表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

電話交換手の早川さん

 サイダー工場を作ろうと決めた晩に、メルケルがお友達になった電話交換手の中で一番に仲良くなったのは早川さんです。

「アノさぁ・・・・、トっても素敵な炭酸泉(すてきなたんさんせん)が手に入いったんで、コレでサイダーをつくって、街のひと大勢に飲んでもらいたいんだけど、どうしたらいいデスか」

 いつものように、電話口に出た早川さんにそれを伝えます。

 それを電話で伝えたときはお友達(おともだち)になる前ですから、出てくれた電話交換手が早川さんとは知りません。「いつものように」とは、メルケルが、乗ってきた船にオートバイごと一緒に置いてけぼりになったこの女の街(おんなのまち)で、はじめて接した女子(おなご)に声を掛けるメルケルのクセになった言い回しです。

 話し出しの、あたま出しの先っぽの方に、鉤鼻(かぎばな)がかったカタカナをくっつけて話し出す、いつもの調子のことを指すのです。猫に木天蓼(ねこにまたたび)というくらいに女子(おなご)はそれに弱いのです。


 白衣(はくい)でも着て居ずまいを正した(いずまいをただした)顔で言うなら、鼻濁音(びだくおん)です。

 流行歌(りゅうこうか)には切っても切れない隠し味です。まだまだ流行歌(りゅうこうか)を録音したレコードはひとびとの目の前には現れていませんでしたから、それから十数年後に初めてレコードで流行歌を聞いたメルケルは、開口一番(かいこういちばん)にどこで自分の隠し味を盗まれのだと感じました。

 まだ、日本に来て1年も()っていない、この日本一長い砂丘の街で置いてけぼり(おいてけぼり)食らってる(くらってる)ものばかりとしか感じていないメルケルは、十数年後にレコードを初めて聞いたとき、聞いたことのない自分の声を連想するなんて思いもしてませんでした。

 

  もっと早くにレコード歌手になっていたら、サイダー工場より先にお大尽の仲間入りが出来たのに

 

 この女の街でお大尽たちと一緒にお座敷遊び(お座敷遊び)そびをしてるとき、酒を飲めない男も女の誰もが飲み飲み物にまで広がったメルケルのサイダーを飲みながら、メルケルは憧憬(サウダージ)を感じたのです。

 置いてけぼりを食らって20年しか経っていないメルケルは、まだ憧憬(サウダージ)を意識はしませんでしたが、きれいな芸者さんの指で葡萄酒(ぶどうしゅ)のようについでもらったサイダーのシュワシュワしてる泡のつぶ音に耳を澄ますと、その言葉が表す感じをしったのです。

 それから憧憬が訪れる度、メルケルはきれいな10本の指でつがれたサイダーのシュワシュワが流れてくるのです。

 

 それは、早川さんと繋がっていました。

 電話交換手の早川さん、電話機の声を通じただけのお友達、電話機交換のお姉さん(テレフォンレディ)たちは皆んなメルケルのお友達になってくれましたが、早川さんは特別です。

 

  だって、鼻濁音(びだくおん)だもの


 鼻濁音の言葉も20年後に知ることになるのですが、掛けたその晩に習得しメルケルと同じ鼻濁音で返してくれたのは早川さんだけでした。


  恋なのかも


 恋はすぐに分かりました。だって、恋はメルケルの生まれたお国(おくに)の方がもっと早くにそれに気づいて、言葉に、(うた)に、物語りにしてきたものですから。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