分断
私達が災厄の近くまでやってくると、陣形に変化が表れた。後方の部隊が遅れ出し、私達からどんどん離れて行ってしまう。
よく考えればコレも作戦の内だった。災厄の殺戮……空を覆っている赤い光が、私達に降り注いで破壊の限りを尽くす前に、その範囲から逃れるために部隊を分断する。
今この時が分断のタイミングだと判断した村長さんが、指示を出したに違いない。
撤退する事によって災厄の殺戮から逃れようとする後方の部隊とは逆に、私達は災厄に接近する事によって災厄の殺戮から逃れなければいけない。災厄との距離はだいぶ縮まってはいるけど、手が届く位置にはない。
このまま早く、もっと近づいて、災厄の殺戮をやり過ごさないと……。
「シズ!空を見てください!」
リズに促されて空を見上げると、空を覆う光の中から、黒い影が出て来た。影はとてつもなく大きく、人の手の形をしている。まずは手が出てくると、続いて顔や方が現れ、上半身までもが出て来た。
「災厄の、欠片……?」
黒い影は、魔物を生み出す災厄の欠片と一致する。しかしラーデシュにいた、千切千鬼にとりついていた災厄の欠片よりも、遥かに大きな姿だ。
「降って来るぞ!全員急いで前進しろ!」
姿を現した災厄の欠片が、真っ逆さまの状態で空から降り注いでくる。私達はその落下に巻き込まれないよう、走って前進をして巻き込まれないようにするけど、後方は間に合いそうにない。
仕方がないので、誰かが指示して部隊が左右に開き、分断した所に災厄の欠片が降り注いだ。
凄まじい衝撃と轟音が巻き起こり、同時に土煙が巻き起こって私達の視界を奪う。
私はそんな衝撃に巻き込まれながらも、傍にいるリズの存在だけは見失わないよう、抱きしめながら事態が落ち着くのを待つ。
「ぎゃああああぁぁぁ!」
少し離れたところで、男の叫び声が聞こえて来た。
同時に土煙の中で何かが蠢く姿がぼんやりと見えて、衝撃音もした。叫び声はそちらの方から聞こえて来た。
直後に私達の方に何かが飛んできて、すぐそばの地面に落ちた。
見ると、それは誰かの腕だった。本来腕がくっついているはずの胴体の方は、ない。
更に何かが私達の上空を通り抜けて衝撃音がすると、土煙が晴れていく。通り抜けた物が衝撃と共に風を起こし、土煙を早めに吹き飛ばしてくれているようだ。
土煙が晴れて視界が良くなると、私達の前に巨大な災厄の欠片が立っていた。前のめりになり、その巨大な腕を振るって周囲の魔族達を吹き飛ばしている。その巨大な腕に当たってしまった魔族が、衝撃で体をバラバラにされて殺されてしまっている。先程私達の傍に落ちて来た腕も、この災厄の欠片に殺された者の一部だ。
「──……」
突如として目の前に現れた災厄の欠片による殺戮は、止まらない。まるで人が蟻でも潰すかの如く、その巨大な腕によって振り払われた仲間達の命が奪われていく。
幸いにして災厄の欠片がいるのは私達の後方だ。私達はこのまま前進する事が出来る。しかし後方の仲間達は完全に分断されてしまい、このまま私達が前進すれば確実に、あの災厄の欠片によって全滅させられてしまう。
全滅させられなくとも、このまま災厄の欠片に進路を塞がれ続ければ、災厄の殺戮で死ぬ。
「前進するぞぉ!皆の者ついてこい!遅れるなぁ!」
だけどグラサイは前進を続けるつもりのようだ。
私も先程は仲間を信じると決めた手前、そうしたい。けど、皆を助けたい。
「──グヴェイル!悪いけど、よろしく頼むわ」
「……」
サリアさんが、先導するグラサイについて行きながらグヴェイルに何かを頼んだ。
すると、グヴェイルは静かに頷いて走るのをやめる。それから後ろを向き、仲間に襲い掛かる災厄の欠片へと向かって駆け出した。
「後ろは気にしなくていい……」
「は、はい!」
私の横を通り過ぎる際に、グヴェイルが小さな声でそう声を掛けて来た。
どうやらグヴェイルは、あの災厄の欠片を倒しに行ってくれるらしい。災厄と戦う戦力は減ってしまうけど、仲間を見殺しにする訳にもいかない。
その想いは皆一緒だったようで、ちょっと安心した。というか、嬉しかった。
あちらはグヴェイルに任せておけば大丈夫だろう。
再び前を向き、駆け出した私達を止められる魔物はもういなかった。立ちはだかろうとする魔物はグラサイが蹴散らし、上や側面から私達を止めようとする魔物は、ハルエッキやサンちゃん達が倒してくれる。
