親近感
私はリズリーシャさんのお家と聞いて、自分が最初に出現した地点にあったお屋敷を思い浮かべていた。冷静に考えればこの町から逃げるための物資を回収しにいくんだから、町の外にあるあのお屋敷を目指すなんて事はない。分かっていたさ。
そして辿り着いたのはリズリーシャさんの家という、これまたすんごいお屋敷だ。高い柵に囲まれ、柵の奥にある建物は豪邸そのもの。柵の中には視界を妨げる植物が植えられているので中はよく見えないけど、建物の上部は見えるのでそれだけで豪邸と分かる。
「さすがですね、シズ。素晴らしい身体能力です。まさかこんなに早く私の家につくなんて」
「え、えへへ」
リズリーシャさんに褒められて、私は照れた。
ものの数分ではあるけど、少し苦労したんだよ。人目につく訳にはいかないのに、ここに至るためには人通りの多い場所を通らなければいけない。オマケに巡回している鎧を着込んだ兵士もいる。
それらを避けるため、私はリズリーシャさんを抱えたまま宙を飛んだのだ。正確に言うと、屋根に飛び乗って屋根から屋根へとジャンプして伝うことによって人目を避けた。
おかげで道をショートカットした上、かなりのスピードで目的地にやってくる事が出来、それをリズリーシャさんが称賛してくれている。もう一度照れる。
「裏から忍び込みましょう。中でも誰にも見つからないようにしてください」
「え。ど、どうしてですか?」
「どうしてもです。……さ、行きましょう。ここからは私が先導するのでついてきてください」
リズリーシャさんの家という事は、家族がいるって事だよね。家族に見つかってもマズイって、もしかしてリズリーシャさんは家族と上手くいってないのかな。
親近感がわいた。
「シズ」
「は、はいっ」
呆然とする私をよそに、リズリーシャさんは先に行ってしまっていた。私は慌ててそのあとを追いかけ、改めて屋敷の中へと侵入する。
リズリーシャさんは屋敷の構造を完璧に理解しており、敷地内に侵入するといつもカギがあいているという扉を通って建物内に入る事に成功。薄暗い廊下を明かりもないのに迷いなく進み、2階にやって来ると角部屋の前へと辿り着く。そしてその扉を開いて中へと侵入した。
部屋の中は、本だらけであった。本のせいで部屋が狭く感じる。本来存分に確保されるべきくつろぎスペースは、窓際に小さなベッドが置かれているだけ。どこかで見たような光景である。
「良かった。何も変わっていないようです。早く必要な物を……あ、でも本も何冊か持っていきたいです。コレと、アレとコレとコレと……」
「ほ、本も、ですか?」
「はい。私の研究の成果ですので……あ、シズは服をあのタンスの中から選んでいてください。なんでも持って行っていいですよ」
「……」
服が必要なのは、私よりもリズリーシャさんだ。私よりもだいぶ薄汚れている……というかうっすい布をまとっているだけだし。そもそも本は別にこの先必要ないだろう。持っていくのは、本当に必要な物だけにしてもらいたい。
でもイキイキとした表情で本を選別するリズリーシャさんが可愛いので、言い出せない。
よし、放っておこう。そして見ておこう。
「──何者だ!」
その時だった。扉を勢いよく開かれ、勇ましい女性の声が響き渡った。
心臓が飛び出るかというくらいその声に驚いた私は、思わず本を取り除いて代わりにその中に顔を突っ込んで隠れてしまった。
でもよく考えたら隠れたのは顔だけで、下半身が隠れていない。頭隠して尻隠さず、か。はは。面白い。
思い直して顔を出すと、扉を開いた女性が腰にさした剣を抜き、構えてこちらをじっと見ていた。
「……」
「……」
振り返ると、そちらにはリズリーシャさんもいる。リズリーシャさんも、こちらをじっと見ていた。
無言が心に刺さる。
「あー……お嬢様と、魔族?」
「しー!ウルエラさん、しーです!」
リズリーシャさんの姿を見た女性は、抜いていた剣を鞘に戻してため息を吐いた。
敵意は、ない。むしろ安心したように微笑んでいるようにも見える。
