エルフ族最強の称号
災厄が移動を開始し、こちらへと向かって来ようとしている事はすぐに皆に伝えられた。
一部では、万全を期すために今はここを撤退すべきだという意見もあったけど、それは私が却下させてもらう事になった。
クシレンはもう、災厄である自分を押さえる事は出来ない。今ここで戦いを回避すれば、災厄は世界中の人々を殺戮するための行動に出てしまう。そうなってから戦いを挑んでももう遅くて、私達の目的を果たしても意味がなくなる。
だから、今ここで、私達が止めなければいけない。
「シズがそう言うんやから、たぶんそうなんやろね。……やるしかないやろな」
話し合いはイデルスキーさんの家の前で行われている。
ここにはフォーミュラの代わりのエルフ族の代表や、メルリーシャさんと、グラサイを始めとしたガランド・ムーンの重鎮の皆が集まっている。
当然竜族代表のランちゃんもいる。傍にはユリちゃんもいる。
やるしかないと、静かにそう呟いたサリアさんに、ガランド・ムーンの皆が頷いた。ランちゃんも、静かに頷いて同意してくれている。
「人族の皆も、戦力として考えてええの?」
「無論です。皆さんと共に災厄を倒すために私達はここにやって来たのですから」
「それは心強いわ。エルフ族も、それでええね?」
「……元より我々は、サリア様の命によってこの地へ赴き、災厄と戦うつもりでした。多少遅れましたが、異存はありません」
遅れて来た?メルリーシャさんの話を聞く限り、来るつもりがなかったはずだけど。
しかもフォーミュラの代わりにこの会議に参加しているこのエルフ、長い前髪を人差し指で払いながらスマイルでそう言い放ってきて、色々と鼻につく。フォーミュラよりも嫌いかもしれない。
「ま、戦ってくれるならええわ。竜族の、ランギヴェロンは?」
「愚問だ。共に災厄を潰すぞ」
腕を組みながら、ランちゃんはサリアさんにそう返した。
ランちゃんはもう吹っ切れている。共に戦ってくれると決めてくれたランちゃんは本当に頼もしい。
「しかし戦いは、少なくともフォーミュラ様が古代魔法を復活させるまで待つべきでは?フォーミュラ様の考えでは、古代魔法なしで災厄に挑むなど愚の骨頂。無駄死にするだけです」
戦うと宣言したばかりだというのに、いきなりエルフのイケメン男がそんな事を言い出した。
その際、手をくねくねと動かして身振りを見せて、その動きがまたイラっとした。台詞としてもイラっとする内容なのに、二重でイラっとする。
「その言い方、まるで我らガランド・ムーンが、先の戦いで無駄死にした聞こえるな?」
イラっとしたのは、私だけではない。グラサイが低い声で、怒りの感情をこめた視線をエルフのイケメン男に向け、そう尋ねた。
「違うのですか?無駄ではないというのなら、何か成果を見せていただきたいものです」
「成果ならあるではないか!皆が必死で戦ったおかげで、シズが災厄から不死の力を奪う事が出来た!皆で得た成果だ!」
「いえ。それは黒王族であるシズの成果です。死んだ者達の成果ではありません。先の戦いで命を落とした者達は、無駄死に。サリア様が片腕を失ったのも、無駄な犠牲。愚かな者達の集まりです」
「──どうやら貴様、この場でオレに殺されたいようだな?」
グラサイが、エルフのイケメン男に向かって拳を振り上げながら駆け寄った。
私もグラサイ程ではないけど、内心は怒っている。この男に、私達の何が分かると言うのだ。戦いに参加するつもりもなかった人に、そんな事を言われる筋合いはない。
「貴方は頭にくれば例え仲間でも手をあげるのですか?まるで本能のままに動く獣だ」
いつの間にかエルフのイケメン男の姿が消えていて、代わりにサリアさんの傍に立っていた。
私は今、彼が影の中へと入っていったのを見た。そして気づけばサリアさんの影に移動しており、そこから姿を現したのだ。
どうやら彼は、サリアさんと同じ事を出来るようだ。
「ぬぅ!小癪な!サリア様と同じ術か……!」
「影移動。エルフの里に伝わる秘術です。コレを操れる者はエルフの中でも一部の実力者だけ……つまりボクは、それなりの実力者という事です。あまり怒らせないのが賢明かと」
「知るか!我らが仲間を侮辱する者は、誰であろうと許さん!」
「侮辱ではありません。事実を言ったまでです」
「貴様ぁ!」
「騒がしいぞ、バカ者ども!私達は今、世界の命運を握る研究をしているのだぞ!少しは気を使って静かに出来ないのか!」
エルフのイケメン男と、グラサイの戦いが始まろうとした時、イデルスキーさんの家からフォーミュラが飛び出してきた。そして騒がしくしている2名に向けて、思い切り怒鳴りつけた。
「ボクはただ、事実を述べたまでです。このまま古代魔法の研究が完成しないまま災厄に挑んでも、無駄死にするだけだと。そしたらそこの魔族が勝手にキレて怒鳴って来たのです。おー怖い」
「……ジルフォ。何故貴様がここにいる」
このイケメンのエルフ男、ジルフォという名前らしい。
「研究で忙しいフォーミュラ様に代わり、エルフの代表として参加しているのです。この、ボクが」
「……」
前髪をかきあげながら言い放ったジルフォに対し、フォーミュラは頭を抱え、顔をしかめた。
