開戦
午後0時45分
ドーン!ドーン!ドーン!
轟音ととも幕府軍第一艦隊の前衛である二隻の中型巡機装母艦「松山」と「岡山」の周囲にに大きな水柱が次々とたつ。
「敵襲だ!」甲板上にいた将兵たちは叫びながら頭を押さえて逃げ惑う。
「取り舵いっぱい!」左翼の松山の艦長は声を上げる。
「面舵だ!面舵いっぱい!」右翼の岡山の艦長。
ボオオオオオン ボオオオオオン
警笛を響かせて松山と岡山はそれぞれが左右に回避行動にとっていく。
「馬鹿もん!あいつらは何をしているのだ!これでは前衛の役には立たないではないか!」双眼鏡を覗きながら怒り狂う師丞。
前衛の両艦長たちが普段から口にしていた「命に代えても将軍を守り奉る」気概とやらは水柱とともに霧散したようであった。
「何事だ?師丞、どうなっているのだ?」よしひでも前衛の僚艦の異常な動きには流石に気付いたようだ。
「上様、どうも松山と岡山が砲撃を受けたようです。今、確認しております。」伝声管に耳をあてながら師丞は答える。
本艦における情報収集を行っている船務科長、砲術科長、参謀たちが天守閣に駆けつけてきた。
「上様、松山と岡山が砲撃を受けましたが、双方に被害はございません。午後0時45分に直径約500メートル以内の海中に少なくと10発以上の砲弾が撃ち込まれたようです。攻撃は今のところ、これ一回限りです」船務科長が概要を説明する。
「恐らくは解放軍の艦艇が、わが軍の76ミリ自衛砲相当のものからの 一斉射したものと思われます。」砲術科長が補足する。
「では、我らを攻撃した艦は一体どこから来たのだ?もしやウ島(ウラジオストク島)の敵主力の増援がきたのであるまいな?」」師丞は参謀の一人に詰問する。
「いえ、昨日、丹波に寄港した際の情報ではウ島の第一・第二艦隊に動きなしとの事であります。そもそもウ島の主力はそう簡単には動けません。」参謀の一人が即座に否定した。
勿論、ウ島に駐留する解放軍の第一・第二艦隊が壱岐島へ増援に向かう可能性は事前に議論をしている。
解放軍の一個艦隊は四隻からなるので仮に解放軍全軍が壱岐島に展開すれば十二隻となり彼我の戦力差は逆転する。
なのでその対策のため、第四艦隊(細川丹波)をシノワスに国境を接する京極領近江に入れて第八艦隊(京極近江)とともに国境ぎりぎりまで前進させている。
解放軍が壱岐島に向かうのであれば、状況次第であるがシノワスの首島であるウ島に侵攻、またはシノワス領海に入り解放軍を追撃する段取りになっている。
さらに細川播磨の第五艦隊を壱岐島方面に向けて前進させて必要に応じて壱岐島攻略部隊に追加投入させる準備もしていた。
加えて第二艦隊(摂津足利)を細川領丹波に入れて壱岐島方面とウ島方面の双方に展開可能な予備兵力として配置させてもいる。そして首島京都は第二艦隊に守らせている。
幕府艦隊は一個艦隊三隻で編成されており、一個艦隊としての戦力は四隻で編成された解放軍に劣るがその分、艦隊数が多いのでとりうる戦略の幅が広いのである。
「では、まさかとは思うが奴等が砲撃戦をやってのけて山名艦隊をすでに撃滅し、こちらに向かっている可能性がないか?」師丞は参謀の一人に尋ねる。
「別当殿、それもございません。艦隊同士の砲撃戦の経験はないのは向こうも同じです。その状態で四半刻(30分)そこらで決着がつく道理はございません。」参謀はすげなく答える。
「では、どういう事なのだ?」師丞には状況が全く理解できないようだ。
「おそらくは壱岐島の敵艦隊のうち一隻が山名艦隊の目を盗んでうまく離脱してこちらへ潜行してきたやもしれません。
奴等の目的は我らが山名艦隊へ合流する事を遅らせるための時間稼ぎではないかと愚考します。
砲撃が一度で終わったことがその証拠です。おそらく今後も散発的な砲撃にて我らを妨害するのではないかと」
滔々と自説を述べる参謀。
「では、かの敵をほっておいて山名艦隊への合流を急ぐか?」師丞の理解もようやく追いついてきたようである。
「それもいかがかと。彼らが側面または背面に回って我らに攻撃をかけるやもしれません」参謀はあくまでも慎重である。
「最大戦速で敵に迫り速やかなる排除が必要というわけだな」自分で正解を見つけたと思い込み満足そうな師丞。
「はい、しかし問題なのは・・」そう言って参謀はいったん口をつぐんだ。
「この摩尼拉の船足であるか。かまわんよ」ここで初めてよしひでが口を開いた。
「おそれ多くも・・・」参謀は恐縮する。
総旗艦「摩尼拉」の欠点はその船足の遅さと旋回性の悪さである。
双胴船は本来、造波抵抗は少なくむしろ速度の向上が望めるものであるが、この船はそもそも双胴船として設計されたものではなく、備前級大型巡機装母艦を無理やり二隻横に並べてつなぎ合わせただけの代物なのである。
そして左右に別れた推進機のバランスが悪いこともあり、その速度は随伴する備中級中型巡機装母艦の半分にも満たないのだ。
「わかった。松山、岡山の二隻にて速やかに敵を探し撃沈せよ。して敵の位置はまだ掴めぬのか?船務科長」よしひでは決断する。
「何分にこの霧のため船の設備だけでは・・・」船務科長は恐縮して首を垂れる。
かつての気候大変動によりこの世界の海は深い海霧に包まれてしまう事も頻繫にある。
正午過ぎから発生した霧は徐々に深くなっていき、いまや一寸先は闇、語源的にはむしろ五里霧中と言うべきか?
