3. 第一使徒、現る
数日後。
図書館に、妙に空気の重い男がやってきた。
ボロボロのマント、鋭い目つき、無言で立ち尽くすその姿。
一目見て、俺は察した。
(あー……デルフィア、また何かやったなこれ)
デルフィアは近くで無言の笑顔。
あの顔は「クロウ様、良い素材を仕入れましたよ」のやつだ。怖い。
「……語り部様。この方を“第一使徒”としてお迎えしたいと思います」
はい来た。勝手に使徒増やすな選手権、堂々の優勝。
「名は?」
「ないそうです。“過去を捨てた剣士”とのことです」
(うわああああ、中二力が高ぇぇぇ!!)
ただ、こっちとしても考える時間が必要だった。
下手な対応をすると、「影の語り部」設定がブレる。
ここは慎重に、かつ堂々と、クールに対応しなければ。
「……ふむ。では、こちらから名を与えよう」
声は低く、淡々と。演出は常に冷静に。
「影の刃として血を誓い、虚構の神に仕えし者――
《第一使徒・ゼクス=ブラッドオース》、その名にふさわしき覚悟はあるか?」
「……すでにそのつもりで来ました。俺の刃は、語り部様の物です」
(うわああああ!!ノリノリだぁぁあ!!)
デルフィアが神妙に福音書を開く。
例によって、俺が書いた中二妄想ノートだが、今やそれは神聖書扱いである。
「ゼクス=ブラッドオース。これよりあなたは、影の神話を支える使徒。
語られし嘘を、現実にする剣です」
(※なんの嘘かは俺もまだ考えてない)
「……我が命を、影に捧げよう」
ゼクスがひざまずいた瞬間、周囲に風が吹き抜けた。
いや、マジで風。なにこのエフェクト、誰が出してるの?天気?神?何??
(え、これも俺の演出扱いになるの……?)
だがここで慌てては、“語り部”失格。
「いいだろう。ゼクス=ブラッドオース。
お前の力、影のために使うがいい」
(とか言ってるけど、正直使い道まだ考えてない)
こうして、語ってもいないのに勝手に第一使徒が誕生し、
俺の影の組織は、なんかノリと勢いだけで着実に形になりつつあるのだった。
◆
その夜。
デルフィアとゼクスが図書館の片隅で静かに語らっていた。
「クロウ様は……本当にすごい方ですね」
「“語ったことが現実になる”という噂は、本当だったのか」
「ええ。この福音書がそれを証明しています。
語り部様はまだその力を本気で使っておられません。……本気を出せば、きっと世界は、丸ごと塗り替えられます」
(……やめて?勝手にハードル上げるの、ほんとやめて?)
棚の影から盗み聞きしてた俺は、そっとブランケットをかぶり直した。
マントっぽく見えるやつ。だいじなやつ。
いや、落ち着け。これは演出だ。
影の語り部としての風格を維持しつつ、冷静に計画を立てれば──
「語り部様。次は“敵”の設定をお願いします。
やはり、神話には“倒すべき悪”が必要です」
デルフィアが突然こちらを振り返る。
え、俺!???
「“敵”……か。そうだな……」
(なんも考えてなかったーーーッ!!)
だが、ここで戸惑えば“演出ミス”。
語り部とは、即興を真実に変える者。
「……虚無を喰らい、語りを封じるもの。
かつて神々を欺き、言葉なき災厄をもたらした存在」
「まさか……!」
「奴の名は……《ネメシス》」
言った瞬間、福音書が震えた。
空気が一瞬、どこか冷たくなる。
やばい。また世界が何かを“認識”した。
(ああああ、またやっちゃったぁ……)
こうして、“適当にでっちあげた悪役”が、
世界に刻まれた瞬間である。