エルフの矢と、女騎士
ランちゃん達、竜族が災厄へと突っ込んでいって、それが戦い開始の合図となった。
突如として空に広がった光の中から、災厄の欠片や魔物達が私達に向かって降り注ぐ。
「ふ。空から奇襲でもしてるつもりなんですかね。無駄な事ですよ」
隣を歩くジルフォが、余裕の笑みを浮かべながら呟いた。
すると、私達の後方から上空へと向かい、無数の光が放たれた。光は私達に降り注ごうとしていた魔物達に向かって弧を描いて向かっていき、魔物達に当たると同時に貫いて、一気に多くの魔物を倒す事に成功した。
「す、凄い……」
光を放ったのは、エルフ達だ。エルフ達がルレイちゃんもよくやる光の矢を放ち、その矢によって私達に襲い掛かろうとする魔物から守ってくれた。ただでさえ中々の威力を持つルレイちゃんの光の矢が、いくつも一斉に放たれた感じなので、本当に圧巻の攻撃だった。
多少打ち漏らしはあるし、災厄の欠片は貫かれてもそのまま降り注いできたけど、魔物の数を一気に減らせたのは大きい。
「ははっ。やっぱ、さすがにこんだけエルフの戦士が集まるとすげぇな!」
「だけどこれでも災厄には及ばない。災厄の欠片すら、倒す事が出来ない。はしゃいでないで、ちゃんと前を見て歩いてください」
「くっ。最初からてめぇらが来てれば、オレ達ガランド・ムーンの犠牲はもっと少なくて済んだって話だ!」
「ボク達が来る前に勝手に戦いを始めたのは、貴方達でしょう?」
「リズリーシャのかーちゃんに説得されなかったら来るつもりもなかったくせに、よく言えるなぁ!?」
「ちょ、あの、二人とも……」
これから災厄と戦おうという時に、言い争いを始めてしまった2人を私には止める事が出来ない。
おどおどするばかりで、どうしたらいいかのか……。
こんな時、いつもならリズが上手く場を納めてくれるのにな。でもリズにはやる事があるので、彼女に甘えてばかりもいられない。
「あ、あの……」
「──こんな時まで喧嘩なんてして、呑気やねぇ」
意を決して2人の間に入ろうとしたけど、その時私の影の中から声がして、そこから着物姿の美しい女性が出て来た。サリアさんである。
「ひっ。さ、サリア様……!」
「へへっ」
ジルフォは、サリアさんに本気の攻撃を仕掛けられて以来、すっかり委縮してしまっている。サリアさんを見た瞬間に固まり、ルレイちゃんとの言い争いをすぐにやめた。
そんなジルフォを見てルレイちゃんが笑っている。
「二人とも、もっと真剣にな。これから恐らく確実に、また誰かの命が散る事になるんやから。自分が、大切な仲間が少しでも生き残れるように……なにより災厄をここで、一日足止めできるように、集中するんや」
「わ、分かっていますとも。フォーミュラ様が古代魔法を完成させるまで、必ずやここで災厄を食い止めて見せます」
「ちゃんとやれよ、ジルフォ!」
「ルレイも。シズの言う事をちゃんと聞いて、集中せなあかんよ」
「わ、分かってるって……」
サリアさんに諭すように言われ、ルレイちゃんは静かに頷いた。
それで満足したのか、サリアさんは最後に私を見てニコやかに頷いてから、また私の影の中に沈んでその姿を消した。
なんか、影がある限りサリアさんに話を聞かれている気がして、私はちょっと怖くなってきてしまった。これは下手な事言えないな……言うつもりも必要もないけど。
「エルフ達が取りこぼした魔物を撃退するぞ!シズさん達を災厄の下へと送り届けるのだ!」
今回私達を災厄の下に送り届けるのは、ウルエラさん達人族と、エルフの皆の役目だ。
ちなみにメルリーシャさんは、イデルスキーさんの家でお留守番だ。彼女自身は戦う力を持っていないようで、今はリズと共に後方待機となっている。
エルフの光の矢で倒しきれなかった魔物達に、馬に乗ったウルエラさん達が襲い掛かり、撃退していく。
ウルエラさんの戦いぶりは、まさに女騎士という感じでとてもカッコイイ。素早く、強力な攻撃力をかねそなえた斬撃を次々と魔物に向かって繰り出し、魔物をなぎ倒していく。
