エデンにて
エデンの首都ロードポリスの繁華街を一人の若い女性が歩いていた。
やや癖のある亜麻色のセミロングヘア。
長めの前髪で両目を隠しているが、時折覗かせるその目元から相当な美貌の持ち主とわかる。
それ故に市井の若者から度々声をかけられてしまうのであるが、まるで聞こえていないように足を止めることはない。
そんな彼女が思わず足を止めてしまったのは、盲いた老人が自分の目の前で白状を落としてしまったからだ。
元来、親切な性格なのであろうか?彼女は白状を拾い老人に手渡した。
感謝した老人は彼女の手を握る。
途端、彼女は思わず舌打ちをした。
「はぁ、あたしとしたことが!同業者さんかよ!」
「ハハハ、わかりますかね。流石です。しかし立派な操縦タコですね。お仕事は運転手さんか何かですか?」盲いたはずの老人はかっと目を開き腰を伸ばした。
「シノワスか?それとも管理機構か?あんたはどっちの回し者だよ?」
「あえて言えばどっちもです。さておきこんなところでも何なんで場所を変えましょう」
老人に変装していた青年は彼女の手を取り、路地裏のカフェに入っていく。
「こういうものです」そう言って男は名刺を差し出した。
「近代重工物流採用担当?なんだ、これ。いやこれも偽の肩書の一つだろ、察するにお前は・・・」
「そういえば、昨日、近くの海で大規模な紛争があったらしいですね。」
「ああ、シノワスが勝って相当の数の奴隷を持ち込んできたらしいな。」
「奴隷とか人聞きの悪い。私はね、もし捕虜の中に腕利きのパイロットでもいれば買い取る、いえ失礼、スカウトしようと思いましてね。さきほど収容所を覗かせてもらったんですよ」
「へぇ、そうかい。あんたのお眼鏡に叶う人物はいたのかい?」
「残念ながらおりませんでした。でも面白い話を聞いたんですよ」
「別に聞きたかないね」
「そうかもしれませんね。捕縛された松山と言う軍艦の艦長が言ってたんです。裏切者がいてそいつに騙されたんだと。どうもそのスパイ容疑がかかった人は幕府では有名な巡機装乗りだったそうで」
「・・・・・」
「もし、その人は母国にでも戻ったらまあ確実に死刑でしょうね。指名手配がかかるやもしれません。」
「なんでだよ?死刑になるのは、その無能な艦長とやらでしょうが」
「だってその艦長はもう自殺しちゃいましたよ。まあ幕府として将軍が殺されたんですよ。生きている誰か責任者として処分しないと示しがつかんでしょうね。可哀そうな話ですね。その人も」
「もう!もういいよ!わかったよ!要件を言えよ、おっさん!」
「ご存じの通り、先日、火器使用統制権限が喪失しました。これからは大戦争の時代になります。」
「ああ、お前ら近代重工の連中もまた金儲けができそうだな。」
「装備品に関する物流需要増大しますが、それと共にリスクも増大するのです。お客様に安全にお荷物をお渡しするためにはまずは自分たちを身をきちんと守れるようにしないとなりません」
「そうか、わかった、あたしに用心棒になれって言うことだな」
「ご理解が早くて、助かります。」
「言っとくが、あたしのギャラは高いよ。それとあたしの愛機となる機体には色々と注文つけさせてもらうよ。あたしは量産機には乗らない主義なんでね。」
「わかりました。ご納得いただける額は提示させて頂きますよ。しかしその前にあなたをなんとお呼びすればいいでしょうか?まさか「カブキ」さんとお呼びするわけにはいかないですよね烏丸翼沙さん」
「あ、そうだね。じゃあ鴉でいいよ、コンスタンティン大佐」
「では、早速ご案内いたしましょう。鴉様」
大佐がカブキ改めて鴉を招待したのは、エデン島で2番目に大きい商業港に面した倉庫であった。
「こ、これは確かに凄いな」
そこには、最大と言われているSS35の2倍を超える大きさの真っ白な巡機装が横たわっていた。
「TT160、コードネームSWAN。世界最大の試作型巡機装です。変形機能こそありませんが、母艦なみの航続力を持ち、SS35の3倍以上のペイロードがありながらも、MEG35相当の格闘戦能力を有するマルチパーパス機です。
ちなみにこの機体はシノワス向けでもちろん大和向けでもない、近代重工の第一開発局が次世代巡機装を開発するための研究用に作った機体です。量産の予定もありませんので安心して乗って頂けるワンオフ機ですよ。」
