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ひでしね

午前11時50分 「スターリン」CIC

「楠木さん、おはようございます」

「あっ大佐ですか、おはようございます」


CICに上がってきた背の高い青年将校に対して楠木少尉は敬礼をする。

シノワス労働者解放軍特別遊撃隊司令官コンスタンティン・アレクサンドロヴィッチ・ウィトゲンシュタイン大佐である。

楠木は配属当初、ご丁寧にもこの上官を名前を常にフルネームで呼んでいたのであるが、その都度彼が「長いですっ」と言ってその形のよい眉をしかめるので、彼女もその呼称を徐々に短くせざるを得ず、結局、今は「大佐」とだけ呼んでいる。

ちなみにこの名前は、彼曰く偽名だそうだ。

真偽のほどは知る由もない。

しかしそんな事よりも厄介なのは彼の正式な肩書である。


【シノワス労働者解放軍】

特別遊撃隊司令官

兼 巡機装第十六小隊長

兼 情報本部長業務代行

兼 参謀本部作戦四課課長

兼 調達本部巡機装開発実験課課長

兼 教育本部巡機装訓練部長


まあ簡単に言えば部隊司令官でありながら自ら巡機装のパイロットとして巡機装部隊を率いて最前線での実戦を指揮し、さらに後方に下がると巡機装に関する教育や調達に関わりテストパイロットまで任され、ついでに諜報活動までやらされている人物といったところか?

これはひとえにシノワスの人材不足と彼の能力の高さの賜物ではあるのだが。

そしてそんな彼は実はシノワス国民でも生粋の解放軍軍人ではなく、管理機構と近代重工からの出向者なのである。

そのためにさらに以下の肩書を持っている。

【世界資源技術管理機構】

シノワス駐在弁務官補佐 兼 在シノワス主席監査官

【近代重工公司】

巡機装開発事業部導入保守部長 兼 開発局第四課課長


むしろこっちが本職と言うべきか。

しかし考えてみれば武器を利用する側とそれを監視統制する側が同一人物であることは道理にあっていない事甚だしいのではある。

さらには彼を管理機構側のスパイであると見るむきの人間も少なくなく、その手の人たちは彼が情報部としての肩書を増やされたのは情報部に所属させてそこで監視するためだとも主張している。


「楠木さん、すぐに緊急の全艦内放送の準備をお願いします。」

「緊急ですか?ではこれはどうぞ」

楠木は少し訝しがる表情で、大佐にヘッドセットを渡す。

そして端末を操作し、準備ができたことを伝えた。

大佐はマイクのスイッチをONにして口を開いた。


「皆様、おはようございます。」

時間は正午に近づいていたが、この第一声はある意味正しい。

今より24時間前にこの艦は実弾演習を含めた三日間の激しい訓練を終えていた。

その内容はいままで誰も経験したことのない砲撃戦・艦隊戦・夜戦といったものが過半をしめていた。

いままでない激しいその演習のその後は、疲れ果てた将兵たちは泥にように眠りこけていたはずである。


「皆様、世界資源技術管理機構の在シノワス主席監査官コンスタンティン・アレクサンドロヴィッチ・ウィトゲンシュタインです」

大佐が続けた言葉はちょっと異様である。

何故いま管理機構の肩書を出したのだろう?実際に彼が管理機構からの出向である事を知らない乗務員も多いのに。


「さておき皆様が今、一番気にしているのは、この船が今どこにいるかと言うことだと思います。ですよね楠木さん」

「あ、はい。もちろんです。多分ここは・・」

楠木はあわてて自分のマイクをONにして答える。

これは大佐のよくやる話法で乗務員たちの理解や意見を楠木に代弁させつつコミュニケーションをとる。

大佐が先生、楠木が生徒といった感じロールプレイに近い。

大佐はわざとわかりにくい表現をしたり主語を省いたりするので、楠木がそれを読み取って補完していく。

それによって楠木は大佐の思考・発想の理解を深めていき優秀な副官として成長していったという側面もあった。

それ故に楠木は、この船の乗務員の殆どは「我々は壱岐島に向かっているのであろう」と思い、それを口にしようと思ったのだが大佐は手でそれを制した。

「それは、ちょっと待ってくださいね。その前に一点だけご報告させてください、楠木さん、今何時ですか?」

「はい、ちょうど正午0時0分ですが」

「そうですか、では残念ながら現時点をもって私は管理機構監査官として役割を終えました」


????


