美女と野獣先輩
いまだエデンにて滞在しているコンスタンティン大佐のもとにも、京都湾での海戦の一部始終は伝わっていたが、さらに壱岐島を守備していた解放軍の第三艦隊が、山名艦隊を追って山名領備前に入ったという情報も受け取る。
そしてすぐさま彼の元にシノワス軍本部より指令書が届く。
「コンスタンティン・アレクサンドロヴィッチ・ウィトゲンシュタイン大佐は麾下の兵力を率いて可及的速やかに出撃し、第三艦隊と連携して山名の艦隊を挟撃せよ」
命令書を受けるやいなや彼はスターリンが停泊している港に向かう。
青い光沢の放つ巨体の横には、美しい白鳥が浮かんでいる、そしてさらに横には・・
「鴉さん、お早いお着きですね。話は聞いていますね」
「ああ、大佐ざっとはね。要は山名の連中を片っ端から沈めてやればいいんだろ。」
しかりに髪をかき上げる鴉。これは単に目元を隠すための前髪がうざかっただけにすぎない。
「何を聞いていたのですか?今のあなたは物流会社の一社員です。あなたの仕事はあくまでも海上で荷物を受け取り、安全にそれを届ける事ですのでお忘れなきように」
「ああ、わかってるよ。でも自衛はしていいんだろ?自衛なら」
「まあその判断はお任せしますよ。しかしこうやってTT160と並べて眺めると、このSV-125ってのは、本当に同じ時代に作られたものかを疑ってしまいますね。」
美しい白鳥に例えられコードネーム「SWAN」の名で呼ばれるTT160に横に並んでいるSV-125もそれなりの大きさをもつ機体である。
「機動強襲突撃砲」と呼ばれるこの機体は二足歩行型強襲形態に変形する第四世代型の巡航機動装甲である。第五世代型のようなステレス性能はあえて持ち合わせず、
「分厚い装甲を纏い、敵の攻撃を跳ね返しつつ巡機装母艦などの敵の中核に突撃し、その強力な火力で至近距離から敵を撃破すべし」
そういう戦術思想をもとにして作られている。
「音響レーダーの解禁と今後の発展によってステレス対策に限界がくるでしょう。だから、あえてステレス性能を捨てても、分厚い装甲板と強力な推進力もってして圧倒的な突破力とする。まあ考え方は悪くないと思いますが、いかんせん、この見た目はなんとかならなかったのでしょうか?」
SV-125の人型強襲形態もそれなりに酷いのだが、それにも増して酷いのはこの突撃巡航形態だ、と大佐は口を尖らせる。
その姿は雑に鉄板をつなぎ合わせただけのようなドラム缶か、大砲の弾もどきである。
TT160やSS35、MEG35といった最新の機体が流線形を基調にした洗練された造形であるのに対して、このSV-125はMEG21や19といった一世代前の機体、いや、さらにその前の世代の機体を彷彿とさせる。
元来、大佐は中々の洒落ものだ。
私服や私物のセンスも悪くないし、身のこなしも振る舞いも優雅で瀟洒だ。
だから自分がこれから乗るこの機体のごつく不細工なデザインが相当気に食わないらしいのだ。
「そうかな。あたしはむしろこっちのほうが好きだな」鴉はそのごつごつとした船体をなでる。
「この逞しい機体の体当たりで二つ引両なんかを次々と吹き飛ばしていくんだ。そして敵の母艦の前で変形して・・うわ、なんか想像するだけで子宮が熱くなるぜ!」
「そうですか?ではいずれ代わるとしましょうかね。さておき、そろそろ私の仲間がここに来ますのでこの白鳥にふさわしい女性になってくださいね」
「ああ大佐、わかってるよ。そういや、あの沈没小僧も来るんだろ、楽しみだな」
「くれぐれもその呼び名だけはやめてください」
「そうか?じゃあ沈没くんとか?・・ああ、ちん君がいいな。ちん君が」
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「大佐!お待たせしました」楠木が駆け寄ってくる。
「この方が鴉さんですか、マルコスキーと申します。」マルコスキーは普段とは違う何かソワソワしたような感じである。
「はい、鴉はコードネームでして、本名は田中花子と申します。マルコさんのご勇名は大佐から伺っております。あっごめんなさい。勝手にマルコさん呼びしちゃって、でもでもマルコスキーさんはすごい撃墜王でいらっしゃるんですよね。大佐から伺っております、それで・・・」
ほう!鴉も中々の役者だなと大佐は内心感心する。
「い、いや、そ、そんな事はありませんよ。ハハハ、こう見えて結構やられちゃう事もあるんです」
いつもとは全く違う童貞くさい青年に一変したマルコスキー。
そして鴉がしばしば髪をかき上げるたびに目を逸らし、頬を赤らめる。
もうだめだ!こりゃ!
