79. 義母は元カノ!? 〜親父の再婚相手は、俺を振ったあの女でした〜
義母は元カノ!? 〜親父の再婚相手は、俺を振ったあの女でした〜
「や、やめろよ、響子……。いくらなんでも、それは……」
吐息まじりの俺の声が、ひゅうっと冷えた空気に溶けていく。響子の指先が、俺のシャツのボタンに触れる。ひとつ、またひとつと、布地の下に隠された俺の肌が露わになっていく。視線は絡み合ったままで、部屋の照明は限界まで落とされていた。かろうじて響子の瞳の奥に、獣のような熱い光が宿っているのが見える。
「何をいまさら。あなただって、本当は望んでるんでしょ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた響子は、ゆっくりと身を乗り出す。甘い香りが俺の鼻腔をくすぐり、思考を鈍らせる。もう理性なんて、とっくにどっかにぶっ飛んでいっている。あと数センチ。あと数センチで、俺たちの唇は……。
「……って、あんた、何ニヤニヤしてんのよ! いまさらその顔で迫られても、全然キュンとこないんだけど!」
ガバッと身を起こした響子が、俺の額を指でデコピンしてきた。痛い。めちゃくちゃ痛い。あまりの衝撃に、俺はベッドから転げ落ちそうになる。
「いだだだだ! なんだよ響子! いいとこだったろ、いま!」
「いいとこって何よ! 全然エロくないんだけど! あんたのその、薄ら笑いが気持ち悪すぎて、マジで吐きそうになったわ!」
響子は顔をしかめ、まるで汚物でも見るかのように俺を見下ろしている。
「ち、違う! 俺は純粋に、お前との再会に興奮してただけで……」
「はいはい。で、どうしたの? そんなに気持ち悪い顔して」
「いや、だから、夢にも思わなかったんだよ。まさか、お前が……」
俺はベッドから這い上がり、響子と距離を取る。響子は腕を組み、不機嫌そうな顔で俺を見ている。そう、俺たちの関係は、いまやとんでもないことになっているのだ。
親父の爆弾発言
「た、ただいまー……って、誰もいねえのかよ」
5年ぶりに実家の門をくぐった俺は、思わず声を上げた。親父から「再婚するから、挨拶がてらたまには帰ってこい」と連絡があったのは、ちょうど一週間前のことだ。実家を出てからもう10年以上経つが、社会人になってからは仕事にかまけて、盆暮れ正月ですらろくに帰っていなかった。特にこの5年は一度も帰っていなかったのだから、親父もさぞ寂しかったことだろう。
玄関には、見慣れない女性物の靴が何足か並んでいる。新しい家族がもう来ているのか。親父ももう70だし、いつまでも元気じゃない。再婚してくれるのは正直ありがたい。どんな人だろうか。優しくて、物静かな、親父を支えてくれるような奥さんが理想だな。
リビングの方から、賑やかな声が聞こえてくる。親父の声と、もう一人、女性の声。楽しそうだ。よかった。
リビングのドアを開けた瞬間、俺は思わず固まった。そこにいたのは、親父と、そして……
「え……響子……?」
俺の口から、掠れた声が漏れる。目の前にいるのは、紛れもなく、俺が5年前に別れた元カノ、一条響子だった。あいかわらず美しい。すらりとした手足に、透き通るような白い肌。サラサラの黒髪は艶やかに揺れ、大きな瞳は俺を真っ直ぐに見つめていた。まるで時が止まったかのように、俺たちは互いを見つめ合う。
先に口を開いたのは、親父だった。
「健太、帰ったのか。ちょうどよかった。紹介しよう。こっちが、新しい家族になる、響子さんだ」
親父はニコニコと響子の肩を抱き、俺に紹介する。親父の顔は、この世の春を謳歌しているかのようだ。いや、マジで春だな。桜が満開だ。
「……あ、あの、親父。まさか、その、響子さんっていうのが、親父の再婚相手……?」
俺の質問に、親父は得意げに胸を張った。
「そのまさかだ! 健太も驚いたろう! 私の嫁さんは、こんなに美人さんなんだぞ!」
親父は響子の手を握り、満面の笑みを浮かべている。俺は頭が真っ白になった。目の前の光景が、まるで夢か幻かのようだ。
「……健太くん、お久しぶり」
響子は小さく会釈し、にこやかに微笑んだ。その顔には、一切の動揺が見られない。
「え、あ、ああ……お久しぶりです、響子さん」
俺は思わず敬語になっていた。目の前にいるのは、親父の再婚相手。つまり、俺の「義理の母」になる人だ。元カノが義理の母……。こんなことって、あるか? いや、ないだろ。あってたまるか!
