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14. 日常が欲しいだけなのに 〜神格者は今日も図書館勤務〜


 ――神格承認から三日後。

 聖都における政治と信仰のバランスが大きく揺れるなかで、ただ一人、何も変わっていない者がいた。


 


 図書館司書、クロウ。


 ――神格者。

 ――語るだけで世界を変える存在。

 ――世界律に登録された、“無意識の創世者”。


 


 それなのに。


 


「……ふむ、この巻物……分類が“超常学”になってるけど、“現代錬金理論”だよね?」


「クロウ様、こっちは“語られし幻獣一覧”という資料でしたが、語ったことありますか?」


「いや知らんよ!? 俺そんなの語ってないってば!!」


 


 今日も図書館は平常運転――という名の混沌。


 


 デルフィアはクロウの横で神託記録帳を開き、

 ゼクスは巡回のように館内を歩きながら、時折「クロウ様、ご加護を」とか言い始める。


 


「……なんか最近、信者が図書館に増えてない……?」


「はい。“本が好きな神様”という噂が広がり、信仰者が“静かな祈り”を捧げに来ております」


「お願いだから静かにしてて……読書の邪魔になるから……」


 



 


 そんな中、ひとりの少女が現れる。


 小さな体にボロボロの外套。

 怯えた表情で、図書館の扉を恐る恐る開けた。


 


「……あの……クロウ様、いらっしゃいますか……?」


 


 デルフィアがやわらかく微笑み、案内する。


「こちらへどうぞ。語りの主・クロウ様は、あちらに」


 


 少女は、おずおずとクロウに近づき、懐から一枚の紙を取り出す。


 


「これ……母の病気を、どうか……“語って”いただけませんか……」


 


 クロウは絶句する。


 だが、その目は真剣だった。


 


(……俺の語りで、救えるかもしれない。

 いや、本来そんなつもりじゃなかったけど……“世界が信じている”以上、無視できない)


 


 クロウは静かに、紙を受け取り、目を閉じて――


 


「かつて、“影の国”に棲むという癒しの風があった。

 それは病に触れれば、音もなく痛みを拭い去ったという――」


 


 語る。

 それはただの、優しい物語。だが――


 


 その瞬間、少女の懐にしまっていた小瓶が淡く光った。

 中に入っていたただの水が、やわらかな銀光を帯びる。


 


「……これ、“影の風の雫”……?」


 


 デルフィアが頷く。


「クロウ様の語りにより、世界が“そうである”と認めたのです。

 これは、語られた癒しの物語……」


 


 少女は涙を流しながら、深々と頭を下げた。


 


「ありがとうございます、クロウ様……っ」


 


 クロウはそっと苦笑する。


 


「……もう、“語らない”ではいられないのかもな」


 



 


 夜。


 閉館後の図書館で、クロウはひとり本を眺めていた。


 


「……俺は、ただの語り部だった。

 でも……誰かが“その言葉に救われる”って信じてくれるなら……」


 


 デルフィアが静かに寄ってきて言う。


 


「クロウ様。あなたの語りは、もう“ただの妄想”ではありません。

 それは、“この世界が待ち望んでいた物語”なのです」


 


 クロウは空を見上げた。


 


「……それでも俺は、“物語の中心”に立ちたいわけじゃない。

 ただ……語りたいことを語って、誰かが笑ってくれれば、それでいいんだ」


 


 語られた日常。

 静かな図書館の中、ひとつの“神話”が、またゆっくりと、世界に染み込んでいく――。

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