「上様、しかし、76ミリ自衛砲の有効射程からみて、敵は我らを中心とした数キロ範囲内に潜んでいる事は間違いございません」砲術科長は断言する。
「であれば、巡機装を出して索敵すればいいだろう。交代で出撃してで索敵に隙をつくらぬようにするのはどうか?」
再び師丞が提案する。船務科長と参謀たちは顔を見合わせた。
「別当殿、二交代とすれば、松山と岡山から出せる「二つ引両」は18機程度になります」参謀はおずおずと口を開いた。
第一世代型巡機装「二つ引両」
洋上での敵の迎撃を主とするものいわゆる第一世代型に分類される巡機装である。
小型のボートの上に乗った箱状のコックピットと頭部センサーユニットと二本のマニピュレータのセットは幕府軍巡機装の共通フレームである。
解放軍がすでに第四世代を主力とし、さらに第五世代型を実戦配備するにあたっ現在であっても幕府軍は中核がいまだにこの第一世代型の「二つ引両」であった。
とは言え、数も多くそこそこの航続距離をもつ本機体は確かに洋上索敵には向いている。
旧式とは言え小型で繊維強化プラスチックの多用により軽量となったこの機体は中型巡機装母艦の二倍以上の巡航速度をもつ。
そして「松山」と「岡山」にはそれぞれ18機の第一世代型巡機装「二つ引両」が側面に懸架されており、いつでも出撃状態可能にあるのだ。
「索敵範囲は数キロ範囲内、しかも半円ではありますが・・・」そう言って、参謀は師丞ではなくて、よしひでの方を向いた。
「それでは数が足りぬか?であれば」・・よしひでが言いかけた時に師丞が割って入った。
「そうであれば、上様、摩尼拉からも巡機装を出すのはどうでしょう?」
「・・・ああ、それで構わない」少しの間をおいてよしひでは頷いた。
もしこの時に参謀たちの心の声を聴くことができれば、多くの舌打ちを聞いた事であろう。
参謀たちの思いはこうである。
まずこの霧の中の洋上索敵が成功する可能性は低い。かと言って何もしないわけにもいかないし、後から索敵に出した数が少なったからとの言い訳もできない。
まずは最善と思われる方法、すなわち可能な限り兵力を出して索敵すべきという提案をする。
というより、その言葉を上様から頂く。その上で上様の身の安全を考えてその案を皆でとめる。
そうすれば万一、上様の身に何かあった時の言い訳がたつ。
こんな感じで現在の幕府の軍の幹部は自分の責任逃ればかりを考える小心者ばかりであった。
そんな中で頭は悪いが、異心のない師丞を別当に据えたのではあるが、今はその事をよしひでは後悔し始めていた。
後世にこの師丞の言葉はこの海戦における最大の失策であったと評されている。
いずれにしても、この時点においては幕府軍が解放軍の最新鋭艦「スターリン」の存在も、その性能に関する情報も全くない状況なのだ。これをもって師丞を謗ることはできないであろう。
「よし、至急、松山、岡山に伝令を伝えよ、まずは今の回避運動を中止して陣形と戻すのである。確認しだい作戦開始である!」師丞が号令をかける。
「松山隊、全機出撃せよ!」
「松山に遅れをとるな!こちらも全機出撃だ」
第一艦隊の各艦のブリッジ、戦闘指揮所は一気に騒然となっている。
「警笛は松山は300ヘルツ、岡山は200ヘルツである、各巡機装は350ヘルツ以上である。衝突に気をつけろ!」
ボオオオオオ ボオオオオオ
衝突防止用の警笛が鳴り響く中で艦の両舷に吊りさげられた「二つ引両」が次々と母艦を離れて蜘の子のように散っていく
「松山、岡山の索敵部隊、全機出撃を確認しました」
「よし、では我が艦の部隊も出撃開始だ、左舷部隊が松山、右舷部隊は岡山だ!間違えるな」
「摩尼拉」から出撃した部隊はいったんは、前衛の松山と岡山に接舷する。
パイロットは皆、交代要員としてその状態で待機である。
「「摩尼拉」からの部隊の全機固定が完了しました」
「よしそれでは、全速前進である!」
「いづれ敵の所在がしれましょう。そこからが正念場でありましょうが」次第に小さくなっていく松山と岡山の艦影みつめるよしひでに声をかける師丞。
「そうであればいいな」よしひでは何故か他人事のような口調である。
「まずは砲撃戦となりましょうが、いざとなれば我らの大和魂と見せつけてやる事を兵士らには含めております」
これは暗に巡機装による特攻を仕掛けろと言っているのである。
「それは、あまり頂けないなあ」よしひでは少し不快な表情を見せて黙り込んだ。