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敗走


 災厄は、離れて見ていた周囲の魔族達に襲い掛かり始めた。

 その中に災厄の素早い動きについていける者はおらず、災厄が次々と皆を切り捨てて殺していく。自分がされた事の仕返しのように、細切れにして潰してから次の獲物に襲い掛かる。

 止めようと斬りかかるも、誰の攻撃も災厄には通じない。


 そこへ、駆け付けたサリアさんとグラサイが災厄を止めようと襲い掛かるも、その2人の攻撃でさえも災厄には通じない。サリアさんの見えない何かも災厄には見えているようで、普通に攻撃を防がれてしまっている。

 グラサイの突進も、刀一本で受け止められた上に、グラサイの角から顔面にかけて斬られ、痛みに強そうなグラサイが痛みで大きな叫び声をあげる事になる。


「……コレは、恨みの声?」


 同じように、災厄と接触したサリアさんが膝をつき、震えた手で頭を抱えている。


 私も先程経験したけど、災厄に触れると何かがあるようだ。斬られれば通常よりも痛いし、おかしな声が頭に響いて頭がおかしくなりそうになる。


「シズ!大丈夫ですか……!?」

「は、はい……」


 そこへ、リズが私の下へと駆け付けて抱きかかえてくれた。

 すぐに斬られた私の胸に手を当て、魔法によって癒してくれる。おかげで痛みが段々とひいていき、少し楽になる。


 皆に襲い掛かる災厄に向かい、空を飛んでいた竜族達が襲い掛かった。しかしその竜族達も、災厄によって斬りつけられて次々と撃退されていく。

 中には真っ二つに切り捨てられ、死んでしまう者もいる。

 運よく大した怪我を負わなかった者が大半だけど、彼らはサリアさんやサンちゃんと同じように、泣き叫ぶか震えて戦意を喪失してしまう。


「てめぇ、皆に何しやがったぁ!」


 ルレイちゃんが矢を放つ。しかしその矢は災厄にかすりもしない。災厄はのらりくらりと矢をかわしながら素早くルレイちゃんとの間合いを詰めると、刀でルレイちゃんの弓を切り裂きつつ、ルレイちゃんの身体までも斬りつけた。


「──っ!?」


 斬られた痛みに、声にならない悲鳴をあげたルレイちゃんだけど、踏ん張った。表情は苦痛に染まっており、彼女にも何者かの声が頭の中に響いているはずだ。

 そんな状態のまま、切られた弓は捨てて短剣に手をかける。しかし災厄は、興味を失ったかのようにルレイちゃんの肩を押し退けると、ルレイちゃんに背を向けて次の獲物に向かって歩き出してしまった。


 押しのけられたルレイちゃんは、あまりにも簡単に後ろに倒れて尻もちをついてしまい、震えて立ち上がる事が出来ない。


 次々と、災厄に斬られて戦意を失っていく仲間達。あまりにも圧倒的すぎる。


 止めなければいけない。

 痛みも引いたし、私は再び災厄を倒すために立ち上がる。

 でもそんな私の行動を、リズが腕を掴んできて止めた。


「……」


 リズを見返すと、リズが私の目をみつめて首を横に振って来る。その表情には悔しさが滲み出ており、今まで見た事もないくらい辛そうだった。


 リズは、諦めろと言いたいのだ。自分達の負けを認め、これ以上災厄と戦っても負けるだけだと、そう訴えている。

 私も理解はしている。だけど私の身体はまだまだ動く。だから負けを認めるのは早すぎると思う。思いたい。


 だけどそんな私の想いを打ち砕くかのように、災厄が新たな行動に出た。


 災厄が突如として動きを止めると、天に向かって手を伸ばした。伸ばした手を振り下ろすと、まるで何かの試合の合図のような動きを見せる。


「……」


 私達は意味が分からず見つめていると、突如としてガランド・ムーンの魔族が仲間に向かって斬りかかった。それに反撃するような形で、他の魔族も暴れ出した魔族に向かって斬りかかる。

 そんな現象があちこちで起き始める。


「サンちゃん、やめて!急にどうしたの!?」

「……」


 一番驚いたのは、サンちゃんがハルエッキに殴りかかり始めた事だ。災厄に殴りかかり、戦意を喪失してしまったサンちゃんを看病していたはずのハルエッキに対し、本気の拳を放っている。あり得ない。

 ハルエッキはサンちゃんを攻撃する訳にはいかないので、防戦一方で苦し気だ。


 信じられない事に、グラサイとサリアさんまでもが戦い始めている。腕試しとか、試合とかそんな感じじゃなくて、殺気のこもった突進をサリアさんに見舞ったグラサイが、サリアさんの見えない何かで思い切り殴られて骨が砕け、吹き飛んだ。それでも止まらないグラサイが、血まみれになりながらも再びサリアさんに攻撃を仕掛ける。