「おい、親父! なんで俺に何も言わなかったんだよ! 相手が響子だなんて!」
俺は親父に詰め寄った。
「何を言っているんだ、健太。私は再婚すると言っただろう」
「いや、そうじゃなくて! 相手が響子だろ! 俺の元カノだろ!」
「元カノ? 響子さんは、私が初めて出会った運命の人だぞ」
親父は真顔でそう言った。いや、待て。まさか、親父は俺と響子が付き合っていたことを知らないのか? いや、それはありえない。響子は俺の家に遊びに来たこともあったし、親父も響子のことは知っているはずだ。
俺が混乱していると、響子がクスッと笑った。
「お父さん、健太くんとは、昔からの知り合いなんですよ。でも、まさかこんな形で再会するなんて、本当に驚きました」
お父さん……。響子の口から発せられたその言葉は、俺の鼓膜を劈き、脳髄を直撃した。全身に電流が走ったかのような衝撃が走る。
「響子、お前……親父に、何も言ってないのか……?」
俺が震える声で尋ねると、響子は涼しい顔で答えた。
「何を? あ、もしかして、あなたが私と付き合っていたってこと? そんなこと、いちいち言う必要ないでしょ。だって、もう終わったことなんだから」
悪びれる様子もなく、響子はそう言い放った。その言葉は、俺の心臓にぐさりと突き刺さる。そうか。響子にとっては、俺との関係なんて、過去のどうでもいい思い出でしかないのか。俺は膝から崩れ落ちそうになった。
最悪の再会、最高の夜?
その日の夜は、地獄だった。いや、地獄というか、喜劇というか。親父は再婚の喜びからか、酒を飲みすぎ、早々にダウンしてしまった。テーブルに突っ伏して、いびきをかきながら眠りこけている。
残されたのは、俺と響子、そして親父のいびきだけ。沈黙が重くのしかかる。
「……で、お前、親父のこと、本気なのか?」
意を決して、俺は響子に尋ねた。響子はワイングラスを傾け、俺をじっと見つめている。
「本気じゃなきゃ、結婚なんてしないわよ。当たり前でしょ」
「だって、親父、お前より30歳も年上だぞ? 俺と親父、たった30歳しか変わらないんだぞ! いや、だからって親父が若いってわけじゃねえけど!」
「年齢なんて関係ないわ。私は、お父さんのことを心から尊敬してる」
響子の言葉は、あまりにも真っ直ぐで、俺は何も言い返せなかった。尊敬……か。俺には、響子から尊敬されるようなところが、一つでもあっただろうか。
「それにしても、健太くんも変わらないわね。相変わらず、薄っぺらい男」
響子の言葉に、俺はカチンときた。
「おい、今なんて言った?」
「薄っぺらいって言ったの。事実でしょ? 別れる時も、本当に言い訳ばっかりだったもんね」
響子の言葉は、俺の心臓を抉った。そう、俺たちが別れたきっかけは、俺の浮気だった。あの頃の俺は、本当に最低だった。響子という最高の彼女がいながら、他の女に目移りし、結局響子を傷つけてしまった。
「……悪かった」
俺は絞り出すようにそう言った。響子はワイングラスをテーブルに置き、俺の顔を真っ直ぐに見つめる。
「謝ってほしいわけじゃない。ただ、あなたのおかげで、私はもう、簡単に人を信じたりしなくなったわ」
響子の瞳の奥に、ほんの少しだけ、悲しみが滲んでいるように見えた。俺がつけた傷は、まだ癒えていなかったのだ。
「……なあ、響子。あのさ、あの頃のこと、もう一度話さないか?」
そこから俺たちは、まるで時間を巻き戻すかのように、思い出に浸った。出会った頃のこと。初めてデートした時のこと。ケンカしたこと。そして、別れの日のこと。響子の口から語られる当時の俺は、本当にどうしようもないクズ男だった。
「あんたさ、あの時、『仕事が忙しくて会えない』って言ってたのに、他の女とホテルから出てきたの見ちゃったんだからね! しかも、その女、あんたの会社の同期でしょ! 私、あんたのこと、マジで殴りたかったわ!」
響子の口調は、当時の怒りが再燃したかのように、どんどん荒々しくなっていく。
「いや、あれは、本当に、その……」
「言い訳しない! あんたの言い訳なんて、もう聞き飽きたわ!」
「ご、ごめんなさい……」
俺はひたすら謝り続けた。あの頃の俺は、本当に愚かだった。響子の大切さに気づかず、くだらない浮気にうつつを抜かしていた。そして、その報いかのように、それからの俺の女運は最低に落ちた。付き合う女はみんな、俺の金を食い物にするか、他の男と浮気するか、最悪の場合、マルチ商法に勧誘してくるかだった。おかげでこの歳まで独り身だ。呪われているとしか思えない。
