2. 語ったら、神が目覚めちゃった件
「……さて」
図書館の奥。誰も来ない午後の静けさ。
棚の影に隠れて俺は小さくため息をついた。
(どうする、これ)
状況は明らかにおかしい。
ただの図書館司書で、モブとして生きてきたはずの俺の前に、突如現れた銀髪少女デルフィア。
昨日、冗談半分で語った“影の使徒”設定を、ガチ信仰してしまった少女である。
(いや、演出で語っただけなんだよな。まさか本気にするとは思わんじゃん?普通)
そのデルフィアが、今日も当然のように俺の前に現れた。
「クロウ様、準備が整いました」
「……何の?」
「神の召喚儀式です」
「……は?」
俺は声に出さずに、静かに眉を上げた。
(ま た 始 ま っ た)
昨日、俺がノリで言った。
「この地には“封じられし虚構の神”が眠っている」と。
ただの演出だ。世界観づくりのつもりだった。
それを、デルフィアは全力で真に受けたのである。
(いや、理屈がやべぇなお前……そんなの信じるなよ……)
「儀式の場は、村外れの祠をご用意しました。かつて地霊を祀っていた聖域。今は無人です」
「……なるほど」
表情は崩さない。クールな語り部としての演出を貫く。
だが内心では、
(本気で準備してる……この子、完全に影の教団運営してるやつじゃん)
「では、向かおう。影に眠る神を、目覚めさせるとしよう」
そう言ってマント(図書館のブランケット)を翻す。
格好だけは完璧だ。問題は中身が全部勢いと思いつきなこと。
◆
村外れの祠。
廃れた石造りの小さな建物。ひび割れた柱、崩れた屋根、まさに“いかにも”な聖域。
デルフィアは魔法陣らしき模様を描き、その中心に“福音書”を置いた。
あれも俺の手書き妄想ノートである。今や神具扱い。
「クロウ様。最後の“語り”をお願いします。演出はお任せします」
「……わかった」
(よし、ここが正念場だ。あくまで俺は、影の語り部。
ロールプレイを崩すわけにはいかん。演出なら任せろ)
俺は空を仰ぎ、ゆっくりと右手を掲げた。
口を開く。
「封ぜられし虚構の神よ。
影に隠れし時を越え、今ここに目覚めよ」
静かな声が、祠の中に響く。
その瞬間、
ゴオオオオオオッ……ッッ!!!
空が、揺れた。
祠の屋根が風で吹き飛び、空間が捻じれるような奇妙な音が響く。
そして空に、黒くゆがんだ光輪が浮かび上がった。
(……待って。これ、俺の演出じゃない)
(誰かが裏で特殊効果仕込んだとか、そういうレベルじゃねぇ)
(空にバグみたいな輪っかできてるんですけど!?)
デルフィアは恍惚とした表情で、跪いた。
「……神は、確かに応えました。やはり、クロウ様の言葉は“真”です」
俺は演出を崩さず、ゆっくりと頷く。
「……当然だ。我が語りが、神を導かぬはずがない」
(やっべぇぇぇぇぇ!!!ガチで世界が反応し始めてる!!!)
だが、ここで取り乱すわけにはいかない。
なぜなら、俺は──影の語り部だから。
演出は、常に完璧でなければならない。
「これで、影の神話が幕を開けましたね」
デルフィアのその言葉に、俺はそっと目を細めた。
(……あーもう。開いちゃったのか、幕)
こうして、俺の語り部ごっこは、
世界規模の神話構築フェーズに突入してしまったのである。