしげに俺の腕を抱いた。
「当然です!クロ様は最強なんですから!」
(いやミニア、そんな腕にしがみつくなって……)
スパイダーソブリンは楽しそうに笑いながら俺に近づき、艶やかな唇をわずかに吊り上げた。
「……ほんと、素敵。」
俺はその艶めかしい視線に惑わされることなく、自らの考えを言った。
「お前は、俺を試しに来たんじゃないのか?」
「えっ!?」
ミニアは驚いているようだが、眼前の貴婦人は満足そうな笑みを浮かべながら、はっきりと頷いた。
「ええ、よく分かったわね?」
「殺気も威圧も敵意もない。なら、俺の実力を試そうという魂胆だろうと思っただけだよ。それで……結果はどうだ?」
少しの沈黙。
「…………私の想像以上だったわ。」
「……つまり?」
「私はもちろん、私が治めている『糸の山』の全種族、今より―――あなたの支配下に入るわ。」
「…………えっ!!??」
ミニアの瞳が、さらに大きく見開かれた。もちろん、俺も心底驚いている……。
「…………ずいぶんと、あっさりだな」
「だって――――」
スパイダーソブリンの視線は、俺をまっすぐ射抜いていた。
「あなた、興味深くて、とっても面白そうなんだもの。あなたをただ遠くから眺めるなんて……退屈でしょう?」
(……なんじゃそれ。)
ソブリンは、ゆっくりと腹部を伏せた。蜘蛛としての、完全な服従姿勢。
だが、その表情はどこまでも優雅だった。
「妖絲王がここに誓う、糸の山すべてが漆黒の主の配下となることを……。」
「……理由がちょっと軽すぎる気がするんだが……」
スパイダーソブリンは、くすっと笑った。
「いいえ、『面白い』と思える主人に出会うことの方が、魔物にとってはずっとずっと稀よ?あなたについていく価値は十二分にあるわ。」
しばしの沈黙の後、俺は短く息を吐いた。
「……分かった。お前がそれでいいなら、俺は受け入れるだけだ。」
ソブリンが満足そうに頷く。
「これから宜しくお願いいたしますわ、主様。」
――――――すると、ミニアが少し怒ったようにスパイダーソブリンを睨んだ。
「クロ様に近づきすぎです!もっと、もっと下がってください!」。
「ふふ。嫉妬するなんて、可愛らしい蟻さんね?」
「し、し、嫉妬なんてしてませんっ……!!」
スパイダーソブリンがミニアをじっと観察する。そして、柔らかく微笑んだ。
「あなた…………とても優秀な配下ね。私でも勝てないぐらい……。安心して、主様を任せられるわ。」
ミニアは一瞬きょとんとし、すぐに真面目な表情で頷いた。
「……と、当然です!私はクロ様の最初の臣下で、右腕ですから……!」
***
糸が揺れ、スパイダーソブリンは森の影へと下がっていく。確かな忠誠を残して……。
俺は長く息を吐いた。
「……また、増えたな。」
ミニアは、少し誇らしげに微笑む。
「はい!ですが……クロ様らしいです!力ではなく、その在り方で、惹きつけてしまうところが……!」
「そんなつもりはないんだけどな……」
だが事実として。戦わずして、東の「糸の山」を統べる女王とその子分は俺の正式な配下となった。
これで獣骸荒野の5分の4の勢力がクロに帰属したことになる。
そして――――荒野を完全に統一するための最後の戦いが始まる。
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