女性は切れ長の目で、赤い髪の毛を颯爽と翻している。その服装はよく見れば大胆だ。透けたネグリジェ姿で、抜群のプロポーションを惜しげもなく公開している。ふ、腹筋すごっ。細いのにおっぱいもある。
「何をコソコソとしているのですか。貴女の家なのだから堂々と帰って来れば良いでしょう」
「そ、そんな事言ったって……父上も母上も、家名のために私を見捨てて……」
「貴女一人を切り捨てて、ユーリスト家が存続できるなら安い物です。奥様と主人は、最善の道を選んだだけですよ。聡明な貴女なら理解出来るはずです」
「……」
家のために、リズリーシャさんを見捨てた。更にはそれが安い物だなんて、リズリーシャさんを傷つけるような言葉だ。
私はそれを聞き、所詮家族なんてどこも似たような物なんだと思った。私も元の世界では家族という存在から、あまりいい扱いを受けていなかったから。本当の父と母は割と可愛がってくれた方だと思うけど、私を置いて早死にしてしまったので正直ちょっと恨んでいる。そのせいで大変な目にあってしまったし。
「……あの場は、ああするしかなかった。奥様も主人も、貴女を見捨てはしていません。貴女を救うために、二人とも努力なさっていた。だからどうか、赦してあげてください。私も、貴女を見捨てはしたくなかったのですから。本当に……本当に、無事でよかった」
女性に対して嫌なイメージを抱いた私だけど、女性が泣き崩れた事でその想いが伝わって来た。
この人は、リズリーシャさんの事が好きなのだ。今日暴行され、明日処刑されるリズリーシャさんの事を憂いていた。その無事を確認出来た事により、安心して泣き出してしまった。
でもじゃあ、何で先程は酷い事を言ったのだろうか。無事を確認出来て嬉しいのなら、素直にそう言えばいいのに。
「な、泣かないでくださいウルエラさんっ。私、まだ何もされていません。この通り全部無事です。シズのおかげで檻を抜け出す事が出来たんです」
「ぐすっ……本当に、よかった……お嬢様ぁ……」
女性に駆け寄り、女性を胸に抱いて頭をなでなでするリズリーシャさん。女性は甘えるようにリズリーシャさんの胸に頬をこすりつけながら、なおも泣き続ける。大の大人が泣いて、私と同い年くらいの女の子に甘えるようなその光景は……なんていうか、尊い。
「もう、相変わらず泣き虫なんですからウルエラさんは……」
リズリーシャさんも、ちょっと嬉しそうに女性の頭を撫でている。
いつまでも見ていたくなるような光景が続いていく。
「あらぁー?私の抱き枕の役目を放置して、どこかへ行ったかと思えば私の娘の抱き枕になっているなんて、いい度胸ですねー?」
そこへまた、新たな女性の声が聞こえてきた。
声の持ち主はこれまた刺激的な服装の女性だった。黒色のスケスケの下着を身にまとい、一応羽織っている布で少しは身を隠してはいるけど、逆に下着が映えている。その身体は、全体的に大きくて美しい。おっぱいも、お尻も、ムチムチで素晴らしい肉体だ。凝視してしまう。髪色はリズリーシャさんと同じ銀色で、顔つきもどこかリズリーシャさんと似ている気がする。本当に、美しい。
「お、奥様!リズリーシャ様が……!」
「は、母上……」
「見れば分かります。酷い格好ですね、リズ。とりあえずお風呂に入って来なさい。そちらの、魔族のお方も。話はそれからにしましょう」
新たに現れた女性に、優しく微笑みかけられながらそう言われた。
お風呂、かぁ。いい響きだ。久しく入っていないので、その提案はありがたすぎる。
「しかし私達にのんびりしている時間は──」
「安心なさい。このユーリストの敷地内にいる間、貴女に危害を加えられる者は何人も存在しません。例えそれが国王様であっても、このメルリーシャ・ユーリストが許しません。ウルエラも、いつまでも泣いていないで準備なさい。忙しくなりますよ」
「は、はっ!」
それまでリズリーシャさんの胸の中でめそめそと泣いていた女性が、袖で涙を拭うと泣き止んで立ち上がった。そしてキレイに気を付けをすると、走り去っていく。
「貴女達も、行きなさい」
「……はい。行きましょう、シズ」
リズリーシャさんに手を掴まれ、私は立ち上がる。そしてリズリーシャさんに導かれるままに、その場を後にした。