仇をうつため
結局、エルフ達は力を示したサリアさんが率いてまとめあげる事となった。
あの生意気だったジルフォは、すっかりおとなしくなってサリアさんに従い、そんな様子のジルフォに影響されてか他のエルフ達もサリアさんによく従う。
まぁ元々エルフの族長はサリアさんなので、従うのは当然と言えば当然だ。
「サリア様は影移動に加え、見えざる手を得ている。あんな小僧に負ける訳がないのだ」
ジルフォ達エルフにあれこれ指示を出しているサリアさんを遠目に見ていたら、グラサイが私の隣にやってきてそう呟いた。
「さ、サリアさんの、あの見えないの……なんなんです、か?」
「見えざる手……詳しくは知らんが、影移動と同じくエルフに伝わる秘術だ。なんでも、手の中に直接術式を刻み込み、姿形の見えぬ腕を魔術によって作り出しているらしい。サリア様はそれを、両手に持っている。代償として、かなりの辛い過程を踏むことになるらしいが、どのような代償かは知らん」
「う、腕を失ったのは……」
「オレを、見えざる手で庇ったせいだ。見えざる手と、術式を刻まれたサリア様の手は繋がっている。どちらかが傷をおえば、もう一つの手も傷がつく。サリア様の見えざる手は……災厄の攻撃によって消し飛ばされ、同時にサリア様の腕も失われる事となった。全てはオレのせいだ」
悔し気に歯を食いしばるグラサイだけど、当の本人であるサリアさんは失った腕を気にする素振りを一度も見せていない。そんな事を気にしている余裕がないからかもしれないけど……サリアさんにとっては、腕よりもグラサイの方が大切なのだ。ともとれる。
真相は本人に聞かなければ分からない。そしてそれを確かめるつもりは私にはない。
「さ、サリアさんの見えない手……凄く、強いです。頑丈すぎて、私も大けがを負わされた事が、あります」
「見えざる手は術者の魔力を食い、大きく、そして頑丈で強力な力を得る事が出来るらしい。オレも、出会って間もない頃に殴られた事がある。強烈な一撃だった……」
思い出したかのように、グラサイは自分の頬をさすった。
グラサイが、サリアさんに殴られた、か。
何があったかは知らないけど、出会って間もない頃は仲が悪かったとか、よくある話だ。グラサイとサリアさんにも、そんな時期があったという事だろう。
「奴から常に感じていた違和感は、そのせいか。何も知らん者は、自分が何に殴られたかも分からぬまま倒れ、事情を知っている者もその威力に頭を垂れるという訳だ」
「恐ろしい術じゃな。竜族の里の外の術も、色々な物があって興味深い」
そこへランちゃんもやって来て、興味深げにサリアさんを見て呟いた。
ユリちゃんも一緒で、こちらもサリアさんの術に興味があるようだ。
「グラサイ!そんな所で呑気に話してねぇで、作戦を教えてくれ!オレ達はどうすればいい!?」
「おお、そうだな!今行く!」
やってきたおじさんが、グラサイに対して親し気に話しかけて、グラサイはそれを気にする様子もない。2人はかなり仲良くなったようで、互いを認め合っている気がする。最初はあんなにいがみあっていたのが信じられないくらいだ。
呼ばれたグラサイは、おじさんの方へと歩いていく。
「シズ!村長の仇、絶対にとるぞ!そんでついでに、この世界を災厄から解放するんだ!」
「は、はい!」
おじさん、村長さんが死んでしまってから少し変わった気がする。やる気というか、気力に満ち溢れている。
きっとおじさんも、村長さんの事が好きだったから……だから、彼女の仇をとって、彼女の夢だった災厄討伐をどうしても現実の物にしたくなったのだ。
「うぅっ、えぐっ、そんぢぉ……!」
おじさんの隣にはウォーレンもいたんだけど、村長と聞いて泣き出してしまった。
こちらもこちらで、村長と聞くだけで泣き出してしまうくらい村長さんの事が大好きだったみたいで……未だに村長さんの死を引きずってしまっている。
「……いつまでも、泣いていないでください。私達にはまだやる事があって、頑張らないといけない、んです。今の貴方の姿を見たら、村長さんが悲しむ……というか、怒ります。だから、悲しむのはいいけど前は見ていてください」
私は泣いているウォーレンの前に立つと、彼の頭を撫でながらそう訴えかけた。
本来なら、男嫌いの私が男の頭を撫でるなんて事する訳がない。自分でもビックリの行動だ。というかその行動に手が震えている。
でもウォーレンも私の大切な仲間で、村長さんがいなくなってしまって悲しい気持ちはよく理解できているつもりだ。だから、悲しくて泣いている彼を放っておけなかった。
「えぐっ、うっ……ずびっ。ああ、分かった。分かってる。オレだって、もう子供じゃないんだ。村長の仇、絶対にとってやる!」
ウォーレンは涙を服の袖で拭うと、前を見ておじさんの後を追って行った。
少しは元気が出てくれたならいいけど……。
「……我らも行くぞ、ユリエスティ。お前の部下達にも作戦の事を伝えなければいけない」