思わず吹き出しそうになるの大佐を救ったのは楠木であった。
「で、これがTT160とSV-125ですか。TT160、確かに美しい機体ですね。それに対してSV-125は」
・・・楠木が話題を変えてくれて本当に助かる・・・
「そうでしょ!これが最新鋭の機体とか信じられませんよね、なんなんですかね?この鉄の塊は」
部下の美的感覚が自分と変わらないことを知っておもわず頬を緩ませる大佐。
「T160とSV-125、まさに美女と野獣ですね」と楠木。そして言った途端に自分の失言に気付く。
「野獣!?今、野獣って言いましたよね」大佐は歓喜の表情を浮かべる。
「大佐!なんでそんなに嬉しそうな顔してるんですか!」
「楠木さん、知っての通り、軍では私はあなたの先輩です。まごうことなき大先輩です。だからまさにこの野獣のような王道のような機体を愛機とするこの私に敬意を表して、これからは私のことを、大佐でなくて・・」
「呼びませんよ!絶対に呼びませんから!野獣先輩とは!」
大佐と楠木との会話には全くついていけない鴉とマルコ。
さて大佐は今回の作戦を実行するにあたって、拿捕した「岡山」を戦力に加える事にした。
その理由は単純で一隻でも多く味方はいたほうがいい。
二隻あれば戦術の幅も広がるという、それだけのものであった。
これは異例の事であり、通常であれば拿捕した軍艦は近代重工が戦勝国向けに改修して引き渡す。
しかし改修の発注権限は戦勝国側にあり、この「岡山」への改修は未発注の状態であったので、それをどう使おうとシノワスの勝手である。
そして、それ以上の問題は乗員の確保であった。
前に述べた通りに、捕虜は戦勝国がエデンが売りつけて敗戦国が買うのが基本だ。
しかし今回の場合はその敗戦国自体の存在が現時点ではあやふやという異例な状況。
捕虜の所有権はいまだにシノワスにあるのだ。
そこに付け込んで大佐は、このままでは捕虜は全員エデンの特殊公務員、すなわち奴隷になるぞ。
しかし、いまここでシノワス軍に志願すればその身柄を保証するよとか何とか言って彼らの志願を募ったのである。
結果、殆どの将兵が志願した。
あの「岡山」の艦長もである。もちろん彼は自殺などはしていなかった。
彼が自殺したというのは大佐の嘘であった。
そして艦長は山名家の分家の血筋を引くものであった。
それ故にこれは山名に投降することで逃げおおせる絶好の機会とも見た。
艦長以外にも将官級には山名に通じるものも少なくなく、そういっためぼしい人物には密かにそれを含んでいたのである。
岡山の艦長のそうした策謀を察したのだろうか?
大佐は出撃にあたってはスターリンではなく「岡山」に乗船することにした。
しかしこれは単に彼が搭乗して出撃するSV-125が大きすぎるためにスターリンの格納庫に収まらないためと説明された。
そして通常であれば6機の二つ引両を懸架できるスペースを使いこの巨大な鉄の塊を吊り下げた。
そうしてスターリンと岡山は山名艦隊を迎撃すべくエデンを出航した。
そしてエデンの不可侵領域線に差し掛かった時に事件が起きた。
ドーンという轟音とともにスターリンの左舷後部に大きな水柱が立ったのだ。
その途端にスターリンの推進機は停止した。
潜水服をきた工兵が海に潜り外から見るに大きな外傷はない。
どうも機関内部で何か故障が生じたようでエデンに救援を求め曳航してもらいドッグで修理するしかないという結論となった。
さて作戦の続行をどうするか?
スターリンと岡山とを通信用有線回線で結び電話会議を始まった。
スターリンの乗員、大佐の部下は皆反対する。
しかしこれを山名への投降へのチャンスと考えた岡山の艦長は作戦の続行を強く主張した。
結果、大佐は岡山の戦意は高く、こちらには他にも最新鋭機が2機もあるとして作戦の続行を決定した。
楠木も当然、岡山の搭乗へを希望するも大佐にしては無碍な拒絶をしたので彼女はついには泣きだしてしまう。
会議が終わり大佐は鴉との間で秘匿回線を使って会話をする。
「しかし大佐もあれだね、作戦が終わった後でのあの子との関係修復大変そうだわ」
「私は無駄な戦いをさせない主義なんです」
「自分は例外か?しかしそれくらいやばいのかよ、今回の作戦は」
「ええ、やばいです。鴉さんも自分の身は自分で守ってください。」
「ああ、わかったわ、じゃあ気合入れますかっ」
そういって彼女は髪を髪を後ろで結びポニーテールを作った