新たな女王
災厄との戦いを続けるため、新たに仲間が出来た。
メルリーシャさんが率いて来た人族の軍勢と、フォーミュラが率いるエルフの軍勢だ。両者とも屈強な男や、気の強そうな女性の集まりで、どこか緊張した様子ではあるもののやる気は伺える。
「と、ところで、メルリーシャさんが連れて来たあの……兵隊さん達は、どこから……?」
私はそんな疑問をメルリーシャさんに投げかけた。
ちなみにリズは、フォーミュラと一緒にイデルスキーさんの家の一室に籠もっている。
古代魔法と聞いて、彼女の探求心に火がついたらしい。また、昔自分が描いた魔法を完成させる事が出来ると張り切り、目を輝かせていた。
部屋に閉じこもってから、もう数時間が経過したのが現在である。
リズの事だから、フォーミュラと何かおかしな事になるような事態は絶対ないだろう。というかフォーミュラもフォーミュラで、リズに興味があるようには全く見えず、魔法しか見ていなかった気がする。
だからその辺はあまり心配していない。気持ち悪い男だとは思うけどね……。
リズがそんな状態になったので、私は部屋の外でリズを待っておとなしくしている。そこにサリアさんと色々な話を終えたメルリーシャさんと、ウルエラさんがやって来て、私は捕まった。
『このガランド・ムーンに竜族を引き入れたのは、シズさんやお嬢様と聞いたぞ!凄いじゃないか!』
『災厄との戦いでも殿を務め、大勢の命を救ったと聞きました。また、貴女が黒王族の王となった事も……。やはり貴女にリズを任せたのは、正解でしたね』
最初は美女2人が私を左右から挟み込んできて、2人に褒めちぎられた。
大人の魅力溢れる女性2人に挟み込まれ、頭を撫でられ、時には抱きしめられた上にお尻やらの微妙なラインを撫でられるという、スキンシップも受けた。結構凄い体験だったと思う。
私が投げかけた質問は、場所を移して3人でソファに腰かけて落ち着いてから放たれたものだ。
真ん中に私を置いて、左右にメルリーシャさんとウルエラさんが座っている。ちなみにそれほど広いソファではないので、身体は割とくっついている。
そして何故かメルリーシャさんが私の太腿をさすっている。別に嫌ではないけど……くすぐったい。
ウルエラさんはウルエラさんで、私の腕を抱いている。残念ながら彼女が着ている鎧のせいで胸の感覚は伝わってこないけど、2人とも距離が近すぎる。
まるでルレイちゃんのようだ。
「彼らはカルスペロナ王国の兵士ですよ」
「カルスペロナ王国って……リズの、国、ですよね……?」
「はい。リズを処刑しようとした者が治めていた国の兵士です。実はリズとシズさんが国を出てから色々とありまして……なんと言えばよいのか……はぁ……」
メルリーシャさんは、困ったように頬に手を当ててため息を吐いた。
そして甘えるように私の肩に頭をのせて来る。
「貴方達が去った後、何事もなかったかのように戻って来た国王に対して国民の怒りに火がついたのです。無理もありませんよ。全てを失った人々に対し、自分だけ財産を持ち出して安全な場所に逃げた癖に、戻ってきたらきたらで国民に対して城を元に戻せと言い放ったのですから」
ウルエラさんも、呆れ気味に言いながら私の肩にもたれかかって来た。
「一度火のついた民は、止める事が出来ませんでした。いえ、国王にもう少し良心があればもしかしたら止められたかもしれませんが……怒れる民はもう誰も止められず、結果として王族達はその場で国民の怒りを一身に受ける事となり、命を落としました。兵士達も国王には愛想を尽かせており、しかも災厄の襲撃がある事を知らされていなかった者が大半で、町に残した家族を失った事に怒りを覚えていたのです。何をどうしたらこんなクズが出来上がるのか……先代は優秀な方だったのに……」
「壮絶な最期でしたね……。あまりいい話ではないので、前国王に関してはここまでにしておきましょう。そういう事があって、今はカルスペロナの民をメルリーシャ様が治めているのです。つまり、女王様です」
「え……え、ええぇー……」
いつの間にか女王様へと出世していたメルリーシャさんに、私は驚きの声をあげずにはいられなかった。
というか私の周りって、王様とか族長とかいすぎじゃないか。自分も含めてだけど。
「驚きますよね……。彼等は災厄の討伐にも賛同してくださり、メルリーシャ様についてここまで来てくれたんです」
「こ、この事、まだリズにはいってません、よね?」
「ええ。ご存じの通り、フォーミュラ様と共に部屋にこもり切りですからね。せっかくの母との再会だというのに……研究熱心なあの子らしいといえばあの子らしいですが」
「全ては災厄を倒すため、ですよね。その夢を実現させるため、私達と別れてもうこのような場所にいるなんて、凄すぎます。それにしても、まさかグレイジャ様が災厄討伐を予言していたとは……何故今まで黙っていたのですか」
「口止めされていましたので」
話を聞くに、どうやら予言の事を、メルリーシャさんは知っていたようだ。でも従者のウルエラさんには知らされていなかったと。
唇を尖らせていじけた素振りを見せるウルエラさんと、ふと目があった。そして何かを思いついたかのように、私を見ながらメルリーシャさんに対して質問を投げかける。