「これのパイロットをやれって話か。まあ悪くないね。でもいっとくけど、あたしの操縦は少々荒いよ。だから同乗者はそれなりの人間を選んでくれよ」
「その心配はございません。なにせこの機体は単座でして。それと試験用試作機なのでオートパイロットも、もちろんリミッターなどもございませんがよろしいですか?」
「単座?この大きさで?ハハハ、ますます面白いね、気に入ったよ大佐」
「あとこれは鴉さんの新しい身分証明です。これからは本名田中花子でお願いします、では私は用事はありますのでこれにて。」
「えっ?その名前はちょっと?これサンプルじゃないの?」不平そうな顔をする鴉を横目に立ち去っていく大佐。
大佐が向かった先はこれまた近代重工の第2開発局管轄の倉庫であった。
近代重工第2開発局はシノワス向け装備品の開発と試験を行う部局である。
ちなみに第3開発局が大和国向けとなっており、それぞれの独立性は保たれている状態ではある。
「局長、折角、SS35に慣れてきたのに、また新しい機体ですか?」大佐はうんざりとした表情を見せる
「そうだ、コンスタンティン。これもお前の給料のうちだ。諦めろ」近代重工第2開発局アシノモフは冷たく言い放つ。
「しかしこれは本当に最新鋭機なんですかね?」おおよそ洗練さという言葉からかけ離れた無骨な銀色の金属の塊を見て大佐はつぶやいた。
さて、将軍よしひでの死の事実は瞬く間に世界に広がっていった。
何故ならコンスタンティン大佐がまごうことなきその死の証拠を映像付きで管理機構に提出したからである。
これも管理機構が各主権国家に課した義務の一つなのだが、主権国家の国を代表するものが死んだり、解任されたり、亡命するような事態が発生した場合は、速やかにその旨を管理機構に連絡し管理機構がその事実を知ってから15日以内にあらたな代表者を決定してそれを届けよというものがある。
そのため主権国家側で後継者問題が長引きそうな場合はその死なり失脚の事実を隠蔽する事も多かった。
しかし今回は明白に国の代表者の死を管理機構が知ってしまったので、幕府は15日以内に新たな代表者を決めるしかないのである。
時間のない中で後継者を決めてしまうと、十分な調整ができず後日にしこりを残すのは必定。
決めなければ管理機構から主権国家と見做されずに、エデンとの貿易停止、対外資産の凍結、エデンでの在住禁止、入国の停止など様々な不都合が生じていく。
したがって将軍の死をいち早く管理機構に伝えることはシノワスにとって利しかないのである。
よしひで将軍の死によって後継者争いがおこることが必然であった。
まず候補としては、よしひでの嫡男である御茶丸こと足利よしのりは、現在細川家の庇護にある。
それも対するは足利よしひろ。
あの天下の大乱と原因とさえいえるこのよしひでの弟は現在は副将軍の座にあり足利摂津国を領土としている。
実際に足利将軍家の長い歴史を振り返っても、将軍の実弟と長子のいずれに相続優先権があるかという問題には決着がついていないのである。
しかし御茶丸はまだ未成年であるし、細川が担ぐのであれば山名は当然にそれに反対して弟よしひろを担ぐだろう。
さらにはよしひでによってその存在自体が風前の灯火であった旗本衆は喜色満面でよしひろを支持する。
京極は現時点でははっきりせぬが、あいつは勝ち馬に乗るだろう。
現状、よしひろ派が圧倒的に有利な状況と言える。
・・・いったんは弟に継がせておくのが無難か、山名が壱岐島から戻ってこれるかが唯一の気掛かりではあるが・・・
足利家の執事である高師好はそう考えた。
そして細川、京極、高、足利よしひろが艦隊を率いて京都島の最大の港である京都湾に集まってくる。
案の定、山名はまだ壱岐島をは離れることはできないようだ。
このことが細川を強気させたのか、細川は湾の奥には艦隊を入れずに北部の富田岬近辺に艦隊を停泊させてさらには陸戦隊を上陸させてきた。
これに対して怒りを示したのが旗本衆である。
湾の中央部にせせり出た和田岬に作られた中央砲台に参集して細川への睨みを効かせる。
京極も湾の奥には艦隊を入れずにこちらは南部の宇田岬近辺に停泊して陸戦隊を上げる。
まさに明日にでも内戦が開始されるであろうその時に諸将が驚愕する事態が起きたのである。
なんと京都湾沖合に解放軍の二個艦隊が突如現れたのであった。