お姫様だっこ
初めて出来た友達は、私が怖いと言って離れていった。
私は昔から自分本位で動く所があった。それは自覚している。だから自分がしたい事だけをしようとし、自分に必要ない物は排除しようとする私が友達には怖く見えたのだ。
成長しても、根底は変わっていない。私は同性の女の子を愛でて、邪魔だし女の子に向かって邪な目を向ける男は消えればいいと思っている。私にとって一番邪魔で、消えてほしい存在。それが男という存在だ。
そんな風に考える私に、友達という存在が出来なかったのは必然かもしれない。
というかそもそも、私が避けていた。好きで、愛でたい存在であるはずの女の子に嫌われ、傍で見ている事も出来なくなってしまうのが嫌で、私は自分の殻に籠もることにしたのだ。
こんな不気味な考えの私と、友達になってくれる子なんていない。話しかければ怖がられ、嫌われて、離れていく。あの子のように。
そうなるのが、私にとって一番怖い。
お察しの通り、私は臆病な人間なのだ。傷つくのが嫌で、人を避けるようになった。
「はぁ、はぁ……とりあえず、ここまで来れば大丈夫だと思います……。少しだけ、休憩しましょう」
お城から走って逃げて来た事で、リズリーシャさんは息を乱している。けどお城との距離はまだ近い。見上げればお城の姿はすぐそこに見えており、走ってほんの数分といった距離にある。
出来ればもっと離れるべきなんだろうけど……リズリーシャさんの体力が、少なすぎる。その原因は長らくあの地下に閉じ込められ、しかもろくに食べ物を食べていなかったせいだと思う。それらが原因で、少し走っただけでこの有様だ。
人通りの少ない裏道を走って来た私とリズリーシャさんは、とりあえず狭い路地の行き止まりに身を隠し、地面に座って休む事にした。ここならたぶん人が訪れる事はないだろう。
「シズ、手を貸してください。怪我を治さないと……」
息を乱しながらも、リズリーシャさんが私の身を案じて私の手を取って来た。
優しく手を握られると、胸がドキドキしてしまう。ああ、リズリーシャさんの手、柔らかくてすべすべで、しかも小さくてキレイで、触られるだけでその魅力が伝わってきてしまう。
「──えっ、えぇ!?」
「な、なな、なんですか?どこか変でしたか?ごめんなさい、ごめんなさいっ」
私の手を見てリズリーシャさんが変な声をあげたので、私は自分が悪いと思って思わず謝ってしまった。
「そうではないです!なんですか、コレ!?いえ、確かに変といえば変なんですけど……どうして、手が元通りになっているんですか!?」
見ると、リズリーシャさんに握られている私の手から、キレイさっぱり傷がなくなっていた。オマケに切断されたはずの指も元通りで、動かしてみるとしっかり私の意思に従って動いてくれる。
どうりで痛くなくなったと思った。しかも指まで再生してくれて、安心したよ。この先の生活を考えれば、指がないのはちょっと不便だから。
ゲームとか、キーボードを打つときとか、スマホの操作とか……いや、どれもこの世界にはないか。
「わ、分かりませんけど、この世界に来てからなんか変な身体になっていて……」
「ま、待ってください!今、この世界に来てからって言いました!?」
「はっ」
つい口が滑って、中二病じみた事を言ってしまった。
これは引かれる。嫌われる。
「ひぅ!?」
「それにこの角……!もしかして貴女は、魔族ではないのですか!?」
リズリーシャさんに、いきなり角を触られてしまった。いいや、触られたどころじゃない。鷲掴みにされ、更には優しく撫でられたりしごかれたり……オマケに至近距離で見つめて息を吹きかけてくる。
「よく見ればその瞳。黒というより、闇!どこまでも深く、見る者を常闇に引きずり込むかのような不気味さがあります!それにこの再生能力!例え魔族でも、ここまで早くキレイに身体を再生出来る種族なんて見た事がありません!貴女はもしかして──……黒王族なのでは!?」
「こ、黒王、族……?」
なんだそれ。聞いた事もない。
私を牢屋まで連れてきた見張りは、魔族がどうのこうの言ってたけど……リズリーシャさんも、私を見て最初そう言ってたよね。でも私は魔族ではなく、黒王族だと。それだとなんかマズイのだろうか。
「……それにその服。もしかして私がサレンド村に置いてきた服では?シズ。貴女の話を私に聞かせてください。まずハッキリさせておきますが、貴女はこの世界ではなくどこか別の世界からやってきたのですか?」
いやん。
リズリーシャさんが私が着ているワンピースを大胆にめくって見てくるので、私は思わず身をよじってしまった。
でもリズリーシャさんはお構いなしで、気にもしていない。
「そ、そうです。実は私、この世界とは違う別の世界、から、やって来ました。だから、あの、離してもらえると……」
「その世界で貴女は黒王族だったのですか!?」
「し、知りません。なんですか、それ?」
「どのようにしてこの世界にやって来たのですか。この世界のどこに、現れたのですか。誰が貴女をこの世界に呼んだのですか」
