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 皆が一斉に逃げ始める。

 でもその先に、災厄の欠片や魔物が立ちはだかった。なるべくまとまり、来た時と同じように突破を図るも、戦力差は出てしまう。小さな群れは魔物達に囲まれると、容赦なく攻撃されて潰されてしまう。

 魔物と災厄の欠片の数は、ここへ来た時よりも増えている気がする。どこからともなく現れた災厄の欠片の中には、それ自身が強力な力を持つ巨人もいる。そんなのが、皆が逃げようとしている方向のあちこちに現れてしまい、逃げ道を塞いでる状況は最悪だ。

 それでも皆必死に逃げる事だけを考えて走り、どうにか包囲を潜り抜けようとしている。


 リズは……たぶん大丈夫。大丈夫なはず。そう自分に言い聞かせながら、私は私の目の前に立つ災厄を睨みつける。


 体形は、女性のよう。しかし顔に感情はなく、髪の毛の代わりに触手を生やすその姿は異様で、その手に持つ2本の黒い刀は斬られるととても痛い。同時におかしな声も頭の中に響く。


 この化け物を倒せば、全てが終わる。


 でも今は、倒す事よりも時間稼ぎを最優先に考える。どうせ斬ってもすぐに再生して来るんだから、無理して戦って自分が逃げる術や、仲間を追いかけられるリスクを作るのが今一番ダメな事だ。


「……」


 私は災厄に、千切千鬼の切っ先を向けた。

 災厄の方は、一応今の所皆を追いかけるような素振りは見せず、私の方を見つめている。


 と、突然災厄が私の目の前にまでやってきた。私との間合いを一気に詰めて、斬りかかって来たのだ。あまりに速くて、瞬きで一瞬暗闇に包まれたほんのひと時の間に、目の前にまで移動して来ていた。

 驚きはしたけど、災厄の速さはもう分かっていたし、切っ先を災厄に向けていたので対応は出来る。


 私は目の前に来ていた災厄に向かい、千切千鬼を突き出した。


 突き出した千切千鬼は、一本の刀によって受け流されてしまう。受け流すと同時にもう一本の刀が私の顔面に向かって突き出されるも、私は首と身体を横にずらしてどうにか回避してみせた。

 その間に突き出した千切千鬼を横に振り抜くも、災厄は私の横を通り抜けて行ってしまったので空を切っただけだった。

 通り抜けて行った災厄に対してすぐに刀を構えるも、そこにいるはずの災厄がいない。


「っ!?」


 こういう時、大抵の場合敵は後ろにいる。

 私は自分の勘を頼りに、振り向きながら背後に刀を振り抜いた。


 すると、勘が当たってそこには災厄がいた。私の背後をとろうした災厄の虚を突く事には成功したけど、所詮は勘で振り抜かれた刀だ。少しコースが甘くて、災厄は身体を少し捻って私の攻撃を回避して見せた。

 それでも、頭に生える触手をかすめる事には成功した。けど、かすっただけだ。あまりダメージはない。

 私の攻撃を避けた災厄は、再び私の横を通り過ぎて行った。

 その際に、隙だらけになった私の脇腹を斬りつけられた。かなり深く切られ、痛みが一瞬にして全身に伝わった上で、大きな大きな……人の叫び声のような物が頭の中に響く。


「いっ──……!」


 痛みと、頭の中で響く叫び声のせいで、私自身が泣き叫びそうになる。けど、踏ん張って声を殺した。


 声を噛み殺しながら、背後に回り込んだ災厄に向かって振り向きざまに刀を繰り出すと、災厄の刀によって受け止められた。

 あの、恐ろしい切れ味の千切千鬼を受け止められるのは、コレが初めてだ。災厄の刀は、普通に、何事もないかのように私の刀を受け止めて、私の方を見つめて来る。


 すると、一際大きな叫び声が頭の中に響き渡った。同時に斬られたわき腹や、先程刺された胸の辺りから何かが這い出て来て、私の大切な物を鷲掴みにしようとしてくるかのような幻覚に襲われる。

