一人から皆に
私は、リズ達にクシレンとの会話の内容を詳しく話した。
災厄の生い立ちや、色々あって私が黒王族の王様となり、黒王族から不死の力を無くせるようになった事。
クシレンと話した時間はそれほど長くはないけど、それら重要な情報やクシレンにもらった力によって、私は災厄を倒すための手段を得る事が出来たのだ。
「なるほどな。つまりシズが黒王族から不死の力を無くそうと思えば、災厄は復活出来なくなるって訳だ。だから勝てるって事だな?」
「は、はい」
「よっしゃ!不死じゃなくなれば、あんな奴敵じゃねぇ!オレがぶん殴って倒してやらぁ!」
ルレイちゃんが、自らの両手の拳同士を打ち付けて災厄の森に向かって叫ぶように言った。
頼もしいけど、そんな事をして災厄が怒り、こっちに向かって来たらちょっと困る。さすがに今は皆ボロボロだし、私も起きてはいるけど疲れていて、戦う気にはなれない。精神的にも、身体的にも、もうちょっとくらいは休ませてほしい。
「しかしよく分からぬな。黒王族の王がそう思うだけで、自分となんら繋がりのない他の黒王族からも力を消し去る事など可能なのか?」
「……かつてこの世界を支配していた黒王族について、私達は知っている事が少なすぎます。漠然とした知識はありますが、黒王族が不死である理由や、その社会構成については謎に包まれたまま。そもそも不死とは、生物の理を超えてしまっています。そのような存在の謎を何も知らない、知識もない私達が解明しようとするのは、無駄でしょう」
黒王族の謎について、リズは意外とドライだった。リズはこういう謎をつきつめたいタイプだと思っていたんだけどな……。
「確かに無駄かもしれぬが、気にはなるだろう?」
「それよりも、考えるべき事は黒王族から不死の力が無くなるという事です。それは即ち、シズからも不死の力が無くなってしまうという事ですよね?」
リズが謎についてドライだったのは、その事を懸念してくれていたからのようだ。優しい。
やっぱり私は、この子と一緒に居続けたい。というかもう、結婚したい。
「えへへ……」
「どうして笑うんですか!私は真剣に言っているんですよ!」
思わず笑ってしまったら、リズに両頬を両手で押さえられて怒られてしまった。
「そ、そうです。確かに、クシレンは私からも不死の力が無くなってしまうから、気を付けてと言っていました。だ、だから、不死の力を無くすのは災厄を倒す直前がいいよって……」
「……これまで貴女は、私の目の前でたくさん傷ついてきました。時には死んで当たり前のような状況にも陥っていましたよね。不死の力を無くすという事は、もう今までのように傷つく事が当たり前ではいられません。極力傷つく事の無いように、気を付けなければいけなんですよ。分かりますか?」
「は、はい……」
「では約束してください。これまで以上に、自分の身体を大切にすると。じゃないとずっとこのままです」
そう言って、リズは私の頬をもみもみしてくる。強くもみもみしている訳ではないので、心地がいい。でもずっとこのままはさすがに困るので、私はリズに向かって強く頷きながら約束をする。
「は、はい。大切に、します」
「……」
すると、リズは若干不満げながらも頷いて応え、私の頬から手を離してくれた。
「……やはり、魔法か何かで繋がっていると考えるのが自然か?どう思う、リズリーシャ」
そんな私とリズのやり取りを、ユリエスティは全く聞いていなかったようだ。何か考え込んでいるなとは思っていたけど、黒王族の繋がりについて頭の中で考えていたらしい。
リズに向かってそう尋ね、意見を求めている。
「私もそれには同意しますよ。……仮説ですが、黒王族は魔術回路に似たもので繋がっているのではないでしょうか」
「ほう?」
「なんだ、魔術回路って」
「私達魔術師は、魔法を発動させるに際して詠唱を必要としますよね。詠唱は魔術回路を作り出すための物で、詠唱から作り出された魔術回路によってどのような魔法が発動するのか決まります。黒王族全体が回路によって繋がっている事により、大本である王が不死の力を消そうと思えば、全体から不死の力が消え去る、といった感じでしょうか」
「よく分かんねぇけど……なんかそれじゃあ、黒王族そのものが魔法みたいじゃねぇか」
「あくまで仮説です。でも確かに、これでは『黒王族』という魔法が発動しているかのようになりますね」
「魔法……」
「──なるほど、面白い仮説だ」
そこへ、金色の髪の毛をなびかせながらランギヴェロンがやってきた。
今の話を聞いていたようで、興味深げに笑いながらこちらへ歩み寄って来て、私達の傍で止まった。
初めはリズと2人きりだったのに、次から次へと増えていく。
「は、母上……!」
ランギヴェロンの登場に、ユリエスティの身体が強張った。
