第4話
【トリス視点】
とんでもない逸材なのじゃ…。ただ、もう1つあった【調理(初級)】スキルの意味がわからない。これほど優秀なスキルの所有者が、経験を通して獲得する調理スキルを所持しているのは何なのじゃ?
高貴な服装をしておるし貴族の家で調理の仕事でもしていたのか、金持ちの酔狂で料理を趣味にしていたのか…。
どちらにしても、今は記憶のない可哀想な身の上じゃ。我が何とかしてやらねば。
「優秀なスキルじゃな。これなら食料品を扱う大店の豪商が好条件で雇ってくれるのじゃ。」
この小規模な町を出て、王都にでもいけばいい暮らしができるのじゃ。出会ったばかりで残念ではあるが、この3年で夢は叶わぬものと悟らされた。せめて職が決まるまでは面倒をみてやるのじゃ。
「豪商のもとで働くのには興味がないかな、忙しそうだし。それより、この町でトリスとノンビリ暮らしていきたいと思っているのだけど。」
王都での華やかな生活より、我と生活を共にしたいというのか!?
それに『ノンビリ』とはどういうことなのじゃ?
気の置けない夫婦のようにということではなかろうか…。
「ユウトは、もしや我のことを好ましく思っておるのか?」
思わず訊いてしまったのじゃ…。全身が熱いのじゃ…。
「うん、トリスは優しいからね。僕をみつけてくれたのがトリスで本当によかったと思っているよ。」
認めたのじゃ…。それに、我との偶然の出会いを本気で喜んでいるのじゃ…。
「わ、我も、ユウトのことを好ましく思っているのじゃ。」
言ってしまったのじゃ。我はチョロい女だったのじゃ…。
「よかった。もしかしたら嫌われているかもと心配していたんだよ。」
「嫌ってなどいないのじゃ。とりあえず、これから一緒に生活していくのだし、酒でも飲んで親交を深めるのじゃ。」
ダメじゃ。恥ずかしくて酒でも飲まねばやってられないのじゃ…。
食器戸棚から火酒の瓶と木製のペア・タンブラーを取り出しながら、3年越しに願いが叶おうとしていることに感情が昂ぶる。
好みの人間の男性と恋仲になって、ペア・タンブラーで火酒を呷るのが夢だったのじゃ。
勢いで購入したものの、1つは3年経っても使用されることはなかったのじゃ…。
「トリスはお酒をよく飲むの?」
何やら驚いているようだが、ドワーフで酒を飲まぬ者などおらんのじゃ。
「当然じゃ。飲まねば眠れないのじゃ。」
1日働いて自分への褒美もなく眠るなど、ありえないのじゃ。
「そっか、そうだよね。よし、飲もう!今日からは一人寂しくじゃなく、2人で楽しく飲もうね。」
なんか今の言葉はヤバイのじゃ。何故か目に涙が溜まって視界がぼやけるのじゃ…。
「約束なのじゃ。もう我を一人にしないと約束するのじゃ。」
我は何を言っておるのじゃ…。でも言葉も涙も止められなかったのじゃ…。
我は自分で気付かないうちに、一人ぼっちの生活に相当参っていたみたいなのじゃ。
「約束するよ。トリスを一人にはしない。」
嬉しいはずなのに涙が止まらず、我は嗚咽をもらして大泣きしてしまったのじゃ。
【ユウト視点】
趣味でやっていたせいか、【調理(初級)】のスキルがあったのが嬉しいな。
「優秀なスキルじゃな。これなら食料品を扱う大店の豪商が好条件で雇ってくれるのじゃ。」
調理スキルと鑑定(食材)があるから?でも、豪商のもとで働くのってブラックな気がするんだよなぁ…。
できればノンビリ暮らしていきたい。
「豪商のもとで働くのには興味がないかな、忙しそうだしね。それより、この町でトリスとノンビリ暮らしていきたいと思っているのだけど。」
両親を亡くしているトリスを残して、自分一人でここを出ていったら、ずっと心がモヤモヤしそうだし、今はこの優しい少女の助けになりたい。
「ユウトは、もしや我のことを好ましく思っておるのか?」
困っていたとはいえ、見ず知らずの僕を家にあげ、寝床を提供してくれる優しいトリスには当然好感を抱いている。
「うん、トリスは優しいからね。僕をみつけてくれたのがトリスで本当によかったと思っているよ。」
あれ、なんかトリスが固まっちゃった…。
「わ、我も、ユウトのことを好ましく思っているのじゃ。」
恥ずかしそうにしつつも、僕に対して好感をもっていると伝えてくれた。
初めは警戒されていたかもしれないけど、嫌われてなくてよかったよ。
「よかった。もしかしたら嫌われているかもと心配していたんだよ。」
「嫌ってなどいないのじゃ。とりあえず、これから一緒に生活していくのだし、酒でも飲んで親交を深めるのじゃ。」
お酒!?子供でもお酒を飲むの?
まぁ、異世界だし常識が違うよね。
ちょっと驚いたけど、少しずつこの世界の常識に慣れていかないとだよなぁ。
「トリスはお酒をよく飲むの?」
「当然じゃ。飲まねば眠れないのじゃ。」
あぁ、酒に逃げないと眠ることもできないのか…。
親に先立たれ、それでも命をかけて生活費を稼ぎ生き抜いているのだ。
酒でも飲まなきゃ、やってられないよな。
「そっか、そうだよね。よし、飲もう!今日からは一人寂しくじゃなく、2人で楽しく飲もうね。」
せめて寂しさを紛らわせるための酒じゃなく、1日を労う楽しい酒にしてあげたい。
「約束なのじゃ。もう我を一人にしないと約束するのじゃ。」
今にも泣き出しそうに、そんなことを言うトリス。
やはり一人は寂しかったのだ。
トリスが困っている僕に手を差し伸べてくれたように、僕もトリスを一人ぼっちの寂しさから救い出してあげたい。
「約束するよ。トリスを一人にはしない。」
トリスは嗚咽をもらして泣きだしてしまった。
抱きしめてあげたいけど、さっき出会ったばかりでそれは早いと思いとどまり、僕はトリスを見守ることしかできなかった。




