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立ち上がった臆病者


 その後私も、メルリーシャさんから熱烈な抱擁を受ける事となった。メルリーシャさんの大きな胸に顔面を包まれ、頭を撫でられ、お尻の方を撫でられ……リズと似た匂いに包まれ、この世に存在した天国にいるかのような錯覚に陥った。

 でもそれはリズによって引きはがされる事によって、強制的に終わりを迎える事となった。


 代わりと言ったらなんだけど、リズが仲間として紹介した中の一人、ルレイちゃんもメルリーシャさんに抱き着かれ、その大きなおっぱいに包まれる事となった。最初はもがいていたルレイちゃんだけど、やがておとなしくなってされるがままだ。

 やっぱりメルリーシャさんの抱擁は、他人を魅了する何かがあるのかもしれない。


「早速本題に入らせていただきますが、どうして母上がこのような場所に?」


 イデルスキーさんの家の前で、皆が私達に注目する前でリズが話を切り出した。


「その前に、うちの方から聞かせてもらおか。フォーミュラ。どうして人族と一緒に、今更ここへやって来たん?うちが指定した時間よりも、かなり遅くなってるな?まさかと思うけど、族長たるうちの命令に従わず、災厄から逃げる道を選択したんやないよね?」

「逃げる?災厄から?アレに挑もうとする方がどうかしているのだ。過去、世界中が結託して挑み、その戦力が全滅した出来事を姉上も知っているだろう。戦力を少数精鋭に絞っても、大戦力で挑んでも結果は同じだった。オレは里の皆の命を守るために最良の道を選んだにすぎない」

「──という事はやはり、臆したという事か」


 そう呟いたのは、ランギヴェロンだ。牙を覗かせ、眉間にシワをよせ、口から僅かに炎を吐いて怒りの表情を見せる。


「な、なんだ貴様はっ」

「紹介が遅れたな。こちらは、ランギヴェロン。竜族の群れの長や」

「ランギヴェロン……!?りゅ、竜族の、あの!?」


 その名を聞いた、サリアさんの弟と思われるフォーミュラが驚きの声をあげた。


「我は臆病者を好まん。貴様が災厄に臆して戦いに遅れたというなら、焼き殺してやろうと決めていた。今ここで、焼き殺してやろう」


 今は小さな姿のランちゃんだけど、怒りの表情で声を静かに発すると、殺気がこもっているのも相まって空気が張り詰めた。初めて会った時の、あまりの大迫力に委縮してしまった時の事を思い出す。小さくなってもランちゃんはランちゃんだ。


「ひ、ひっ!?」


 ランちゃんに睨まれたフォーミュラが、ランちゃんから2,3歩退いて小さく悲鳴をあげた。

 退いた彼が向かった先は、メルリーシャさんの背後であった。


「……」


 その姿を見たランちゃんは、興ざめでもしたかのように呆れた表情を浮かべる。

 私達も、あまりに情けない姿に呆気にとられてしまった。


「……どうかお怒りを鎮めていただけませんか?一応は、災厄と戦うためにこの場所へとやってきた訳ですし」


 フォーミュラを庇いつつ、メルリーシャさんがルレイちゃんを開放した。ようやくその抱擁から解放されたルレイちゃんは、まるで夢心地のような恍惚に満ちた表情を浮かべており、足元がおぼつかない。

 仕方がないので私が肩を貸してあげて、メルリーシャさんから距離を取らせた。


「リズリーシャのかーちゃん、すげぇな……」


 私の耳元で、ルレイちゃんがそう呟いた。

 私もそう思う。やっぱりあの抱擁は危険だ。出来れば短時間が推奨される。


「その情けない姿を見て、貴様はなんとも思わんのか人間の娘」


 ランちゃんがメルリーシャさんの背後に隠れたフォーミュラを指摘し、メルリーシャさんに尋ねた。

 フォーミュラは自分の情けのない行動に気付いたのか、慌てて背筋を正して表情をキリっとさせるも、もう手遅れである。


「娘だなんて、そんな。私はそこにいるリズリーシャの母で、娘などと呼ばれる年齢ではございません」


 ランちゃんに娘扱いされたメルリーシャさんが、頬に手をあてて照れたようにそう言った。

 そうなんだよね。この人、リズのお母さんなんだよね。それなのに若く、キレイで、とてもではないけど私と同じくらいの年齢の子供がいるようには見えない。


「どうでもよい。我から見れば小娘であることに変わりはない」

「……確かに、フォーミュラ様は災厄に臆して戦う道から逃げました。逃げてサリア様が災厄との戦で命を落とす事になれば、あわよくば自らがエルフを率いる長となるという野心的な想いも抱いていた事でしょう。自分の姉が世界を災厄の恐怖から救うための死闘を繰り広げようとしているのに、いずれは災厄に襲われて壊滅するかもしれない里にこもり、今だけの安寧の道を選んだ臆病者です」

「そこに庇う要素はあるのか……?」

「ありません」


 メルリーシャさんは、笑顔でランちゃんにそう返した。


 そう言い切られてしまったフォーミュラは、絶望した表情を浮かべている。

 けど何故か頬を赤らめて、ちょっと嬉しそうなのが気持ち悪い。

 そんな反応を見せている人物は置いといて……あげて落とされるとは、この事だろう。けどメルリーシャさんはやや沈黙してから、すぐに言葉を続けた。


「ありませんが、こうしてこの地へとやって来ました。災厄と戦い、この世界を災厄の恐怖から救うために立ち上がった仲間です」

「……何故、臆病者が今更になって立ち上がったのだ?そこには理由があるはずだ。その理由は貴様か?人間の娘よ」

「遠からず、近からず、ですね。実は、私の義父が残した遺言にこのような事がありまして……。『リズリーシャが災厄と死闘を繰り広げようとする時、メルリーシャさんにはエルフの里に向かってほしい。そしてエルフの里の者にリズリーシャの魔術研究の成果を見せ、共に災厄に立ち向かうように説得をしてほしい』と」

