一斉攻撃
後方では未だにグヴェイル達が災厄の欠片と戦っているはずだ。
早く安全圏である災厄の近くに避難してくる必要がある。
心配で振り返ろうとするも、正面の災厄がそうはさせてくれなかった。
「来るぞ!」
ルレイちゃんの声で正面を見ると、災厄の開かれた口から赤い光が漏れ出していた。その光が私達に向かって放たれて、襲い掛かって来る。
皆が光を上手くかわして代わりに地面に当たる事になると、光に接した地面の表面が音もなく消え去った。
それを見て、私も光をかわすためにリズを片腕に抱いたまま駆け出した。
更に、災厄の頭に生えている触手たちが動き始めると、触手の先端に光の紋章が出現した。
その紋章は、リズが魔法を使う時に出現する紋章と似ている。暖かな空気も、きっと魔力と呼ばれる類の物だ。
それが、各触手の先端に一個ずつ。一斉に出現して狙いを私達に定めている。
「魔法が来るで。皆散らばって、狙いをズラそか」
サリアさんの指示で、一斉に皆がバラバラに展開した。
私達についてきていた他の魔族達も、同じようにまとまらないようにバラけていった。
「やられる前にやれば問題ねぇ!」
その中で、ルレイちゃんが触手に向かって矢を放った。
けどその矢は災厄の口から放たれた赤い光に飲まれ、消滅。そのまま矢の出所であるルレイちゃんに赤い光が向かっていくと、ルレイちゃんは慌ててその光を避ける事になる。
口の光が終われば、次は触手達の魔法が発動されて一斉に魔法が放たれた。
触手が放った魔法は、災厄の周囲に展開する私達の地面に、触手の先端に出現した紋章と同じものが出現し、その紋章の中から黒い影が飛び出て来た。影は少し、人の手の形に似ている。大きさは人一人を簡単に飲み込めてしまえるような物で、飛び出て来て何も掴む物がないと、すぐに消え去っていく。
紋章が出現したら出て来るので、コレ単体なら避けるのは割と簡単だ。
しかしそれに加え、災厄の口から引き続き赤い光が放たれた。
「うおっと!?」
狙いは、先程から災厄に向かって遠距離攻撃を仕掛けている、ルレイちゃんに集中している。
ルレイちゃんは光を避けると、避けたその先に出現した紋章も側転をしながら避けるなど、アクロバティックな動きで見事に攻撃をかわしていっている。
「撃て!」
とそこへ、離れている他の魔族達が矢を放った。触手の魔法は災厄に一番接近している私達に集中しているので、暇をもてあましていたのだ。
彼らの武器も弓なので、遠距離で仕掛けるには丁度良い。無数の矢が災厄に向かって放たれて、弧を描いて降り注ぐ。
ルレイちゃんの矢と比べれば、弱い物だ。しかしどんな攻撃も、攻撃と判断されれば相手に反撃の意志を持たせてしまう。
数体の触手が、矢を放った部隊の方へと向いた。彼らはここまで付いてきたという事は、魔族の中では強い方なのだろう。これくらいの攻撃なら、凌げるはずだ。
『オオオオオォォォォ!』
私達の上空を飛んでいる竜族も、空に対しての攻撃がないから暇なのか、一斉に災厄に向かって炎を吐いて襲い掛かった。その中には勿論ユリエスティもいる。
彼らの役目は主に、災厄の精神攻撃から咆哮で私達を守る事だけど、攻撃が禁止されている訳ではない。
しかし竜族達の灼熱の炎は、災厄には効かなかった。若干聞いているような気はするけど、しかし触手も災厄本体も健在だ。むしろ災厄の口から放たれる赤い光が、今度は上空の竜族達に狙いを定めている。
こんな状況だから、後方の部隊たちを気にする余裕がない。後方で大きな爆音が轟き、地面が大きく揺れて後方からの土煙で視界が悪くなっても、放っておくしかない。
たぶん災厄の殺戮が発動したのだけど、私は攻撃を避ける事に集中する。じゃないと、この激しい攻撃を受けて死んでしまう。
「氷の剣よ。我が敵を打ち滅ぼせ。イェールキリング」
リズが、災厄に向かって魔法を発動させた。
私が彼女の回避行動をサポートしながら、攻撃を打ち込む。合理的な連携だと思う。
リズが発動させた魔法によって、リズが手にしている杖の先端から氷の剣が放たれた。
氷の剣は災厄の頭の触手にぶつかって触手を分断するも、すぐに代わりの触手が再生してしまう。
「竜の炎が効かないなんて、厄介やなぁ。でもそれじゃあ、物理はどうやろなぁ」
呑気な声でそう言うと、サリアさんがその場から消えた。かと思えば、前線のグラサイの影から飛び出して、そのまま災厄へと猛然と突っ込んでいく。
初めて会った時、彼女は私の背後をとった。何故いつの間にか私の背後に立っていたかというと、どうやら彼女は影から影へと移動が出来るようだ。
「行くでー、グラサイ。ここからはうちが先陣をきる」
「はっ!このグラサイ、どこまでもお供します!」
先を走るサリアさんに、グラサイもついて走っていく。
「シズ!私達も行きましょう!」
「は、はい」