よく見れば、少し疲れた顔をしている。その様子から察するに、恐らく昨日から寝ていないのだろう。という事は、リズも寝ていないのかもしれない。心配だ……。
「私が代わる。お前は黙っていろ」
「ですがフォーミュラ様は──」
「黙っていろと言ったんだ!」
ジルフォは言葉を遮られ、肩をすくめてやれやれと言った様子を見せた。
動きがいちいち癪に障る男だ。
「災厄が行動開始したというんは、聞いての通りや。シズ曰く、今を逃せば災厄を迎え撃てるチャンスはもうないらしい。災厄をここで見逃せば、災厄は世界中のもんを殺して回る事になる」
「……研究は、順調だ。しかしもうしばらく時間がほしい」
「どれくらいや?」
「二日……いや、四日……」
「一日」
「は、は?」
「一日でやるんや。うちらは古代魔法が完成するまで、一日だけ時間を稼ぐ。命懸けでな」
「無理だ。さすがにたったの一日で、数百年もの間一ミリも解明できなかった古代魔法を完成させるなど……!」
「出来なければ、うちらは死ぬ。世界も終わる。覚悟してかかる事やね」
「っ……!」
フォーミュラは何かいいたげだったけど、歯を食いしばってその言葉を飲み込んだ。
サリアさんがやれと言った以上、もう何を言っても無駄だ。ニコニコと笑うサリアさんを見て、フォーミュラもそう悟ったのだろう。
「一日、災厄という化け物を、古代魔法もなしに退けろと。サリア様はそれが我々に出来ると?ガランド・ムーンは怪我人だらけです。魔族の部隊長であるグラサイは単細胞の上に、あちこち骨折中。ガランド・ムーン第二の実力者と言われるグヴェイルは、身体に風穴があいてその傷が塞がっていない。竜族は怪我人だらけ。サリア様自身も片腕を失った今、最早エルフ族最強とは言えません。エルフ最強の称号はボクがいただいても良いのでは?」
「はぁ……」
黙っていろと言われたはずのジルフォが、そんな事をベラベラと身振り手振りを交えて言った。
サリアさんの周囲を歩きながらだ。サリアさんはそんな彼に対して目も向けずに正面を見つめていたけど、ジルフォが最後にサリアさんの正面で立ち止まり、顔を覗き込んだ事によって静かに目を閉じてため息を吐いた。
「だ、黙っていろと言っただろ、このバカ……!」
「ボクは今も、先程も、事実を言っているだけですよ。何もバカな事などありません」
「……」
普通なら、どさくさに紛れて単細胞と言われたグラサイが、とっくに怒り出しているはずだ。しかしグラサイは今回は黙り、腕を組んでおとなしくしている。
「──フォーミュラはな、片腕を失ったくらいでうちが弱くなったと思う事がバカだと言ってるんやよ」
「っ……!」
目を開きながら呟くように言ったサリアさんを見たジルフォが、飛び退いた。
直後にジルフォがいた場所が凹み、見えない何かによって地面が抉られた。ジルフォが飛び退いた先でも、私は風の流れによって何かが襲い掛かろうとしている事を悟ると、ジルフォも同じように悟ってその身を陰の中へと投じて攻撃を回避。直後に、やはりジルフォがいた場所が抉れて破壊された。
「……」
そして訪れた、沈黙。
影の中へと身を投じたジルフォの姿は、どこにもない。
そしてこの場にいる誰もが、サリアさんの気迫に晒されて喋ろうともしない。彼女は今、殺気を込めてジルフォに襲い掛かっている。
怒っているのだ。何が彼女をキレさせたのか分からないくらい、失礼な発言を何度もした結果、こうなっている。私は庇う気にもなれないし、グラサイも当然だという感じで見守っている。
「三秒以内に出て来んと、影ごとぶち殺す。出て来ても、ぶち殺す。いーち。にー──」
「──ボクが悪かった!謝るから許してください!」
「ひっ!?」
ジルフォが姿を現したのは、フォーミュラの影からだった。出て来ていきなり土下座をしてサリアさんに許しを請うも、見えない何かが2人に襲い掛かった。
でも攻撃は寸前で止まったようで、彼らの目の前の地面が破壊されただけで、2人には被害がない。
「口には気ぃ付けるんやで。じゃないと……せっかくの長命なエルフの寿命を、縮める事になってしまうからなぁ。それと、死んだうちらの仲間の悪口を言うのもナシや。次同じ事を言ったら、もう許さんからな?」
「っ……!」
サリアさんに脅されるように言われたジルフォが、コクコクと勢いよく頷いて返事をした。
「フォーミュラも、ジルフォの教育はちゃんとせなあかんよ。いくら実力があっても、これじゃあグラサイよりもおバカで、使い物にならへん」
「わ、分かってる。だからそう睨まないでくれ、姉上……!そ、そうだ!オレは古代魔法の研究に戻らねばいかん!あとは任せたぞ!」
フォーミュラは逃げる口実を得て、急いでその場を去って行ってしまった。
「単細胞で下品な魔族、以下……この、ボクが……?」
一方でグラサイ以下扱いされたジルフォは、ショックを受けて呆然としてしまっている。
でも私もその意見には同意する。彼は、グラサイ以下の最低な男だ。
そんな男がサリアさんに叱られ、怯える姿を見てスカっとした。でも例えこんなんでも、一緒に災厄と戦わなければいけないんだよね。
……なるべく離れて戦いたいな。私は心の中でそう思った。