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生まれて初めての仮病をつかってサイダー工場跡地まで行ってみた

 まずは、毎朝の職場に向かう電車を途中下車(とちゅうげしゃ)して、サイダー工場跡地(こうじょうあとち)まで向かいます。

 目星の辺り(めぼしのあたり)から入ろうとするのですが、どの路(どのみち)もぐるりと元の駅口(もとのえきぐち)へ戻らされ、ほうぼうを廻らされている感じです。今朝は(けさは)いつもよりも早く出掛けたのです。朝ごはん用にもってきたサンドイッチでも食べながら、最近流行の(さいきんりゅうこうの)朝活みたいな感じで、少し廻って匂いを嗅いで職場にも行くつもりだったのです。


  それが、どうやら、そんなわたしの思惑(おもわく)の言うことを聞いてくれそうもありません。


 それならと、覚悟をみせるため職場にインフルエンザに掛かったのだとウソの電話を入れます。路に騙されて(みちにだまされて)迷わされてるの心根を、こんがらがって医者に行くまでの道中と勘違いされて、「〇〇さん、大丈夫ですか。歩いてるんですか。タクシーじゃないんですか」とおかしな気遣いまで受けそうになったので、早々に切ってしまいます。はいって今年二年目の早川さん、ひとつも疑ってはいませんでした。

 この春、異動してきたわたしに一番に声を掛けてくれたのは、この早川さんでした。この事務所のひとの出入りはわたしひとりだけだったから、「わたしの方が1年先輩ですね」と微笑みかけてくれたのです。

 わたしは、ときめきました。

 世代を超えたこのような若い女性に年上の女(としうえのひと)の感情を抱いたのです。そのときめきは、むかしその場所にいたわたしのその時までの時間を形として重さとして感じさせて呉れる(くれる)ものでした。

 

 これで、わが身の自由は5日間確保(いつかかんかくほ)されました。

 仮病(けびょう)つかって職場を休むなんて、いままでは安いつくり話(やすいつくりばなし)の世界だけかと思っていましたが、やってしまうと案外に簡単なもので、次もいけそうだなんて勘違いしてしまいそうになります。でも、早川さんには、生まれてこのかたインフルエンザに掛かったことないって言ってた気がするから、もう病気は使わない方がいいな。父はひとりっ子だったけど、母には兄弟姉妹が多くいると言ってあるから、おじさんをひとりの死なせてしまおう。多分(たぶん)おじさんなら3日の忌引き休暇が使えるはずだ、5日必要ならおばさんに変えればいいだけだと踏みました。こんな展開になることを薄々(うすうす)勘づいていたフシもあるのですが・・・・

 そんな余計まで(よけいまで)踏んでると、今度は案外素直にサイダー工場跡地に辿り着(たどりつ)きます。


  細い路(ほそいみち)ばかりか私の頭にまで結び目を()いられている感じがします。


 此処がサイダー工場跡地になる前の100年前に日本最大の砂丘地から湧き出る炭酸泉でつくったメルケルのサイダーのラベル。ケルトの結び目(のっと)組紐模様(くみひももよう)


 描く(えがく)のはかんたん、でもけっして結べない結び目(のっと)

 辿る(たどる)のはかんたん、でもけっして叶わない場所


 わたしは日常を裁った(たった)とき、時間も裁った(たった)ような音が聞こえてくるのを感じました。このままでは夜来香(イエライシャン)を感じる早川さんのあの声はもう二度と聞けないのです。

 


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