8. シャドウ・ワンダラーズ出発! 〜いやだから俺はまだ何も語ってないってば!〜
――翌朝。《影語りの庵》の前。
そこには、黒いローブに身を包んだ一団が整列していた。
全員、無駄にキマったポーズで、やたらかっこつけている。
その名も──《影の巡礼者》。
「クロウ様ッ! 出発の準備、整いましたッ!」
団長っぽい男が高らかに宣言する。
名は【スレイン・ナクト】。信仰歴まだ5日目のくせに、忠誠心が重い。
(……なんでこの短期間で軍隊っぽいのができあがってるんだ……?)
クロウは内心で頭を抱えていたが、表情は変えない。
そう、ここは“影の語り部”としての威厳を保つべきタイミングだ。
「……目的地は?」
「中央聖都《アーク=エデリア》でございますッ!
語り部様――いえ、クロウ様の福音を広める第一歩として!」
(ああああ、やっぱ聖都って言ったぁああああ!?)
アーク=エデリア。
この世界最大の宗教都市にして、国家級の権威を持つ“光の神殿”の本拠地。
よりによってそこに向かうって、どう考えてもトラブル待ったなしだろ!?
デルフィアが横からひと言。
「光の神殿は“語りによる創造”を“異端”としており、いずれ衝突は避けられません。
ならば先に“語ってしまった方が勝ち”かと」
(お前ほんと戦略的すぎるぞ!?俺はただの妄想語り部だったはずなのに!!)
だが、今さら止められる空気ではない。
巡礼団の全員が、尊敬と憧れの眼差しでこちらを見てくる。
「クロウ様……最後に、出発の“語り”を」
……ああ、もう。わかったよ。
クロウは深く息を吸い、空を見上げる。
そして、静かに、堂々と語る。
「――影は常に、光よりも先に存在する。
光が現れるその瞬間、影はすでに“そこにある”。」
「巡れ。語れ。そして、広めろ。
この世界は、“言葉によって定義される”のだから」
「「「クロウ様ァァァァ!!」」」
巡礼団は感極まって泣き崩れかけながら、整列を崩さず、行進を始めた。
その背中を見送りながら、クロウは小声でつぶやく。
「……オチを考えてない物語が、勝手に進行していく恐怖……」
◆
一方その頃――
聖都《アーク=エデリア》の大神殿にて。
金色の祭壇の前で、ひとりの男が目を開く。
「……来るか。“語られし虚構”の徒が」
男の名は、ルキウス・エイゼル。
光の神殿の“七耀導師”のひとりにして、【語りの力を否定する者】。
彼は過去に、一度だけクロウの“語り”によって自身の呪文を無効化されたことがある。
以来、語りの力を“異端の神性”と断じ、密かに監視していた。
「虚構を真実に変えるなど、神への冒涜……
来い、影の使徒どもよ。今度こそ、その正体を白日の下に晒してやる……!」
――語られることで、力を得る影の教団《幻語の福音》。
――語りそのものを禁じ、沈黙を重んじる“光の神殿”。
ついに、相反するふたつの信仰が、聖都で交差しようとしていた。