「はい、母上。では、また後程な、シズ」
「は、はい」
ランちゃんとユリちゃんも、私の下を去っていった。
作戦……ほとんど前回災厄と戦った時と、同じだ。災厄の殺戮には、災厄に近づくか離れるかで対処して、災厄本体と、災厄の欠片や魔物に対応する部隊に分かれる。
そして目標は災厄の撃破ではなく、災厄の足止めだ。リズが、絶対に魔法を完成させてくれる。それまで耐えれば私達の勝利である。
勿論その前に災厄を倒しても良いんだろうけど……出来るだろうか。チャンスがあれば狙ってみようと思う。
単純だけど、それ以上の作戦を練っている時間が私達にはない。周囲は慌ただしく動き始めており、もう戦いは始まっているとも言える。
慌ただしく動き出した皆が、それぞれが与えられた役割を確認して時間が過ぎていく。
リズは……相変わらず部屋の中から出てこない。一瞬出て来たフォーミュラが、たぶん作戦の事は伝えてくれたと思うけど、それでリズが無理をする事にならないか心配だ。昨夜からずっと眠っていないのに、その上であと一日で魔法を完成させろとか、私にはよく分からないけどフォーミュラのリアクションを見る限りかなりの無茶ぶりのはずだ。
出来れば戦いが始まる前に会って元気を貰いたいけど……邪魔をしないよう、私はその気持ちをぐっと抑えた。
さほど時間も過ぎていない所で、私達は災厄を迎え撃つため、二度目の行進を開始した。
やってきたのは、一度目で災厄と戦い、戦いの痕跡がまだ色濃く残っている森に近い平原の端の方だ。
移動を開始したという災厄は、もうすぐそこまで来ている。相変わらず大きな光が天に向かって伸びているので、非常に分かりやすい。
「シズ。改めて、ごめんな」
私は災厄と戦うにあたって、ルレイちゃんと連携して行動する予定だ。だから一緒に災厄に向かって行軍している。
と、隣を歩くルレイちゃんが急に謝罪してきた。
「?」
「災厄と戦った時、襲い掛かってだよ。あんな事、もう二度としねぇ。例え災厄に操られたってだ」
「き、気にしてない、です。ルレイちゃんは、悪くないので……」
「それでも嫌なんだよ。仲間に襲い掛かるなんて、もう二度とごめんだ」
「ルレイちゃん……」
「災厄の精神攻撃は、気合でなんとかなるようなものではないでしょう。でももしルレイがボクに襲い掛かって来るような事があれば、ボクは貴方を殺しますからね。そのつもりでいてください」
「ああ、その台詞、そっくりそのまま返してやるよ、ジルフォ。けど、もし次操られそうになったら、シズがなんとかしてくれるんだろう?」
「……たぶん」
私は皆が災厄に操られて殺し合う中で、叫んで戦いをやめるように叫んだから本当に皆が正気を取り戻してくれた。それはたぶん、私が黒王族だという事に関係している。まだ黒王族の王様になる前の話だったので、それ以外で何かがあるという事だと思う。
クシレンも、私の角に関して何か意味ありげな事を言っていた。もしかしたらこの角のおかげかもしれないけど、理由なんて今はどうでもよくて、例え災厄に触れたり斬られたりして正気を失っても、正気に戻す事が出来るというのが重要だ。
そういう意味でも、サリアさん達は私に期待してくれている。頑張らないと。
「相変わらず口が悪い。その辺りはサリア様を見習うべきですね」
私とルレイちゃんいついて、ジルフォも一緒にいる。私達はこの3人でパーティを組んで、災厄に挑むことになる。
ジルフォと一緒には戦いたくないなとか思っていたら、そうなってしまった。サリアさんの命令なので仕方ないけど、正直凄く嫌だ。
「る、ルレイちゃんとジルフォは……知り合い、なんですか?」
「コイツはフォーミュラのおっさんの、イカれた弟子だ。里じゃ昔からイカれてるって噂されてて、でも戦いの腕前だけは確かだった。オレがまだ里にいた時、オレとまともにやりあえたのはコイツだけだ」
「まともにやりあえた?ボクは貴女との戦いで本気を出した事など一度もありませんよ」
「はっ。ほざいてろ。さっさと災厄に操られちまえ。そうなったらオレが殺してやるからよ」
「……」
ジルフォは肩をすくめながら笑い、こちらを見てなんとか言ってやれと目配せをしてくる。
でも私が言う事は特に何もない。
『ぐおおおおおぉぉぉ!誇り高き竜族が先手を取らせてもらうぞ!』
黙っていたら、私達の上空をいくつもの大きな影が通り抜けた。通り抜けると同時に、強い風が巻き起こって災厄へと向かっていく。
それは、いくつもの竜だった。上空を覆いつくすほどの大きな竜が、黄金色に輝く一際巨大な竜に続いて、災厄の方へと向かっていく。
その数はとても多くて、元からいたユリちゃん達竜族では足りない。どうやらランちゃんが呼び寄せた竜が混じっているらしく、皆大きく逞しい体躯の竜達だ。
『……』
その中にはユリちゃんもいて、私と目が合ってから災厄に向かって飛んでいく。
私達のリベンジマッチが始まった。