10. 聖都で対話を――ってクロウ様まだ来てないの!?
――聖都アーク=エデリア、中央広場。
そこには二つの異なる信仰が、対峙していた。
一方には、金の鎧に身を包んだ《光の神殿 聖騎士団》。
その先頭に立つのは、第七聖騎士【アグリス・フェルテ】。冷酷と忠誠を併せ持つ、神殿随一の処刑人。
そしてその正面に立つのは、黒い外套に身を包んだ《影の巡礼者》の先遣隊。
団長・スレインは、真っ直ぐアグリスを見据える。
「語られぬ力に、裁きなど通じない。これは対話の場であるはずだ」
「貴様らが語るは虚構。神の名を騙り、影を聖都に落とす異端。問答無用。殲滅対象だ」
言葉と共に、アグリスは剣を抜いた。
それは《清めの断罪剣》――語りを無効化する“静寂”の祝福を宿す聖剣。
その空気に、聖都の民たちがざわつく。
「影の教団が戦争を始めるのか……?」
「でもあいつら、街の掃除とか手伝ってたぞ……?」
「クロウ様は、対話を望んでるって聞いたのに……」
――そう、実際にクロウは何一つ命じてなどいない。
というか、今この瞬間も。
◆
図書館。
クロウは毛布にくるまって寝ていた。
「……むにゃ……デルフィア……神託……あとでにして……」
「クロウ様。重大な報告があります」
「……Zzz……むにゃ……信仰は強制しない方向で……」
「――聖都で、聖騎士団と巡礼団の対峙が始まりました」
「は?」
クロウは跳ね起きた。
「なんでそんな物騒なイベント始まってるの!? 俺、何にもしてないよね!?!?」
「はい、クロウ様は何もしておりません。
ですが、“黙っていたことが肯定と受け取られた”ようです」
「人の妄想にどんだけ期待してるのこの世界ぇぇぇぇ!!」
デルフィアが冷静に提案する。
「では、聖都に“降臨”されますか? いえ、“語りに赴く”と表現した方が神秘性がありますね」
「どうして毎回、それっぽく仕上げるの!?!?」
◆
――聖都、広場。
聖騎士アグリスの剣が、地を砕こうと振り下ろされる、その瞬間――
黒風が、吹いた。
影のように広がる、存在感。
空気が変わる。世界が沈黙する。
「ッ……この、気配……!」
そして、影の奥から一人の男が歩み出る。
マントを翻し、静かに歩くその姿に、誰もが息を呑んだ。
「――その剣で、何を“語る”つもりだ?」
聖都に現れたのは、もちろんクロウだった。
民衆は震える。
「あれが……クロウ様……!」
「“語りによって世界を変える男”が、本当に現れた……」
アグリスが身構える。
「貴様が、“幻語の福音”の主か……!」
「俺は、物語を“演じている”だけの者さ。
だが――演者には、舞台を選ぶ権利がある」
「この都市は、まだ“語り”を知らない。
ならば、ここで演じる価値はある」
その瞬間、地面の影がざわめいた。
まるで世界が、“語り”を待ち望んでいたかのように。
デルフィアが小声で囁く。
「“クロウ様、降臨”……これで、我々は正当化されます」
「やめて!?その言い方やめてぇぇぇぇぇ!!」
だが、すでに聖都は、“語り”に飲み込まれ始めていた。