5. 影、動く 〜演出だけのつもりだったのに出陣!?〜
「クロウ様。ご命令を」
デルフィアが真顔で言った。
ゼクスも隣で静かに剣を構えている。
舞台は、村の北にある“誰も近づかない谷”の手前。
数時間前、そこに“空間が割れた”とか、“黒い人影が浮かんだ”とか、村中が騒然となった。
(なにそれこわい。どうせ俺が語った“ネメシス”関連だろ……)
心の中では叫んでいるが、表情は完璧な“影の語り部モード”。
「……《影の審理》を開始する。デルフィア、現地の状況を」
「はい、クロウ様。目撃情報からの推定ですが、出現したのは“語りを喰らう影”。
おそらく《ネメシス》の分体か、前触れかと」
(“出現したのは”って、もう完全に公式扱いされてる……!?)
「ゼクス。もしそれが語られし災厄の一端であれば?」
「討つまでです。クロウ様の影に仇なす者は、例外なく」
(落ち着け俺……これはロールプレイ。あくまで演出。
本気で出陣とか言ってるけど、本当は様子見だからな!?俺がやるのは“威圧ポーズ”までだぞ!?)
だが、そんな思惑もむなしく。
「クロウ様。移動用の“黒獣馬”をご用意しました」
デルフィアが誇らしげに指さした先にいたのは──
「……あれ、普通のロバじゃない?」
「いえ。“影の騎獣”です。影の角が生えたように見えるよう、耳を加工しました」
「いやただの紙貼ってあるだけだからね!?!?」
(まあ……乗ったけど。乗ったけどさ……!)
◆
そして――彼らは現地へ到着した。
谷の中心には、**黒い“穴”**のような空間が浮いていた。
そこから、何かを語るような音が響いている。
『……語リ……語ルナ……』
まるで“言葉そのもの”を拒絶するかのような声。
まるで“物語そのもの”を否定するかのような存在。
(やばい……本物感ある。これガチのやつじゃん!?)
デルフィアが構える。
「クロウ様、あれは語りを壊す“拒絶の霧”……言霊が効きません。
命令による攻撃しか通じない可能性があります」
「ゼクス、お前の剣、いけるか?」
「クロウ様の命があれば、俺の刃は影を裂く」
ゼクスが一歩踏み出す。
クロウは、静かに右手を上げ、語る。
「――斬れ。語られぬものを、影ごと貫け」
(かっこよく言ったけど内心ヒヤヒヤです……!)
その瞬間、ゼクスの剣に黒いオーラがまとい、
一閃。谷に浮かぶ“言語拒絶の影”を、真っ二つに斬り裂いた。
『……ァ……ァア……語リ……主……』
影が崩れ落ちるように消えていく。
デルフィアが息を飲む。
「やはり……“ネメシス”は本当に現界しつつあります。これはまだ……前兆」
クロウはマントを翻し、冷静に一言。
「影は語ることで形を得る。
語られぬ影が生まれるのなら──俺が、それを語り直すまで」
(うわぁあああああ!!かっこいいこと言っちゃったぁああ!!誰か止めて!?!?)
◆
こうして、“演出だけのつもり”だったクロウは、
本当に出陣し、影を斬り、敵の存在を世界に知らしめてしまったのである。
……本人は、ただの語り部ごっこを楽しみたかっただけなのに。