12. 言葉なき裁き、沈黙の罠
――聖都アーク=エデリア、中央評議庁。
天井の高い議場に、各勢力の重鎮たちが集っていた。
光の神殿の導師、聖騎士団、聖都評議会議長に王都衛兵団の指揮官。
そして、その中央――一歩も引かずに立つのは、黒衣の語り部、クロウ。
「……これが、“語りの主”か……」
「ただの詐欺師にしか見えんがな……」
「だが、その力は本物だ。“語っただけ”で魔術が反転した例が確認されている」
周囲のざわめきを、クロウは黙って受け止めていた。
だが、内心は叫び声でいっぱいだ。
(いやいやいや!? こっちは巻き込まれただけなのに!?!?)
(勝手に信仰広められて、勝手に国家会議とか開かれて、今度は“裁かれる”とか、流石に理不尽すぎでしょ!?)
デルフィアが小声で囁く。
「クロウ様、あくまで“神格者候補”として招かれた名目なので、黙っていれば危害は加えられません」
「“候補”って何!? 俺、応募してないよ!?!?」
そしてついに、最年長導師セレナ・ヴァイルが立ち上がる。
「……語り部クロウ。貴殿の力、噂では空を割り、大地を裂いたと聞く。
だが、それが“真の語り”か、それとも“世界の揺らぎ”か……我らは判断する必要がある」
「よって、今より《静寂の環》を発動する。
この術式の下では、“語り”は力を持たない。語っても、何も起こらぬ」
デルフィアの顔がわずかに強張った。
「……まさか、このタイミングで禁言術式を……」
(ちょっと!? 聞いてないんだけど!?)
「もし、それでも貴殿の“言葉”が世界を揺らすならば……
我らは、貴殿を“神話に相応しき存在”と認めよう」
聖都全体を包む魔術陣が、淡く光る。
世界そのものが、静かに沈黙へと向かう。
「《静寂の環》、発動」
◆
周囲の空気が一変した。
声なき空間。魔力の流れすら途絶えた異様な静寂。
その中で、クロウが一歩、前に出る。
(うわああああどうしようどうしよう!!この状況、完全にクライマックス展開じゃん!?!)
(やばい、これで何も起きなかったら――“ただの詐欺師”確定だよぉぉぉ!?)
デルフィアが不意に目を伏せる。
「……信じております、クロウ様。“語られるべき世界”は、必ず応えてくれると」
その言葉に、クロウの中で何かが切り替わる。
ゆっくりと、クロウは口を開く。
「――これは、とある“神話”の話だ」
静寂の環の中で、ただの声。
なのに、その声が響いた瞬間――
空間に、“影”が滲んだ。
「虚構は、語られることで存在を得る。
存在は、認識されることで意味を持つ。
そして意味は――世界を形作るのだ」
聖騎士アグリスが叫ぶ。
「バカな!? 《静寂の環》の中で……語りが、影を呼ぶだと!?」
導師セレナは呟いた。
「……これはもう、世界そのものが、“あれ”の言葉に反応している……」
影がクロウの足元に集い、地に“言葉”を刻む。
――“語られし王、此処に在り”
「もはや止められん。彼の“語り”は、概念を超えた」
そのとき、評議会の窓が音もなく開いた。
無風の中、黒い羽が一枚、ふわりと舞い込む。
デルフィアが静かに告げた。
「……神格承認の刻、始まりました」