15. 語られざる敵、語れぬ影
――数日後。聖都にて。
クロウの“語り”による現象が、ついに世界各地に拡散し始めていた。
小さな村では「影の祝詞」で病が癒え、
遠く離れた海の都市では「語りの加護」を受けた船が嵐を越えたと噂される。
だが――それと同時に、世界の“裏側”もまた、静かに蠢き始めていた。
◆
その男は、黒装束のまま、言葉を発さずに“処刑”を完了させた。
「語られた者を討つ」、それが任務。
彼の名は、《沈黙騎士》カーディア・ノクト。
“語り”が発動する前に、その“口”を封じる。
言葉を呑み込み、存在ごと消す異端審問の処刑官。
彼は命令を受けていた。
「次の標的は、“語りの主”クロウ・エグザイル=オルター。
このままでは、全ての物語が“彼の語り”に書き換えられる」
◆
一方その頃、クロウはまたも図書館勤務中。
――が、様子がおかしい。
「……デルフィア、なんか……空気重くない?」
「はい。周辺地域で、“語りに関係した者”が謎の死を遂げる事件が増えています」
「ちょっ、待って……それ完全にフラグ立ってない!?」
ゼクスが窓際に立ち、鋭い視線を外へ向ける。
「気配があります。恐らく、“語りに干渉する敵”です」
「もう敵とか勘弁して!? 静かに本読んで暮らしたいんだけど!?」
デルフィアが小声で言う。
「……クロウ様。今日は、“外へ出ていただけませんか?”」
「え、何その優しいようでいてめっちゃ怖いフラグ回避提案!?」
だが、次の瞬間。
図書館の扉が、音もなく開いた。
そこに立っていたのは、無言の処刑者――《カーディア・ノクト》。
言葉を持たず、表情を持たず、ただ“沈黙”だけを携えた男。
クロウの口が、自然と動こうとする――だが。
「ッ……声が、出ない……?」
空間そのものが、“語り”を封じていた。
デルフィアが叫ぶ。
「これは……禁域術《沈黙の帳》!! この空間では、言葉は意味を持たない……!」
カーディアが無言で刃を振るう。
その斬撃は音さえなく、空気を切り裂いた。
ゼクスが間に入り、剣を抜く。
「クロウ様を……“沈黙”にはさせない!」
二人の剣が交錯する。だが、カーディアは無言のまま、ただ“封殺”の術を続ける。
デルフィアは、紙とインクを投げ渡す。
「書いてください、クロウ様! 声が封じられても、あなたの“語り”は――“文字”でも届くはずです!!」
震える手で、クロウは紙に“語り”を記す。
――“かつて、無音を破る鐘の刃ありき”――
書いた瞬間、図書館に響いたのは、鐘のような金属音。
刃と刃が打ち合い、空間が震える。
ゼクスの剣が光を放ち、カーディアの無音の術をわずかに破る。
「語られぬ者、クロウ様が――語った!!」
デルフィアが叫ぶ。
「書き文字すらも力とする……これが、“語り”の本質!!」
カーディアが初めて、一歩退いた。
その目には、明らかな“警戒”が宿っていた。
やがて、彼は無言のまま背を向け、影のように姿を消す。
だが、クロウはまだ震えたまま呟いた。
「……また来る。今度は、“言葉”を完全に奪いに来る……」
デルフィアがそっと言う。
「我々が語り続ける限り……敵は“沈黙”で抗おうとする。
それでも、私たちは“物語を信じる”ことを止めません」
クロウは深く息をつき、苦笑する。
「……ほんと、俺って……妄想しただけなのに……なんでこんなヤバいやつらに命狙われてんの……?」