脅迫
それぞれの想いを胸に、私達は再び災厄と対峙する決意をした。
でも災厄と戦う前に、私達にはしなくてはならない事がある。
災厄に殺されてしまった仲間達の死体は、私が災厄に飲み込まれてクシレンと話をしていた間の1日の間に、一時的に一か所に集められていた。そこに火が放たれて、仲間の死体が燃やされる事になった。
この世界は基本的に土葬のようだけど、今は棺桶がない。用意するにも時間がかかってしまうので、腐ってしまう前に燃やそうと言う事になった。
立ち上る火はとても高く、激しく燃えて仲間を灰にしていく。その火の前で、私達はまた泣いた。この火の中には村長さんもいるので、村長さんへの想いが再び爆発してしまう。
「うおおおおおおぉぉぉ!」
グラサイが、炎の前で涙を流しながら雄たけびをあげた。
仲間の死を受け止める事は出来ても、押し寄せる悲しみはこらえきれるものではない。今は、皆悲しむ時だ。泣いて、仲間を見届ける。
「……」
でも意外にも、アレだけ激しく取り乱して泣いていたサリアさんは、この場で泣いていない。泣かずに炎をじっとみつめ、静かに皆を送り出している。
本来なら土葬という所を、火葬にしようと提案したのも彼女だ。
昨晩、悲しみを乗り越えて復活したように見える彼女は、皆に的確に指示を出してくれるようになった。この火葬を始め、災厄との戦いの混乱で戦地においてきてしまった物資の回収や、残った人数の把握など。災厄に負けて、誰もがやる気を失いかけていた所にサリアさん直々の指示が飛ばされて、皆は忙しそうに駆け回って今はお葬式に集中している。
「皆、ちょっと聞いてくれるか?」
しんみりとした空気の中で、サリアさんが切り出した。
皆がサリアさんに注目し、続く言葉を待つ。
「うちらは、災厄に負けた。でも諦めるつもりはなくて、シズが災厄から不死の力を奪う事が出来るようになってな。だからもう一度、災厄に戦いを挑もうと思ってる」
もう一度、災厄と戦う。
それは災厄の恐怖を嫌という程味あわされた私達にとって、思わず息をのんでしまう恐怖の言葉だ。しかし皆、特にリアクションはしない。
「……皆、驚かへんの?」
「……サリア様。続きを」
皆の反応がない事に、逆にサリアさんが驚いてしまっている。
皆を代表するかのように、グラサイがサリアさんに続きを促した。
「それで、あー……えとな、もう一度災厄に挑む訳やけど、嫌だと思うもんがおったら、遠慮せずに言って欲しいんや。皆はこのガランド・ムーンに入る時、災厄を倒す事を目標とすると約束したけど、災厄と一度戦って敗れた今、もう約束は果たされたとうちは思う。だから、これ以上はうちの我儘だと思って、嫌やと思うもんはそう言って欲しい」
「……」
場は沈黙した。誰も、何も言わない。
ただ火葬の炎が静かにたちこめて、風に運ばれていくだけ。
「そ、そやなぁ。言い出しにくい事やろから、後でグラサイやうちに直接言ってくれればええよ」
「サリア様」
「なんや、グラサイ?」
「この沈黙が答えです」
グラサイの返答に、皆が力強く頷いた。
つまり、誰もガランド・ムーンをやめるつもりはなく、災厄との再戦を望んでいるという事だ。
「……嘘やろ。もう一度、災厄と戦うんやで?怖くないんか?命の保証なんてないんやで?次は自分がこの炎の中におる事になるかもしれんやで?」
「そのような覚悟、我々はガランド・ムーンに入った瞬間から出来ております!」
「そうっす!そりゃあ、また大切な人に襲い掛かっちゃうかもと思うと怖いけど……でもうちの命は、とうにサリア様に預けてあるっす!」
「自分も同じです。サリア様が戦うというなら、どこまでもお供します。その中でサリア様の大切な仲間が一人でも多く死なずに済むよう、尽力するつもりです」
グラサイや、サンちゃんやハルエッキがそう声をあげたのに続いて、他の皆も口々にサリアさんについていくと表明をする。
この中には誰一人として、サリアさんの下を去ろうとする者はいないようだ。むしろ仲間の仇をとろうと、やる気に溢れている者までいる。
やはり私達はまだ負けていない。
「……ありがとう、皆。うちはほんまに最高の仲間に囲まれて、幸せや」
そう言いながら、サリアさんは皆をグルリと一周身体を向けながらみつめ、最後に炎を見た。死んでしまった皆も最高の仲間であると、そう行動で示したのだ。
「時にランギヴェロンはん。あんさんも次の戦いに参加してくれへんやろか?」
「断る」
ランギヴェロンは即答した。
ランギヴェロンは、先の戦いでユリエスティのピンチに駆け付け、それ以降仲間として戦ってくれた。だから次の戦いでも当然のように参加してくれるみたいな流れになっていたので、その答えに意表をつかれる形となる。
「理由は?」
「我は竜族の誇りのために駆け付けただけだ。竜族の聖地を破壊され、多数の死者を出した災厄の襲撃、群れの分裂……それだけでも竜族の誇りに傷がついてしまったというのに、今度は災厄に戦いを挑んで死ぬなど許すわけにはいかん。だから、我は竜族を守るために駆け付けたにすぎん。次の戦いにまで参加する義理もない」
「じゃあ、ユリエスティや他の竜族達は?」