「……貴様の義父という事は、リズリーシャの祖父か。例の、予言を残したという」

「そ、その通りです。確かに家には私がまとめた本がいくつかありますが……召喚魔法関連は災厄の通り道になった時に無くなり、実家にあった物は災厄の殺戮に巻き込まれた時に消滅したはずでは……?」

「実は、一冊だけ写して私が持ち歩いていました」

「いつの間に……その本というのは?」

「貴女とお義父様が共に研究した、対災厄用の魔法について記された書物です」

「あ、アレは未完成で、そもそもほとんど私の妄想というか、とてもではありませんが他人に見せられるような内容では……」


 本の内容は知らないけど、慌てて恥ずかしがるリズがちょっと可愛い。

 しかし乙女の妄想が書き示された物を勝手に他人に見せるとか、親子喧嘩の火種になり得そうな行動である。


「コレが妄想だと?他人に見せられるような内容ではない?貴様、ここに記された物が魔術師にとってどれほど重要な事か理解もせずに書いたというのか……!?」


 リズの発言を聞いて、フォーミュラが怒り出した。その手には懐から取り出された本が握られており、手が怒りに震えている。

 そう言われてもと、リズは何も分からずに呆然とするばかりだ。


「災厄が生まれ、黒王族が世界を支配していた頃よりも前の、魔術が盛んに使用されていた時代──古代魔法の事など、現代の魔術師は知りえません。全ては偶然として捉える他ないでしょう」


 メルリーシャさんがリズをフォローするかのように言うけど、フォーミュラは納得はせずにしかめっ面のままだ。


「偶然で済まされても良い事ではないのだ。古代魔法はエルフが長年研究してきた最重要課題。それを人族の子供の妄想によって読み解かれる事になり、我々エルフのプライドは傷つけられたのだ。一体どういう経緯でコレを書き残そうと思ったのか、教えてもらわなければ納得がいかんっ」

「一旦落ち着いてくれへん?えーと、リズリーシャが書いた本に古代魔法を読み解くカギが示されていて、その本の作者に本の事を教わりにフォーミュラ達はここに来たん?」

「あと一歩……あと一歩で、古代魔法が復活する。古代魔法さえあれば、災厄に打ち勝つ事が出来る。だからオレはここへとやって来た。古代魔法さえあれば、災厄討伐も夢ではなくなるんだよ。この本の作者と古代魔法を復活させ、そして災厄を倒す」

「私とそう約束をして、重い腰をあげて立ち上がってくれましたね。フォーミュラ様も、心の中ではこの世から災厄を消し去りたいと願う者の一人です。この世界には、思うだけで行動にも移さない者もいます。その中で立ち上がった彼を、どうかお許し願えませんでしょうか」

「め、メルリーシャ殿……!す、すまなかった姉上!確かにオレは災厄に臆し、あわよくば姉上がいなくなれば良いと思っていたが……本心ではない!本心ではオレも災厄に勝ちたいと思っているんだ!だから、オレも一緒に戦わせてくれ!」


 メルリーシャさんが、フォーミュラの代わりに周囲に頭を下げて彼の許しを請うた。

 それに触発されたかのように、フォーミュラが慌ててメルリーシャさんの前に立って頭を下げた。


「うん。別にええよ。うちは一緒に戦ってくれさえすれば、それでええ。それにしてもフォーミュラ、随分と丸くなったなぁ」

「そ、それは……め、メルリーシャ殿がどうしてもというから……」


 フォーミュラが、ちょっとだけ恥ずかしそうにメルリーシャさんを見てそう言った。


「あの人間嫌いのフォーミュラが、人間に説得されてしもたん?にわかには信じられへんなぁ。もっと他に理由があるんちゃう?」

「な、ない……!オレはただ、説得されただけだ!余計な詮索はするな!」

「ま、そういう事にしといたるわ。けど、お姉ちゃんはなんでもお見通しだという事は覚えといてな?」

「……」


 その脅し文句ともとれる台詞を聞いて、フォーミュラはげっそりとした様子で目を逸らした。

 本当に勘弁してほしいと、顔がそう訴えている。きっと今までも、サリアさんに自分の心を見透かされて生きて来たのだろうと、その様子で分かる。


「という訳やから、ランギヴェロン。こんな愚弟やけど許して仲良くしたってな」

「……仲良くするかどうかは別として、人間の娘の言葉は理屈が通っている。焼き払うのは戦いが終わった後にしてやろう」

「ありがとうございます」

「いや、聞いていましたかメルリーシャ殿!?オレ、結局後で焼き払われるのですよ!?」

「はい。戦いの後なら、別にいいかなと」

「よ、用が済んだ後なら、問題ないと……くっ。なんて潔いお方なんだ……!」


 堂々と酷い事を言うメルリーシャさんに対し、フォーミュラは頬を赤く染めながら体を震わせ、何故か喜んでいる。

 なんかこの人、気持ちが悪い。メルリーシャさんに対する好意みたいな物は感じるけど、その好意が歪んでいるというか……とにかく、あまりお近づきにはなりたくないなと思った。


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