 コレは、本気の殺し合いだ。


 災厄によって精神が攻撃された状況である事は、すぐに理解出来た。

 生き残っている竜族が咆哮をあげ、皆の目を覚まさせようとする。しかし皆は止まらない。災厄を倒すために集まった者達が、憎しみ合い、殺し合い……仲間の命を奪い合う。

 ここまでは防げていたのに、どうして……。


「……やめて」


 あまりにも悲しすぎる光景を前に、私は泣きそうだ。

 皆、あんなに仲が良かったのに。いや、今も仲が良いはずだ。それが操られ、自分達が愛すべき仲間の命を奪うなんて悲しすぎる。


 かつて災厄に挑んだ勇者ケイルペインは、この光景を前にして心を打ち砕かれたのだ。


 その気持ちを、私は今凄く理解している。


 悲しい気持に苛まれる私に、風をまとった短剣を握りしめたルレイちゃんが襲い掛かって来た。私はリズを庇いつつ、その短剣を千切千鬼は使わず素手で受け止めて握りしめる。

 手のひらから血が出て地面に落ちるも、短剣はその場からピクリとも動かなくなった。ルレイちゃんが引いても押しても、私はその短剣を離さない。


 ルレイちゃんは、殺気の籠もった目で私を見ている。その目は完全に正気を失っており、いつもの明るく元気で可愛いルレイちゃんの影を潜めている。


「やめて」


 私はルレイちゃんに向かい、呟くように言い放った。

 するとルレイちゃんの動きが一瞬とまる。けどすぐにまた暴れ出した。


「やめろおおおぉぉぉぉ!」


 その行動にキレたかのように、私は災厄と皆に向かって叫んだ。声が裏返って大きいのか小さいのかよく分からない声で、だけど思い切り叫んだ。


「──……シズ」


 その声が届いたのか、私の叫び声で一瞬静まり返った後に、ルレイちゃんに名を呼ばれた。


「ルレイちゃん……?」

「て、手離せ!お前、手から血が……!ていうかオレは一体何してたんだ!?まさか、災厄に操られてたのか!?ゴメン、シズ!」


 いつものルレイちゃんだ。ルレイちゃんが、元に戻った。


「うちは何を……!?」

「さ、サリア様。どうやらオレは、また操られていたようです……」

「うちも同じや」


 サリアさんとグラサイも、目が覚めている。


「ハル君……うち、ハル君に殴りかかってた……?」

「サンちゃん、目が覚めたんだね!?良かった……!本当に良かった!」


 サンちゃんも正気に戻って呆けているけど、ハルエッキが熱い抱擁で正気に戻った事を喜んでいる。


『どうするのだ、シズ。まだこのまま災厄との戦いを続けるのか?』


 ユリエスティを背負っているランギヴェロンから、そう問われた。


 私はリズの手を握り、皆の顔を見た。皆、もう戦う気力がない。正気に戻ったものの、仲間の命を奪ってしまった者は呆然として涙を流し、操られこそしなかったものの、仲間に殺されかけた者も疲れ切っている。


 認めるべきだ。


「に、逃げよう。私達は、災厄に負けました」

「サリア様!私達の……敗北です!これ以上の被害を出さないためにも、ここは一旦逃げましょう!」

「……そうやね。こんな状況になってしもたら仕方ない。撤退や」

「て、撤退だ!全員速やかに逃げろ!怪我人には手を貸してやれ!」


 リズやサリアさん、そしてグラサイを通じて、皆に撤退する事が伝わった。


 災厄は皆の目が覚めた事で、どこかつまらなそうに首を傾げて黙っていたけど、逃げ出した私達を見て再び刀を構えた。

 誰かが、皆が逃げるまで時間を稼がなければいけない。その役目は私が相応しいだろう。


「……シズ」


 立ち上がった私の手を、リズが離してくれない。彼女も私が殿に相応しいという事を、理解しているはずだ。けど彼女は優しくて、私の事をいつも大事に想っていてくれて……だから、行かせていいのかを迷っているようだ。


「わ、私、皆を守りたいです。だから、時間稼ぎをしてきます」

「……絶対に。絶対に死なないで、私の下に戻ってきてください」


 リズは目に涙をため、ギリギリ零れないくらいの湿った目で私にそう訴えかけるように言ってきた。


「はい」


 私は不死身の黒王族だ。死ぬ事はないし、だからこそ殿に相応しい。リズとはほんの少しだけ、お別れとなるだけだ。


 お互いの手を、ゆっくりと離して私達はそこで別れた。


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