「え、えと、あの……その……」
リズリーシャさんに矢継ぎ早に質問され、私のキャパシティを簡単に超えてきた。そんな早口でまくしたてるように言われても、頭の整理が追い付かず答える事ができやしない。
しかも服はどんどん強く引っ張られ、どんどん見えてはいけない所まで見えてしまいそうになっている。
「答えてください!とても重要な事なのです!私にとっても、この世界にとっても!」
リズリーシャさんは、とても真剣だ。彼女の言う通り、私という存在が彼女にとって、何か特別な意味を持っているのかもしれない。
そういえば先ほど、この服はリズリーシャさんの物だと呟いていたっけ。もしかして私がこの世界に来て、すぐ傍にあった建物。あの建物は、リズリーシャさんのお家だったりするのだろうか。
「わ、私は──」
答えようとした時だった。こんな狭い路地に、慌ただしく人が走ってくる音が聞こえてきた。
足音の他に、ガチャガチャと金属同士がぶつかり合うような音も聞こえて、ちょっとうるさい。夜に響かせるにはちょっと迷惑レベルな音量だ。
「おい、急げ!リズリーシャを逃がした事がバレたら、オレ達の首が飛んじまうんだぞ!」
「んな事分かってる!分かってるから走ってるんだろうが!」
そんな会話をしながら、鎧を着込んだ兵士が私達のいる行き止まりの路地の前を通り抜けていった。幸いにもこの小さな路地には気づかなかったらしい。助かった。
「どうやらバレてしまったようですね。見張りが眠っているのを見られ、調査が入ったのかもしれません」
今通り過ぎた男達のおかげで、呑気にしている場合ではない事に気づかされた。
おかげで私はリズリーシャさんに服を脱がされる勢いだったけど解放され、恥ずかしい想いをする事がなくて済んだ。
「ど、どうするんですか?」
「……まだ、事はおおやけに出来ないはずです。こんな失態をおおやけにすれば、彼等が言っていた通り見張りの兵士達の首が飛ぶ事になります。まずは自分達の力でなんとかしようとしているはず。であれば、隙はまだ大きい。今の内に、私の家に行きましょう。そこで必要な物を回収し、町の外へと逃げます」
「ひ、必要な物?」
「はい。お互いこの格好では目立つでしょう?それに、足も痛いです……」
「っ……!」
そこで私は今更ながら気づいた。リズリーシャさんは、裸足だ。裸足でここまで走ってきたせいで、足に傷が出来ている。
一方で私はボロボロながらも靴を履いている。なのでリズリーシャさん程のダメージはない。
私はバカだ。気が利かないバカだ。
慌てて靴を脱いだ私は、リズリーシャさんの前に跪いた。そして0時まで限定のお姫様に対してするかのように、その足にボロボロの靴を履かせてあげた。
「わ、私は大丈夫ですよ、シズ」
その際に断って足を逃がそうとするリズリーシャさんだけど、私は足を掴んで離さずに無理矢理履かせる事に成功。これでもうこれ以上傷は出来ないはず。
「わ、私の方こそ、大丈夫、です。き、傷なんて、すぐ治るので。えへ、えへ」
「……ありがとうございます。でも私、自分のために誰かが傷つくのは嫌です。なのでコレはシズが履いていてください」
リズリーシャさんはそういって履かせてあげた靴を脱ぐと、逆に私が履かされてしまった。
も、もしかして、私が履いた後っていうのが嫌だったのかな。私、水虫ないよ。本当だよ。ああでも、臭いは分からない……ずっとお風呂に入ってないし、もしかしたら臭いかも。
「さぁ、行きましょう。追手も私の家を疑うかもしれませんので、ダッシュで先回りしないと」
リズリーシャさんが私の手をとり、優し気に語り掛けるように言ってきた。
この人は本当に、ただ私の足が傷つくのが嫌だっただけかもしれない。その笑顔や優し気な声で、私の懸念はどこかへ飛んで行ってしまった。
「わっ」
ならばと、私はリズリーシャさんを腕に抱いた。両腕でリズリーシャさんの足と背中を持つ、お姫様だっこのスタイルだ。
人を抱えても、今の私にこれくらいの重さは全く苦にならない。これなら2人、いや3人、いや10人は抱える事が出来てしまうかもしれない。
「し、シズ?」
「こ、これなら、痛くない、ですよね」
それに体力のないリズリーシャさんが、体力を無駄に削らなくて済む。
「はい。おかげさまで……」
「こ、このまま行きます。道案内をお願いします」
私はリズリーシャさんを抱えたまま路地を出て、走り出す。先程の男達よりも早くリズリーシャさんの家に辿り着かなければいけないので、なるべく急ぐためだ。
「待ってください!」
でも走り出してすぐにリズリーシャさんに止められてしまった。
ヤバイ。やっぱ私なんかに姫様だっこをされるとか、嫌だったかな。
失態に失態を重ねてしまった私は、もしかしたらリズリーシャさんに嫌われてしまったかもしれない。
「そっちじゃなくて、あっちです」
「は、はいっ」
道を間違えていただけだった。
リズリーシャさんに指示された方に、私は改めて駆け出すのであった。リズリーシャさんを腕に抱いたままで。