私も、リズを抱いたまま2人に続いた。
その間、リズは魔法を放って敵を牽制し続ける。移動するだけで敵に行動を仕掛けてくれるのは、けっこう便利だ。
ルレイちゃんも、後方から矢を放って災厄を牽制し続けてくれている。その狙いは災厄本体から触手へと変わっていて、ルレイちゃんの矢によって触手が分断されていく。すぐに再生はされてしまうけど、その一瞬だけは魔法が中断されるので、意味ある攻撃だ。
「くそっ……!」
でも本人はちょっと悔しそう。
『キャアアアァァァァァ!』
『ガアアアァァァァァァ!』
私達の接近に危機感を覚えたのか、再び災厄が甲高い叫び声をあげた。
それに対抗するように、ユリエスティ達竜族が咆哮をあげて声をかき消してくれる。
恐らく先程グラサイを一瞬にして混乱させ、私達に攻撃させようとしたのと同じ事をしようとしたんだと思う。それを竜族達が咆哮をあげる事によって、防いでくれたのだ。
「そのうるさい口、うちが黙らせたるわ」
触手の魔法をかいくぐりながら、サリアさんが災厄を射程圏内に納めた。
その瞬間、見えない何かが災厄を殴り飛ばし、災厄の顔面をひしゃげさせた。
サリアさんとは一度だけ戦った事があるけど、彼女が扱う武器は私には理解できない。目には見えない何かがサリアさんの意のままに動いているようだけど、それがなんなのかを尋ねる機会も今までなかった。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
続いてグラサイが頭の角を災厄に向けて突進をしかけると、災厄の顔面が削り取られた。
「大海を彷徨う氷塊。冷たい海よりも冷たい身を持つ、冷気の塊。空から降り注ぎ、我が敵を踏みつぶしてその身の一部とせよ。レインフォルジャー!」
私が腕に抱いているリズも、私が抱いて移動させながら魔法を発動させた。
その魔法が発動すると、災厄の上空に大きな紋章が出現し、その中からこれまた大きな氷の塊が現れ、降って来た。
首だけの災厄の移動方法は、頭に生えた触手達を伸ばして地べたを這いずっての移動となる。あまり速くは動けないけど、頭上に氷の塊が出現すると慌てた様子でその場を退避しようとし、だけど避け切る事は出来ずに降り注いだ氷の塊によって頭の3分の2ほどを潰され失った。
氷の下敷きになった部分から、赤い血と肉が周囲に飛び散り、同時に異様な臭いも周囲に飛んだ。
『キ、イィィ……』
災厄が、苦し気な声をあげた。無事な部分は少ないけど、でも無事な部分から肉が蠢きだし、再生が始まろうとしている。
そこへ、空を飛んでいる竜達から再び炎が吐かれた。灼熱の炎は、先程は効果が薄かったけど今度は蠢く肉を燃やして災厄の再生を阻止する事に成功している。
更には炎は延焼し、災厄を内側から燃やしていく事になる。
「さて……核はどこにあるんかな?」
炎が内側から噴き出す災厄に対し、サリアさんは容赦のない攻撃を加えた。見えない何かが災厄を殴り飛ばすと、もろくなった災厄の顔面は吹き飛んで周囲に更なる血と肉片を飛ばした。
飛んで行った肉片には、すかさずルレイちゃんが少し離れたところから矢を放って潰していっている。
そうしていくうちに、どんどん災厄が見る影もなくなっていった。
最後には小さな肉片となり、その肉片もまたサリアさんによって潰され、その全てがこの場からいなくなったのだ。
「……」
「……勝った、のか?」
あまりにも呆気のない終わりに、グラサイが信じられないと言った様子で呆然としている。サリアさんも、黙ったまま災厄がいた所を睨みつけて災厄が復活しないかどうか、警戒しているようだ。
私も、あまりにも手応えがないように感じる。これくらいの事で倒せるものが、この世界で災厄と呼ばれて多くの命を奪う事が出来るだろうか。
「──サリア様ー!」
周囲を警戒する私達の下に、サンちゃんやハルエッキ達がやって来た。グヴェイルや私達の後方に続いて来ていたと思われる魔族達も一緒で、どうやら災厄の殺戮に巻き込まれずに済んだらしい。良かった……。
「サリア様。災厄は一体どこに……?」
グヴェイルに尋ねられるも、サリアさんは先程まで災厄がいた血の跡を見つめ続ける。
ルレイちゃんやサリアさんが潰したものの中に、災厄の核があったのだろうか。それを偶然潰したから、もう災厄は復活しない。そうとも考えられる。
……いや、違う。絶対に、災厄はまだ倒せていない。私の勘がそう告げている。というか、嫌な気配がし続けている。この気配の正体は、間違いなく災厄のはずだ。
「ぐ、グハハハハハ!我らにかかれば、災厄などこのように──」
「違う!」
私は高笑いをあげるグラサイの声に負けじと、大きな声で叫んだ。
この世界に来てからの私の声量ランキングで、第一位を記録する声量でだ。
「災厄は、まだ生きてます!」
私がそう叫んだ時、地面が揺れ動き始めた。