 この這い出て来た何かが支配しようとしているのは、私の意志?今分かったけど、たぶん皆はコレに意志を飲み込まれ、そして仲間に襲い掛かったのだ。

 だとしたら振り払う必要がある。そう意識したら、這い出て来た何かは呆気なく消え去った。声は響くし、痛いけど、とにかくそれで私自身が操られる事はなくなった。


「うっ……」


 フラフラになりつつも、私は我を取り戻した。

 そして災厄に千切千鬼を向け、戦意がある事を示す。


 すると災厄は、やはり不思議そうに首を傾げて私を見つめて来る。

 理由は分からないけど、災厄は私に興味を持ってくれている。この隙に皆が逃げられるなら、大歓迎だ。


 先程は災厄から斬りかかられたけど、今度はこちらから行かせてもらう。

 私は地を蹴って災厄に詰め寄ると、千切千鬼を振り上げて災厄に向かって振り下ろした。

 けど、災厄は最小の動きで体を横にズラし、振り下ろされた千切千鬼を鼻先数センチという距離で避けて見せた。

 でも、避けられるのは想定済みだ。

 私は災厄に避けられた千切千鬼を地面に突き立てると、そこに体重をかけながら災厄に向かって蹴りを繰り出した。その蹴りは災厄に避けられる事はなく、災厄を吹き飛ばして地面を滑らせる事になる。

 けどすぐに踏ん張って止まると、先程と同じようなスピードで私に向かって来た。


「くっ!?」


 さすがにここまでは想定していなかったので、ちょっと驚いた。

 距離を詰めると同時に、目の前の災厄が手にする刀が私の首に向かって横に振りぬかれる。けど、それはどうにか身体を後ろに反らせる事によって回避。

 ギリギリだった。けど身体を反らした際に災厄から目を離す事になり、私は隙だらけとなる。

 そこに、災厄のもう一本の刀が私の胸に突き立てるかのようにして刺された。


「がっ、ああぁぁぁっぁ!」


 今度は叫び声を我慢する事が出来ない。痛くて熱くて、大きな声が頭の中で響く。

 けどそんな中で、私は私の身体に刀を刺した災厄の腕を握った。

 災厄が逃げられないようにした私は、叫びながらも災厄の腕を握る手に力を籠め、自身の身体を起こしながら災厄の胸に向かって千切千鬼を突き刺した。


「……」

「っ……!」


 刺された災厄は沈黙する。

 私は胸の痛みにうめき声をあげ、口から血を吐きながらも災厄を至近距離で睨みつける。


 ……ああ。やっぱり災厄は、黒王族なんだ。

 至近距離で見て、そう確信した。黒王族の角なんてそんなにまじまじと見た事ないけど、この角は間違いなく私と同じ種族の物だ。本能がそう訴えかけている。

 じゃあどうやって倒せば良いと言うのだ。私と同じだと言うなら、首を斬られたって再生してしまうじゃないか。


 などと考えていた時だった。私の胸に突き刺さった黒い刀が突然蠢いて形を変えると、私の身体を飲み込み始めた。


「あっ!?ぐぅ!」


 手をのばし、刀を取り外そうとしたけどその手も形を変えた災厄の刀に掴まれてしまう。凄い力で、腕は全く動かせなくなってしまった。

 胸と腕を掴まれ、身動きが出来なくなった私に対し、災厄が口を大きく開いた。今の災厄のサイズなら、ただ人と同じくらいの口が開かれただけで大した事はない。でも開かれた口は限界を知らないかのように広がって巨大化していくと、一口で人を飲み込めるかのような大きさになってようやく止まった。


 それを間近に見て、私は身体をひねってどうにかして災厄と距離を取ろうとする。しかし災厄の胸に刺した千切千鬼をつたっていつの間にか災厄の身体が伸びており、刀と、刀を掴む私の手まで拘束されて逃げられないようにされていた。


 大きく開かれた災厄の口が、私に迫る。どうやらここからは逃げ出せそうにない。


「──リズ」


 私は、私が大好きな人の名を呟いた。やがて視界は闇に包まれてしまうも、愛する人の事を想えば怖くはない。


 私は災厄に飲まれ、意識はそこで途絶えた。


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