4. ネメシス、まだ語ってないのに動き出す
「……語られし災厄。語りを喰らい、神を偽る者。名を《ネメシス》とする──」
昨日の俺は、かっこよくキメたつもりだった。
影の語り部として、クールに即興で語った“敵”の名前。
それが、どうやら世界に“記録”されたらしい。
「ねえ語り部様、今日のお昼、空に目が生えたって騒ぎになってましたけど、関係あります?」
「……いや? さあ?」
(あるよ!? めっちゃあるよ!!完全に俺のせいだよ!!)
デルフィアは福音書を開きながら、真剣な顔をしていた。
「……福音書に、新しい章が勝手に加筆されていました。“語られぬ災厄が胎動を始める”と」
「それ、俺書いてないからね!?」
(まただ。俺が語ったことが、勝手に物語として成長してやがる……!)
語ったら現実になる。それはわかっていた。
でも語ってないところまで自動で補完されるのは聞いてない。
もしかしてこの世界、勝手に“続きを書いてくる”AI搭載なの!?
「つまり……クロウ様の語った“ネメシス”は、もうどこかで動き出している可能性があります」
「お、おう……?」
(誰か止めてぇぇ!!妄想が勝手にプロット進めてるの止めてぇぇ!!)
◆
そして、その夜。
村の北側、草木も生えぬ谷の底。
何の気配もなかったそこに、“亀裂”が走った。
――パキィン。
空間が、ひび割れる音。
そこから黒い霧が噴き出す。
低く唸るような、誰の声とも知れぬ音。
その中央に、浮かび上がる“輪郭のない人型”。
『語り……語り……語りを、食う……』
それは言葉でありながら、言葉になっていない。
形のない概念。世界の“認識”の隙間から這い出すもの。
名を持たぬはずだったそれに、名が与えられた。
語り部の一言で。
『ネメシス……』
それは、世界にとっての“バグ”。
存在を否定することでしか処理できない、“言葉なき災厄”。
◆
一方その頃、図書館では。
「……うん、なんか悪寒がするんだが」
クロウはマントをかぶってココアをすする。
(語ってないのに世界が勝手に続きを書いてくるこの現象、ほんと誰か説明して?)
デルフィアがじっとこちらを見ていた。
「クロウ様、次はどの神を生み出すおつもりですか?」
「いやちょっと待って? 誕生ペース早くない? 今まだ使徒2人で敵1体なんだが?」
「だからこそ、バランスを取るために“守護神”が必要かと」
「……お前ほんとにどこの幹部だよ」
(もう誰かこの“信仰の暴走機関車”止めてくれ……)
その時、図書館の扉がバンッと開いた。
「クロウ! 大変だ!」
村の少年が飛び込んできた。
「北の谷に、なんか……なんかやばいのが出たって!空が割れて、黒い人影が!」
デルフィアの目が、ぴくりと動く。
「……来ましたね、《語られざる災厄》」
「いやほんと、来ないでほしかったんだけど!?」
(やばい。本格的にやばい。ネメシス、生まれた……!?)
クロウはココアのカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。
マントを羽織り、表情は冷静に、声は低く――
「……動くか。“影”の時間だ」
(何この状況。俺が一番ついていけてないんだけど……!!)