9. 聖都アーク=エデリア、語られる都市
――聖都アーク=エデリア。
この世界最大の宗教都市は、白銀の塔と金色の神殿で彩られた“神の都”である。
かつてこの地に“創造神の声”が降りたとされ、信仰と秩序の象徴として存在していた。
だが今、その聖都に、黒き噂が届いていた。
「……“語っただけで奇跡が起きる”存在が現れたらしい」
「影に従う異端教団。“福音”を名乗る、謎の集団……」
「“影を名乗る者”が、神に近づこうとしている……?」
人々のざわめきはやがて、警戒を、そして恐れを帯びていく。
◆
一方、クロウは――
「ふぅ……今日の神託相談会も無事終了か……」
図書館の裏庭で、紅茶をすする。
目の前では、デルフィアが「今日の神託記録」を美しい筆跡でまとめていた。
「クロウ様、本日の神託は、“闇夜に吠える猫を無視せよ”と、“影の風は東から吹く”の2件でした」
「うん……どっちもほぼアドリブだったね……」
(“吠える猫”はただの野良猫の苦情だったし、“影の風”は寝ぼけて出たセリフだし)
だがデルフィアは真剣だ。
「これらは、次の“神話章”への布石として十分な示唆となるでしょう」
「どの神話!?どの章!? 書いた覚えないよ俺!?」
ゼクスが静かに報告に来る。
「クロウ様。“巡礼団”が、まもなく聖都に到達するとの連絡が」
クロウは茶を吹きかけた。
「えっ!? もう到着したの!? いや早くない!? 何この機動力!?!?」
デルフィアが頷く。
「途中、語り部様の御名を出しただけで関所が全解放されたそうです」
「それはそれでどうなの!?!?!?」
◆
その頃、聖都では。
黒ローブの一団が、街を練り歩いていた。
彼らは静かに“語り”を唱え、誰に押しつけるでもなく、ただ存在を“示して”いた。
「この地にも、“語りの力”が届いてほしい」
「語られぬ者こそ、真に強いのです……」
噂を聞いた市民たちは、不思議と彼らに敵意を向けなかった。
むしろ、一部の若者は黒ローブに興味を持ち、「語りって……なんか、かっこいい」とまで言い出す始末。
そして、その報告が、大神殿にも届く。
「……民が、影に惹かれているだと?」
光の神殿“七耀導師”の一人、ルキウス・エイゼルが立ち上がった。
「放置すれば、“言葉の神”などという虚構が民を惑わすことになる。
これは、我々の信仰への侵攻と見て間違いあるまい」
「命じよ。《聖騎士団》を。“影”を断罪するために」
◆
次回――
聖都に、光と影の対峙が訪れる。
クロウ様の知らぬところで、世界が一歩ずつ、“語りの神話”へと飲み込まれていく。
だが本人はまだ、図書館で寝落ち中である。