「まさかとは思いますが、お嬢様が囚われ処刑されそうになっていた時、あえて何もしなかったのも予言があったから、ですか?」
「……ええ。もう言ってもいいでしょう。お義父様は私に、いずれリズの身に訪れる危機を言い残していました。王妃との不和により、リズがあらぬ罪を着せられ処刑されると予言していたのです。しかしその時、私は何もするなと強く念を押されました。そこで私が下手に手を出せば災厄討伐の未来はなくなると……。だから私は従い、何もしませんでした。周囲の人々が動く中で、何もせずにただ待ったのです」
「こ、怖く、ありませんでしたか……?」
「怖かったですよ。本当に。予言が正しいのかも、本当にリズが無事で済むのかも分からぬままにただ待つのには、勇気がいりました。でも私はお義父様を信じ、待ち続けました。その結果、シズさんがこの世界に呼ばれました。災厄討伐に、シズさんという存在が大きく関わっていると分かった今、正しい選択だったと思います。しかし代わりに、グラハムを失う事になってしまいました。お義父様も、人が悪いですよね。選択の結果、夫が死を迎える事くらい教えてくださっても良いとは思いませんか?そうすれば、最期の別れくらいは告げる事くらい出来たのに……」
メルリーシャさんは、そう言って寂し気に遠くを見つめた。
メルリーシャさんが、グラハム……つまり、リズのお父さんを愛していたという事は分かる。
けどなーんか引っかかるんだよね。確かメルリーシャさんはあの時、ウルエラさんと色々とよろしくやっていたような気がする。見た訳ではなく、話を聞いた感じでだけど……コレって浮気じゃないの?つっこんでいいのだろうか。いや、他人のプライバシーやら貞操観念的な事をとやかくいう資格、私にはない。ここはスルーしておくのがいいだろう。
「よく言いますよ。旦那様が死地へと赴き、お嬢様が城で囚われ明日処刑されようとしていた時、全てをごまかすかのようにあんなに激しく……」
「あの時は珍しく、素直になんでも受け入れてくれましたよね」
「だ、だって、状況が状況でしたし、私も不安でたまらなくて……!」
「あの時のウルエラ、可愛かったですよ。勿論いつも可愛いですけど」
「そ、そういう事、誰かの前で言うのやめてください……!一応私はユーリストに仕える従者であり、今は女王である貴女直属の護衛なのですから、よからぬ噂をたてられたら困ります!」
「構いませんよ。逆に、見せつけてあげましょう」
私を挟んでイチャイチャするのはやめてほしい。というか2人とも、互いの身体の代わりに更に私にくっついて来ている。
「っ……!」
とその時、私は妙な胸騒ぎに襲われて勢いよく立ち上がった。立ち上がった際に、両サイドにくっついていた2人も私と一緒にその場から立ち上がる事になる。
「お、驚いた。シズさん、凄い力持ちだな……」
「逞しいですね」
などと呑気な感想を述べるウルエラさんとメルリーシャさんをよそに、私は嫌な予感の正体を探して窓の外を見る。けど、この窓からは私が見たいものが見えないようだ。
「──……どうやら、気づかれたようですな」
そこへ、のんびりとした足取りで階段をおりて、イデルスキーさんがやって来た。
すっかり自由に使わせてもらっているけど、この家はイデルスキーさんや、イデルスキーさんと同じようにこの地で災厄を見はっている魔族の家である。本来イチャイチャしたりしていい場ではない。ホント、申し訳ない……。
「気づいた、とは?何かあったのですか?」
そんな私の心の中の謝罪など知る由もなく、メルリーシャさんがイデルスキーさんへと向かって尋ねた。
「災厄が、動き出しました」
イデルスキーさんの返答を聞くと、ウルエラさんが素早く走り出して災厄の森が見える窓がある方へと向かった。そして窓を開け放ち、そのまま外を見つめて呆然としてしまう。
私とメルリーシャさんも遅れて窓の方へとやって来ると、そこから赤い光を放つ災厄の森を見る事が出来た。
少し前にも見た光景。災厄はこの光を放った後、私達の方へと移動を開始した。
「……」
今回もきっと、同じだ。災厄が──クシレンが、私のいる方をじっと見ている気がする。
こちらはまだ先の戦いの傷が癒えていない者が多いというのに、せっかちにもさっさと戦って倒してくれと、無言の圧を感じてしまう。それにリズの魔法ももうちょっとで完成しようとしている。
戦いを有利に進めるためにも、もう少しくらい待ってくれても良い気がするんだけど。
『──もう待てない。黒王族の魂は、血を望んでいる。この世界の生者を一人残らず消し去るための行動に出た。これまではボクがどうにか止めていたが、ボクが王でなくなった事によって歯止めがきかなくなってしまったんだ。どうにか君たちの方へと導く事には成功したが、次の戦いで君たちが敗れれば、世界は終わる。そう覚悟していてくれ』
私の訴えに答えるかのように、頭に声が響いた。空耳ではない。コレは、クシレンの声だ。クシレンが私の訴えに、生真面目に答えてくれたようだ。
次戦いに敗れれば、この世界が終わる……。プレッシャーをかけてくれるけど、こちらも次の戦いに全てを懸けて挑むつもりだ。
泣いても笑っても、次の戦いで全てが決する。