この言葉だけで事態を理解できた人間は誰もいないだろう。

もちろんこの曲者の大佐を一番理解していると自負している楠木も含めてだ。

ただ、副指令を務める艦長と航海長には事前の含みがあったらしく、二人はニヤリした視線を交わす。


「すなわち、有事における世界資源技術管理機構による火器使用統制権限は現時刻をもって失効いたしました」

大佐はすかさず自分から補足する。

さすがに楠木でも理解できないであろうと思ったのだろう。


・・・そう!そういう事なの!そのための演習だったのか!・・・


楠木は事態を理解した。

しかしまだほとんど人はそれが何を意味するかを理解していないだろう・・・

で、こういう時にこそ愚直な言葉で質問をするのは自分の役目だ・・・

楠木はそう思い思わず手を上げた。「先生質問です!」と言わんばかりに。


「大佐、それは戦闘になったらもう勝手に敵艦に向けて主砲をぶっ放してもいいって事ですか?!」

「はい、主砲でも副砲でもぶっ放しちゃってください」

「大佐、それで、敵艦を沈めちゃっても全然、構わないって事ですか?!」

「はい、全然構いません。どんどん沈めちゃってください。でも気を付けてください。こっちが沈められちゃうかもしれませんからね」


全艦内にどよめきが走る。


「では航海長どうぞ」大佐は航海長のリー ・ウェイ少佐に事の自大性などはまるで関係ないような笑顔を向ける。

「本艦の現在位置はE270度210海里であります。」リー ・ウェイは事実だけを述べた。

今更ながら説明で恐縮ではあるが、現在の人類の活動範囲はこの地球全体からみて猫の額ほどしかなく東西南北2000キロほどのエリアでしかなくそのほとんどは海である。

そのほぼ中央にエドン島がありこの世界のおける場所表現はエデン島の中心地を起点とした角度と距離で表されしている。

エデン島から見て東側がおおよそシノワスとその陣営の、西側には大和国の領海が広がる。


・・・E270度210海里・・・


楠木は自分の頭の中に広げた海図にその座標をプロットしていく。

そして思わず叫ぶ。

「それってもう大和国領海のど真ん中じゃないですか!」

「そんな感じです、細川領丹波と山名領伊勢の国境、京都と壱岐島を結ぶ線のほぼ中間点です」

挿絵(By みてみん)

「狙いは第一艦隊ですか・・・」

大和幕府軍第一艦隊。

第十五代将軍足利・マルコス・よしひでが座乗する総旗艦「摩尼拉」が備中級巡機装母艦二隻を従えた幕府軍最強の艦隊である。

将軍自ら、壱岐島奪還作戦の陣頭指揮をとるべく第一艦隊を率いて大和幕府の都京都島を出港した事は内外広く喧伝されていたのである。

「大佐、本艦一隻で一個艦隊三隻を相手にするのですか?それにあの「摩尼拉」とやり合えと言うのですか!」

楠木は将兵たちの不安な気持ちを代弁する。

我々は奇襲が可能であり、付け焼刃であるが砲撃戦の心得ができている。

全く無謀な作戦というわけではなく有利な側面も多い。

しかしそれはあくまでも机上の空論だ。

そう思ったからこそ楠木はあえて大佐の力強い言葉を期待したのである。しかし

「楠木さん、いや皆さん、この船一隻で幕府の第一艦隊より金がかかっているんですよ。ですんでこれくらいやって貰わないと困りますね。頑張って勝ってもらわないと皆さんに賞与も出せませんよ」

「ああ、それ、すごく困ります」

拍子抜けた大佐の言葉に対して、間の抜けた返しをした楠木によって乗務員たちの緊張がほぐれた。

「まあそんな事より船務科長さん、どうですか?」

特別遊撃隊船務科(第二科)はこの船のおける索敵や情報収集を担う中核部署である。

「大佐、敵第一艦隊は、当方の進行方向の約10海里の距離にあります。敵第一艦隊は総旗艦「摩尼拉」を最後尾として鶴翼の陣形をとっています。当方の有効射程に入るまでに約30分といったところです。」

スターリン級は随所に軽量化が図られており、強力な推進機関を搭載していることでその速度は通常であっても最大であっても今までの艦の二倍は優に超えている。

伊達に高い金をかけているわけではないのだ。

「そうですか。ではこれよりオペレーション「真夏の夜の夢」を開始します。合言葉は「ひで死ね」です」


・・・ひでしねか、足利将軍よしひでを抹殺することをストレートに表現しているだけに見えるけど・・・


楠木は大佐が旧世紀時代の古典作品である「真夏の夜の夢」シリーズ(これはシノワスでは発禁になっている成人用作品である)を愛好しており、その作品内用語をよく使うことを知っている。

楠木は元来のきまじめさから、発禁となったこの作品をなんとかかき集め履修したのであった。

そして「ひで」は「真夏の夜の夢」の登場人物でない事も当然知っていたが、大佐のあまりにも得意満面の表情をみてとり、それを指摘する事はせずに、胸にしまっておいた。


「では副指令、後はお願いします」

大佐は副指令・艦長であるクロードウィッグ中佐に指揮権を委ねるようだ。

指名を受けたクロードウィッグ艦長は自席から立ち上がる。

「総員これより第一種戦闘配置である。巡機装隊は全機D1装備にて待機。面舵一杯!」

スターリンは「摩尼拉」を背後から奇襲するのか?