「……でもさ、私、あんたと別れてから、本当に色々なことが変わったのよ」
響子はふと、遠い目をしてそう言った。
「変わったって?」
「そう。あなたと別れてから、私は本当に強くなったと思う。もう、誰かに依存するんじゃなくて、自分の足でしっかり立とうって決めたの」
響子の言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。俺が響子につけた傷が、響子を強くしたというのか。それは、嬉しいことなのか、悲しいことなのか。複雑な感情が入り混じる。
「それで、親父と出会ったんだな」
俺の言葉に、響子はコクリと頷いた。
「そうよ。お父さんはね、本当に素敵な人。私をありのままに受け入れてくれるし、私のことを心から応援してくれる。初めて、こんなにも安心できる人に出会ったわ」
響子の言葉は、あまりにも純粋で、俺は何も言えなかった。親父と響子。この二人の間に、俺が入り込む余地など、どこにもない。そう、思っていた。
親父の急逝、そして残された二人
親父との再会から2年が経った。俺は相変わらず東京で、冴えない独身生活を送っていた。あの時、親父に「たまには帰ってこい」と言われたにも関わらず、俺は仕事にかまけて、結局一度も実家に帰らなかった。響子との関係が、まだ俺の中で整理できていなかったのもある。親父と響子が幸せに暮らしている姿を見るのが、正直、辛かったのだ。
そんなある日、俺の携帯に一本の電話がかかってきた。響子からの電話だった。嫌な予感がした。
「……もしもし、響子?」
「健太くん……お父さんが……」
響子の声は、震えていた。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は締め付けられた。
「……嘘だろ」
俺はすぐに駆けつけた。実家に着くと、そこには親父の遺影と、涙に暮れる響子がいた。親父は、安らかな顔で眠っていた。
「……親父」
俺は親父の遺影に手を合わせ、涙が止まらなかった。もっと早く、もっと頻繁に帰っていればよかった。もっと親父と話をしておけばよかった。後悔の念が、とめどなく溢れてくる。
葬儀は、あっという間に終わった。親父が亡くなり、残されたのは俺と響子だけになった。響子は、憔悴しきっていた。親父を心から愛していたんだな、と改めて思った。
「……響子。大丈夫か?」
俺は響子の肩に手を置いた。響子は俺の顔を見上げ、涙を流しながら首を横に振った。
「大丈夫じゃない……。私、これからどうすればいいのか、わからない……」
響子の震える声を聞き、俺の心は締め付けられた。あの時、俺が響子を傷つけた分、今度は俺が響子を支えなければならない。そう、強く思った。
「大丈夫だ。俺がいる。俺が、お前を支えるから」
俺は響子を抱きしめた。響子の体が、小さく震えているのがわかる。
「健太くん……」
響子の声が、俺の耳元で震えた。俺の腕の中で、響子は泣き続けた。
揺れ動く二人
親父が亡くなってから、俺は実家に留まることにした。響子を一人にするわけにはいかない。俺は会社に休職届を出し、響子の世話をすることにした。
最初は、ぎこちなかった。俺たちは元恋人同士で、しかも響子は俺の義母。こんな関係、普通じゃない。
しかし、親父の遺品整理をしたり、仏壇に手を合わせたりするうちに、俺たちは少しずつ、距離を縮めていった。
「ねぇ、健太くん。この写真、お父さん、若い頃はこんな顔してたんだね」
響子がアルバムを指差しながら、クスッと笑った。親父の若い頃の写真だ。確かに、俺とそっくりだ。
「ああ。俺もよく言われたよ。親父にそっくりだって」
「ふふ。でも、健太くんの方が、ちょっとだけカッコいいかな」
響子の言葉に、俺の顔は思わず赤くなった。響子が俺を褒めるなんて、滅多にないことだ。
「おい、冗談だろ?」
「冗談じゃないわよ。本当よ」
響子は俺の顔をじっと見つめ、そう言った。その瞳の奥には、ほんの少しだけ、熱い光が宿っているように見えた。
想いの交錯、そして新たな関係
ある夜、俺たちはリビングで、親父の思い出話に花を咲かせていた。親父の失敗談や、面白かったエピソードを語り合ううちに、俺たちは自然と笑顔になっていた。