「そのままで良い。話は全て聞かせてもらったが、災厄から不死を奪う事に成功したとして、あの化け物を倒す事が出来るという自信はどこから来る?」
ランギヴェロンの視線は、ルレイちゃんに向けられた。先程のルレイちゃんの、不死じゃない災厄なんて余裕で倒せるぜ発言を指しているようだ。
「そ、それはー……こっちにはシズがいて、サリアばーちゃんもいるんだ!勝てるに決まってるだろ!」
「そのサリアばーちゃんとやらは、友人の死がショックで心を閉ざしている。他の戦力も先の戦いでだいぶ減ったのではないか?残った戦力も怪我人と心が折れたものばかりで、使い物になるかどうかも分からん」
「……サリアばーちゃんの事、何も知らねぇのに勝手に戦力外にするんじゃねぇ。サリアばーちゃんは、誰よりも災厄を倒すために奔走して、誰よりも災厄を倒そうとしてるんだよ。サリアばーちゃんはこんな所で止まったりなんかしない。いいか。サリアばーちゃんは、最強だ!見とけよ、ぜってぇに復活するからな!」
どうやらルレイちゃんは、あんな状態のサリアさんを見てもまだサリアさんを信じているようだ。サリアさんに対する、ルレイちゃんの信頼の厚さが伺える。
「ふ……。だそうだ」
その台詞を聞いて、ランギヴェロンがどこかへ話しかけた。すると、話しかけられた人物がランギヴェロンの影から這い出て、その姿を現した。
先程も村長さんとの話し途中で影から現れたサリアさんだけど、今回もまた同じよう現れた。
どんどん増えていく。
「サリアばーちゃん!?」
「だ、大丈夫……なんですか?」
サリアさんは村長さんの死のあと、泣きっぱなしになり、その後はかなり憔悴した様子だった。
だから心配して声を掛けるも、やはりまだ目は虚ろでいつものサリアさんではない。
「……ウプラは死んだ。仲間が大勢死んだ。失った物は、あまりに大きすぎてうちではとてもではないけど背負いきれへん」
「分かってる。全部、皆分かってる事だ!もういいから、サリアばーちゃんは休んでろ!あとはオレ達が全部なんとかしてやるから、もうばーちゃんは休んでていい!」
それを聞いて、この場にいる皆が心の中でツッコミをいれただろう。
ついさっきまでサリアさんは復活すると信じていたはずのルレイちゃんが、急にサリアさんを労って休ませようとしているんだからつっこまずにはいられない。
「さっきまでうちのこと、復活するとか言ってへんかったか?」
実際、サリアさん本人がつっこんでくれた。
「言ってたけど、気が変わった!」
「相変わらず、滅茶苦茶やなぁ……。でもな、休んでもいられんのや。希望の光がまだ見えていて、災厄を倒せるかもしれなくて、それにウプラに最期に怒られてしもたからなぁ。普通死ぬ間際にあんなに怒鳴れるか?あんなん初めてやったわ」
サリアさんはそう言って、また目から涙を流した。その表情はとても悲し気なんだけど、でもちょっとだけ笑っている。
言われて思い出したけど、確かに死の間際の村長さんは凄かった。最期だというのにサリアさんに向かって力強く怒鳴りつける姿は、あまりにもいつも通りの村長さんらしくて笑ってしまう。
「たぶん言いたい事はもっともっと、たくさんあったやろうに、全部を言い切る前に命が尽きてしもた。けどあの子が言いたい事は十分に伝わった。うちは……災厄を倒すまで後ろを見るのをやめた。後ろを見るのは災厄を倒してからにしようと思う。というか、そうするようにランギヴェロンはんに言われてしもた」
「母上に?」
「我はただ、独り言を喋っていただけだ。勘違いをされては困る」
「そうなん?デカイ独り言やなぁ」
ランギヴェロンの誤魔化しを、サリアさんは空気も読まずに受け流してしまう。あるいはわざとなのだろうか。
何にしても、サリアさんに少しだけ元気が戻ってくれたみたいで、嬉しい。
「ほ、ホントに大丈夫なのか、ばーちゃん……?」
「大丈夫や。若いもんにばっか任せてもいられんからなぁ。さ、それよりももう一度、災厄を倒すための算段をたてなきゃやなぁ。いや、その前に皆を、ちゃんと埋葬してやらなあかんね」
「──サリア様あああぁぁぁぁ!」
最後に、グラサイを先頭にして大勢がこちらへとやって来た。サンちゃんやハルエッキにグヴェイル、おじさん、ウォーレン……他にも魔族が大勢いて、ガランド・ムーンの仲間が全員やって来たのではないかと錯覚するかのような数だ。
皆、サリアさんが心配で探しに来たようだ。
「もう真夜中やっちゅうのに、騒がしくなってしもたなぁ。でも今日は解散して寝とこか。シズも眠たそうやし」
実は、先程から目を閉じては頭を揺らし、目覚めるという事を繰り返している。体力的にちょっと限界が来たようで、眠くなってきてしまったのだ。
「そうですね。今日はゆっくり休んで、また明日から頑張りましょう。皆さん、解散でーす」
リズの声が、どこか遠く聞こえる。この後の事は、皆に任せておこう。
私は眠気に誘われるがまま目を閉じて、眠りについた。