それとも第一艦隊と合流すべき山名艦隊の間に割り込み、いわゆる「中入れ」をするのか?この時点ではまだはっきりしていない。

警報が鳴り響き、艦内は一気に騒然となった。


「さて楠木さん、では行きましょうか」大佐は楠木の肩に手を載せる。

「はっ?どこへですか?」

「第二格納庫です。私は別動隊としてSS-35スーパースペランカーで出ます。」

第五世代巡機装SS-35「スーパースペランカー」。

第五世代巡機装MEG-35より一回り大きなサイズの最新鋭マルチパーパス機である。

まだ数機しか実戦配備されていない貴重な機体のうちの一機がこの船に配備されているのである。

挿絵(By みてみん)

「お一人でですか?護衛は・・」と言いかけて楠木は口をつぐんだ。

そもそも大佐はシノワスにおける巡機装のトップガンである。

彼を護衛できるパイロットなどいないだろう。

「失礼いたしました」

「いえ、一人ではないですよ。貴方も行くんですから。さあ着替えをしてきてください」

「えっ?私がですか?」

「そうですけど」

「私は巡機装の操縦なんか、そもそも士官学校の時に実習でちょっと乗った程度で」

「SS-35は複座です。操縦は私がしますのであなたはただ席に座っていてくれればいいのです。まあちょっとはお手伝いをお願いしますけど」

「わかりました、ただ座っていればいいのですね」

諦念してパイロットスーツに着替えに更衣室に向かう楠木。




同時刻。幕府軍総旗艦「摩尼拉」の天守閣。

「バカな!こんな重要な話を何故!」

監査官からの書簡に目を通しながら思わず声を上げる将軍よしひで。

「何故、もっと早くこれを持ってこなかった!師丞!」

「件の監査官より正式な通達書面故に本日0時まで開封は厳禁せよと言われておりましたので、しかるに上様、その書面にはなんと?」

「管理機構による火器使用統制権限が消滅したのだ!すなわち・・」

よしひでは、コンスタンティン大佐がスターリンの将兵に説明した内容と同様の事を師丞に説明した。

「こ、これは一大時でございますな!この内容を将兵には」

「さしあたり本艦の艦長と砲術長と参謀どもには伝えるよう。他の者にはまだ秘密にする。いたずらに混乱を招くだけだ」

「や、山名衆のほうはどうなっているのでしょうか?」

「おそらくは同じ内容のものが届いておろう。壱岐島に展開しているシノワス軍のほうにもな」

「上様、一体これからどうなってしまうのでしょうか?」

「山入道(山名宗兵)はああ見えて思慮深い面もある男だ。無暗に砲撃戦に打って出るような事はせんだろう。むしろ島からの砲撃に備えて一旦は艦隊を後退待機させているはずである。」


あの大分裂から独立した民族国家が生まれて百年、人類は数多くの戦争を経験してきたものの軍艦同士で艦砲を撃ち合うなどといった事態はかつて一度もない。

艦隊の砲撃戦などという概念は過去の世紀の絵物語として語られるだけのものであり、その作戦技術が取り沙汰された事などない。

だから急に「どうぞ大砲の撃ち合いをしてください」と言われても、誰もがどうすればいいのかわからないというのが実情である。

あの一部隊を除いては・・・・

実際、壱岐島に展開している両軍もそうであった。

彼らがとりあえずしたことは双方が安全な距離を保った事を確認してから、海中に向けて数発の砲弾を撃ち込んだだけであった。

そうとは言え、いつ何時大規模な艦隊戦、砲撃戦に発展していく可能性もゼロではない。


一旦は撤退して戦争戦略を一から立て直すか?

それが本来の道理ではあるものの、よしひでにとってこの作戦の政治的な意味合いは大きい。

せっかく盛り上がった挙国一致の流れに水を差すことはできない。

結果、よしひでは予定通りに山名勢への合流の方針は変えずに秘密の厳守と火砲の点検と命じただけであった。

鋭い牙をもった猟犬がその牙を剝いて自分の喉元を掻き切るために間近に迫っているなどとは予想だにしない事であった。

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