7. 神託くださいクロウ様! 〜いやマジでただの妄想なんですけど!?〜
――それは、唐突に始まった。
「クロウ様……どうか、神託を……!」
「村の井戸が枯れたのですが、影の流れの乱れでしょうか!?」
「昨夜うなされた夢に“巨大なカラス”が現れたのですが、これは試練ですか!?」
朝、図書館を開けた瞬間、クロウは信者たちに囲まれた。
(え、なに? 神託相談コーナーなの???)
デルフィアは真顔で頷く。
「教団規模が拡大したことで、クロウ様の“御言葉”を求める者が増えました。
したがって本日より“影の神託会”を開催いたします」
「誰が決めたのそれぇぇぇぇぇえ!?」
だがもう遅い。
すでに図書館の一角は“神託室”として設営済み。
机の上には黒い布、ロウソク、そして例の“神書”(※妄想ノート)がどーんと置かれている。
(逃げられねぇ……)
◆
──第一相談者。
農夫のおじさん(年齢40代・信仰歴:2日)
「クロウ様! 畑に生える謎の草、抜いても抜いても生えてくるのですが、あれはネメシスの使いですか!?」
(そんなわけあるかーーー!!)
が、クロウは微笑みを浮かべ、演出を忘れない。
「……それは“語られぬ種”だ。見えぬ力の産物だが、火で語り直せば消えるだろう」
「はっ、なるほど! 火で“語る”のですね! ありがとうございます、クロウ様!」
(ごめん、それたぶんただのスギナだわ)
◆
──第二相談者。
若い女性(信仰歴:4日)
「昨夜、夢でクロウ様に“東へ行け”と言われました! これは、旅立つべきということですか?」
(知らんて!! 俺その夢出てないから!!)
だが、演出は忘れない。
「……すべては、己の語り次第。
東へ向かい、新たな物語を紡げると感じるなら、それが正解だ」
「クロウ様……尊い……っ!」
(あああああああ!!顔が熱いぃぃぃぃ!!!)
◆
神託会はその後も続いた。
・「飼ってる鶏が卵を産みません」→「語らぬものに名を与えよ」
・「隣の家が壁を壊してきた」→「影を跨ぐな、それが礼節だ」
・「子供が“影の使徒になりたい”って言ってます」→「任命するつもりはない。が、志は良し」
すべてに即興で対応するクロウ。
その横でデルフィアは逐一、神妙な顔で“御言葉”を記録していた。
(うわ……これ、あとで文書化されるの……!?!?)
◆
神託会が終わると、クロウはそっと壁に額をつけた。
「つ、疲れた……」
ゼクスが無言でタオルと水を差し出す。
使徒たちのサポートが、妙にプロフェッショナルすぎて泣けてくる。
「クロウ様、やはり“語りの重圧”は大きいのですね」
(ちがう……ちがうんだ……精神的な意味でだよぉぉ……!!)
だが、デルフィアは満足げだった。
「これで教団の“求心力”はさらに増します。
次は“聖都への布教部隊”を派遣しましょうか?」
「ちょっと待って!? 聖都ってあの超でかい王都!? 勝手に派遣しないで!?」
だが時すでに遅し。
「実は先週から準備しておりました。選抜隊《影の巡礼者》が、明朝出発予定です」
(誰が名付けたそれ!?俺じゃないぞ!?!?)
こうして、ただの妄想だった語りが、ついに“国家規模の布教活動”へと動き出す。
本人が一番ついていけていないとは、もはや誰も気づかないままに。