「そういえばさ、親父、昔、俺の彼女ができたって言ったら、めちゃくちゃ喜んでたんだよな。それで、俺の彼女に会いたいってうるさくてさ。でも、まさかそれがお前だとは、親父も知る由もなかったんだろうな」
俺がそう言うと、響子はクスッと笑った。
「ふふ。お父さん、本当に健太くんのこと、可愛がっていたものね」
「まあな。でも、俺、親父のこと、全然親孝行できてなかったな」
俺はため息をついた。響子は俺の顔をじっと見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。そして、俺の頬にそっと触れる。
「そんなことないわ。健太くんがこうして、私のそばにいてくれることが、お父さんにとって、一番の親孝行よ」
響子の指先が、俺の頬を優しく撫でる。その温かさに、俺の心臓は大きく跳ねた。
「響子……」
俺は響子の手を握り、見つめ合った。響子の瞳の奥には、強い光が宿っている。
「健太くん。私……あなたと出会えて、本当によかった」
響子の言葉は、俺の胸に深く突き刺さる。俺と響子は、一度は別れた恋人同士。そして、今は義理の親子。こんな関係が、果たして許されるのか。
しかし、俺の理性とは裏腹に、俺の心は響子を求めていた。響子の唇が、ゆっくりと俺の唇に近づいてくる。俺は目を閉じ、その瞬間を待った。
新たな関係の始まり
翌日、俺と響子は、親父が遺したこの家で、新しい生活を始めることになった。いや、正確には、響子がこの家に住み続け、俺がそこに転がり込んだ形だ。
「いい? これから、あなたのことは『健太』って呼ぶからね」
響子は真剣な顔で俺に言った。
「お、おう。わかった」
「それから、家事分担。あなたは掃除と洗濯ね。私は料理担当。これからは、あなたもこの家の家族の一員なんだから」
響子は有無を言わさぬ口調でそう言った。こうして、俺と響子の、奇妙な共同生活が始まった。
慣れない洗濯に悪戦苦闘する俺に、響子は容赦なくダメ出しをしてくる。
「何これ! 洗剤入れすぎ! 」
「ご、ごめん……」
「もう! あんたって本当に使えないんだから!」
響子の罵声が、毎日リビングに響き渡る。まるで、俺と響子が夫婦になったかのようだ。いや、夫婦じゃない。義理の親子だ。でも、俺たちの関係は、確実に変化していた。
ある日の夕食後、俺と響子はリビングでテレビを見ていた。親父がよく見ていた、時代劇だ。親父が亡くなってから、俺と響子はよくこの時代劇を見るようになった。親父を偲んで、というのもあるが、それ以上に、この時間が、俺たちにとって、かけがえのないものになっていたのだ。
「ねぇ、健太くん。あのさ……」
響子が突然、俺に話しかけてきた。俺はテレビから視線を外し、響子を見た。
「なんだ?」
「私……あなたと、もう一度、やり直してもいいかなって、思ってる」
響子の言葉に、俺は耳を疑った。まさか、響子がそんなことを言うとは。
「え……響子……?」
俺は震える声で、響子の名前を呼んだ。響子の顔は、真っ赤に染まっている。
「だから、その……なんていうか、やっぱり、あなたのこと、嫌いじゃないし……。それに、お父さんも、きっと喜んでくれると思うし……」
響子は恥ずかしそうに、言葉を濁している。その姿は、俺が昔知っていた響子とは、まるで別人のようだった。
「……本気なのか?」
俺がそう尋ねると、響子はコクリと頷いた。
「本気よ。だから、どうするの?」
響子の言葉に、俺は胸がいっぱいになった。一度は傷つけてしまった彼女。しかし、長い年月を経て、俺たちは再び巡り合った。そして、親父が遺してくれたこの家で、新たな関係を築こうとしている。
「……当たり前だろ」
俺はそう言って、響子の手を握った。響子の手は、温かかった。
「ふふ。じゃあ、これからは、よろしくね。私の、ダーリン」
響子は悪戯っぽく笑い、俺の頬にキスをした。俺の心臓は、これでもかというほど高鳴った。
義理の母は、まさかの元カノ。親父が仕組んだ、最高の、そしてとんでもないラブストーリーが、今、始まったばかりだ。俺たちの未来に、どんな爆笑と胸キュンが待っているのか。それは、まだ誰も知らない。ただ一つ言えるのは、俺と響子の、この奇妙で愛おしい日々は、きっとこれからも続いていくということだ。