魔物はいつも通り。今はリズの町でも見た、殻にこもった触手の魔物が主力だ。
運よくエルフの矢が当たらなかった殻が、空から注いで地面に突き刺さり、中身の触手を取り出して周囲の人々に襲い掛かっている。
そんな魔物にウルエラさん達が斬りかかり、次々と撃退してくれている。
彼らはとても統率のとれた動きをしていて、魔物に対して返しのついた矢を打ち込み、その矢と繋がったロープで魔物の動きを封じてから、一斉に投げ槍や矢などの遠隔武器を殻の中へと打ち込んでいく。その上で油をかけてから火をつけ、倒す。
触手には毒があるので、殻の魔物に対しては遠隔攻撃が主だ。
ウルエラさんはそんなのもろともせず自分だけで斬って倒しているけど、それを補う形で他の人族の兵士達も頑張っている。
その間に、直接災厄と対峙すべきメンバーが大きく前進できている。
「今回は災厄につくまで、オレの出番もなさそうだな!ぐはははは!」
「そうやねぇ。人族も中々やるなぁ」
その様子に、グラサイが高笑いをあげながら駆け抜けていく。
彼の肩の上には、先程は私の影の中から姿を現したサリアさんが乗っている。
サリアさんが失った片腕を補おうと、グラサイはやる気満々だ。でもこれじゃあ腕じゃなくて足の代わりの気がするけど、細かい事は言わないでおこう。
ちなみにそのグラサイだけど、まだ怪我が治っていない。全身包帯だらけで、骨も砕けているはずなんだけど元気そうだ。ちょっと信じられない。
でも彼が大きな声で笑いながら前進してくれるだけで、皆の士気は全然違う。やっぱり斬り込みには、グラサイが必要だ。
何もかもが順調に進んでいるその時、地面が揺れ出すと地面の中から巨大なミミズが姿を現した。奇襲されて、人族の数名がミミズの口の中へと飲み込まれ、たぶん命を奪われる事となった。
「ガンズイーター……!地面からの攻撃にも備えろ!」
そう叫んで周囲に注意を促したウルエラさんの足元の地面が盛り上がり、そこからミミズが姿を現して馬ごとウルエラさんを飲み込んでしまった。
でも、すぐにミミズの巨体の中から斬撃が繰り出され、ミミズが切り刻まれた上でウルエラさんと馬が出て来た。
「うおおおおお!」
その雄姿に、周囲の人族の男達の歓声がわく。けど、湧いている場合ではない。
「注意を怠るな!」
心配してウルエラさんが叫ぶも、再び地面が揺れ動き、歓声をあげていた男達の足元から巨大ミミズが姿を現した。
再び、人の命が奪われる。
そう思ったけど、人を飲み込むその直前に、ミミズが一瞬にして切り刻まれ、肉片へと姿を変えた。
「油断するな」
切り刻まれたミミズの傍に、凛と佇む魔族の男の姿があった。口元をマスクで隠した、グヴェイルだ。
グヴェイルが、手にしたその短刀でミミズを倒し、彼らを守ったのだ。
今回グヴェイルの役目は、私達が災厄に辿り着けるように援護する事。ウルエラさん達と同じで、災厄と戦うメンバーには含まれていない。
それは彼の災厄から受けた怪我のせいで、身体に風穴が開いた状態では本来の力が発揮できないと、サリアさんに判断されてしまった。
グラサイも似たような怪我はしているけど、あちらは別格だ。怪我をしているのに本来通りの動きが出来ている。だけどグヴェイルは傷が痛むのか、本来の動きが出来ていないと、私も思う。だから仕方がない事だと思っている。
むしろそんな状態でも援護という形で戦いに参加してもらうのが、心苦しいくらいだ。
「ありがとう、グヴェイル殿!皆油断はするな!一瞬でも油断すれば、その命ないものと思え!」
それで改めて、皆の気が引き締まった気がする。
道中の魔物達が、次々と倒されて前進する私達の障害が消されていく。災厄の欠片が出て来ても、関係ない。同じように、皆が対応して撃退していってくれる。
やがて私達は、先行した竜族達が群がる災厄の下へと辿り着いた。