「──うおおおおおぉぉぉ!災厄、覚悟おぉぉぉぉぉ!」
気付けば私達を止めようとする魔物はいなくなった。前方が開け、グラサイがスピードをあげて一気に災厄との距離を詰めていく。
突撃の勢いそのままに、災厄に攻撃を仕掛けるつもりだ。
「待ってください、グラサイさん!災厄に近づきすぎると、精神攻撃が──」
「グハハハハハ!」
リズが叫んで災厄の危険性を知らせようとするも、グラサイに届いた様子はない。
高笑いをあげながら災厄に突っ込んでいき、そして突然振り返った。
「うおおおおぉぉぉ!」
振り返ったグラサイが、猛然とこちらへと向かって突進を始めた。その目は白目をむいており、我を失っているように見える。
一体何が起きたのかというと、恐らく災厄によって操られているのだ。直前まで災厄を倒すために私達をここまで導き、先陣をきって災厄に攻撃を仕掛けようとしていたのに、この一瞬の間に彼の身に何かがおこってその殺意を私達へ向けている。
「災厄に近づくと精神攻撃があるから気をつけろ言うたのに、仕方がないなぁ。でもま、ここまでちゃんとうちらを連れて来てくれたし、許したるわ。という訳で竜族の皆の出番やで」
サリアさんの合図で、竜族の皆が一斉に竜の姿へと変身を始めた。ユリエスティも含めて、等間隔に配置されていた竜族の皆は、竜の姿になると同時に咆哮をあげながら飛び立ち、私達の上空で旋回を始める。
「せっかくの出番じゃ。妾もやるとするかのう」
私達に帯同していたユリエスティも、その姿を竜へと変貌させた。他の竜とは違い、一際大きく、そして美しい竜だ。
『オオオオオォォォォ!』
竜へと姿を変えたユリエスティが、早速咆哮をあげた。その咆哮は衝撃波を生み出し、正面から迫りくるグラサイを飲み込むと、グラサイの巨体が衝撃に負けてその場で止まった。
グラサイは膝から崩れ落ちつつも衝撃をその場で耐え抜くと、再びこちらを向いて来る。
その目は白目ではなくて、いつものグラサイの目に戻っていた。
「オレは一体何を……!?」
ユリエスティの咆哮により、グラサイの目が覚めたのだ。
「どうやら、竜の咆哮が災厄の精神攻撃に効くというのは本当の話だったようやねぇ」
「確証がなかったのですか……?」
「そりゃそうやろぉ。実際に試す訳にもいかんしな。けどグレイジャの予言が正しければこの選択に間違いはないはずやったから、試すまでもなかったわ」
「それもそうですが……危険な賭けですよ」
「ええやん。上手く行ったんやから」
「別に良くないとは言っていません。むしろ、さすがです」
「ふふ」
リズに褒められて、サリアさんが嬉しそうに笑う。
確証がなかったというのには私も驚いたけど、上手くいっているから本当にさすがだ。
「オレが先陣を切らせてもらうぜぇ!」
つい一瞬前まで災厄に操られていたグラサイの横を通り抜け、ルレイちゃんが弓を構えながら災厄との距離を詰めていく。そして弓の射程圏内に入ると、立ち止まって矢を引き、狙いを定めてから放った。
ルレイちゃんが放った矢は風を纏い、一直線に災厄へと向かっていく。意外にも、矢は途中で止められる事はなく、災厄の大きな顔面の額に命中した。
矢が風と共に災厄の額を抉っていくと、災厄の額が吹き飛んで風穴が開いた。
普通ならコレで私達の勝利となる。けど災厄という存在がこの程度で死ぬはずがない。
私の想像通り、というか、リズが懸念した通り、災厄に開いた風穴から赤い肉が蠢いて出て来て、一瞬にして再生してしまった。
私達は特段驚く事はない。災厄の欠片が核を壊されるまで再生するように、災厄もまた核を破壊しない限り再生し続けると想定していたからだ。
「リズリーシャの勘は正しかったようやなぁ。となると、核を潰さなあかんね。グラサイ。いつまで呆けてるつもりや?あんさんの敵はあっちやろ」
「も、申し訳ありません、サリア様!このグラサイ、まさかサリア様に敵意を向けてしまうとは、一生の不覚──!」
「どうでもええから、あっちを向いてな」
「は、はっ!おのれ、災厄!よくもこのオレを──」
『キャアアアァァァァァァ!』
グラサイは、サリアさんに言葉を遮られ、次に災厄にも言葉を遮られた。
災厄が甲高い叫び声をあげると、空を覆う光が根元である災厄から真っ赤に染まり、周囲を血の色に照らした。直後に、赤い光が地上に向けて落下を始める。
災厄の殺戮が始まったのだ。