「竜族の皆に対する罰は、先の戦いによって赦された。竜族の全員ももう次の戦いに参加する必要はなく、我と共に群れに帰る権利を得た。後は貴様等で自由にするが良い」
そう言われてもと、竜族の皆が暗い顔をする。罪がなくなり、帰る事が出来るようになったというのに誰も喜ばない。
「どうした。一時は我を裏切った貴様等に、帰る権利をやると言っているのだぞ」
「──罪が赦されるのは嬉しい事じゃが、妾はこのまま帰るつもりはありませぬ」
そう切り出したのは、ユリエスティだ。目を伏せて、自分の服を掴み、少しだけ震えながらランギヴェロンに対して言い放った。
「お、オレも……!ユリエスティ様についていきます!」
「オレもだ!ガランド・ムーンに残ります!」
ヤクシーを始めとする、他の竜族の男達もユリエスティに続いた。
「何故だ。我が罪を赦すと言っているのだぞ?」
「ここには、大切な仲間がおります。竜族である妾を仲間として迎え入れてくれて、共に笑いあった仲間です。共に命を懸けて災厄に挑み、そして負けた戦友でもあります。その仲間がまだ諦めず、再び災厄に挑もうとしているというのに、それに参加せず逃げるつもりは妾にはありません。そもそも……ここで逃げた方が、竜族の誇りに傷がつくのではないかと、妾は思います」
ユリエスティはそこで、顔をあげた。真っすぐにランギヴェロンを見据え、自分の意見をしっかりと彼女に伝えた。
それは彼女にとって、とても勇気がいる事だったに違いない。
「前回は我がいた。次は我はいない。貴様を守る者はどこにもいない。死ぬかもしれんぞ?」
「そうならぬよう、母上にも戦いに参加してもらいたい。母上がいてくれるなら百人力じゃ」
「参加する理由がない。我には群れに戻ってやる事が山ほどあるのだ。新たな地で、新たな町を作っている最中に群れを長く離れる訳にはいかんからな」
「では何故、忙しい中でユリエスティ様を守るために駆け付けたのでしょうか?」
そこで親子の間に割って入ったのは、リズだ。
「先程も言った。竜族の誇りのためである」
「その誇りは、災厄から逃げる事によって腐ってしまうと私は思います。ユリエスティ様は、ここに残って仲間と共に戦いと言っているのですよ。立派で、称えられるべき誇り高き行為だとは思いませんか?」
「災厄には勝てんと、前回の戦いで証明されたはずだ。勝てぬ戦いに挑むのは愚か者のする事。そんな愚かな行為を我は許さん」
「確かに、勝てない相手に挑むのは愚の骨頂だと私も思います。しかし災厄には勝てますよ。勝てないなど、誰が決めたのですか?貴女が勝手にそう思い込んでいるだけではありませんか?」
「これまでの歴史を見れば──」
「ああ、もしかして、竜族の誇りだとかというのは建前で、何か他にユリちゃんに行って欲しくない理由でもあるのではないですか?」
「ゆ、ユリちゃん?」
そう呼ばれ、ユリちゃん……じゃなかった。ユリエスティが首を傾げている。
リズは初めてその呼び方を口にした。ユリエスティ自身も、そう呼ばれた事などないのだろう。でも実は、ランギヴェロンはユリエスティの事をそう呼んでいる。本人の前ではそう呼ばないけど、そうなのだ。そう呼んで、ユリエスティの事を溺愛している。だからユリエスティのピンチに駆け付けた。竜族の誇りがどうとかは嘘である。
次の戦いにユリエスティを参加させようとしないのも、ユリエスティの身を案じての事だろう。
リズのこの言葉は、ちょっと脅迫めいている。これ以上ぐだぐだ言うならバラすぞと、そう言っているのだ。
「わ、我を脅すつもりか……?」
理解出来たランギヴェロンの顔が、ちょっとひきつっている。
それに対するリズは笑顔だ。
「脅すだなんて、そんなつもりはないですよ?」
「脅す?リズリーシャ、一体何の話をしておるのだ?」
「なんでもありませんよ、ユリちゃん」
「──!!」
再びユリちゃんという呼び名を聞いて、ランギヴェロンが大きく取り乱した。手をワキワキとさせながら天を仰ぎ、歯を食いしばり、声にならない声をあげている。
「それで、どうしますかランギヴェロン様」
「……分かった。好きにするが良い。しかし我は知らん!先程も言った通り、我は次の戦いになど参加せんからな!」
「え?どうしてですか?」
「どうしてって……」
「ランギヴェロン様も、戦いに参加するんですよ。変な意地を張らずに、他の竜族の方達と私達を手伝ってください。じゃないと貴女の大切なユリちゃ──」
「よーし、分かった!我も貴様等と共に戦ってやる!竜族の群れの長たるこの我が協力するのだ!敗北などゆるさんからな!」
半ばヤケになったランギヴェロンが、叫ぶようにいった。
その台詞に周囲のガランド・ムーンの仲間達からは歓声が沸き起こる。
「一体何がおこっておるのじゃ……?」
一方で、いつもとは違う様子のランギヴェロンに、ユリエスティが困惑している。
「気にする事はありませんよ、ユリエスティ様。ランギヴェロン様が、私達と共に戦ってくれるというだけですから。頼もしいですよね」
「う、うむ。それはそうなのじゃが……なんか、妾はリズリーシャが怖くなってきた」
ニコやかにランギヴェロンを脅し、自分の言う事を聞かせるリズをユリエスティがちょっと怖がっている。
確かになんかちょっと怖いけど、コレがリズだ。世界一可愛くて、私の大切な人である。