表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/111

災厄の姿


 ガランド・ムーンの仲間達が、平原に整列して災厄の森の方を向いている。皆どこか緊張していて、あまり喋る人はいない。こんなに静かなガランド・ムーンは初めてだ。


「グハハハハ!ついにこの時が来たな!サリア様が災厄を倒し、この世界を災厄の恐怖から解き放つ時が来たのだ!」


 しかしグラサイは元気だ。相変わらず大きな声で、高らかにそう宣言している。

 その台詞を聞いて、周囲に笑いを漏らす魔族がちらほら見える。本人にその気があるか知らないけど、グラサイの声は周囲に元気を与えているようだ。


「……百年、か。長かったなぁ。最初はどうしたらええのか全くわからなくて路頭に迷っとったけど、ふと気づいたらグラサイが傍に居てくれるようになったな」

「当然です!サリア様になら、どこまででもお供します!」


 グラサイの隣にいるサリアさんが、感慨深そうに呟き、グラサイが大きな声で笑う。


「でもグラサイは頭が悪くて苦労したわー。うちが災厄を倒したいって言っとるのに、じゃあ今すぐ災厄の森へいこうの一点張りでな。話にならんかったわ」

「そ、それは……サリア様となら倒せる気がして……」

「でも、嬉しかったわ。うちにずっとついて来てくれて、仲間を集めただけじゃなくて鍛え上げてくれて、ほんまに感謝しとる」

「っ!」


 サリアさんの感謝の言葉を聞いて、感極まったグラサイの目に涙が浮かんだ。

 この2人は、長い間災厄を倒すために努力してきたのだ。その努力が報われようとしている今、この中の誰よりもこの瞬間に対する想いは強いのかもしれない。


「皆も、今までよう頑張って来てくれたね。災厄を倒すために強くなり、連携をとり、ずっと鍛錬を積み重ねて来てくれた。途中組織を抜ける者もおったけど、それでもうちにはこれだけの仲間が付いて来てくれて、最近では人間族や黒王族が仲間に加わって、その仲間が災厄討伐の肝である竜族も仲間に引き入れてくれた。うちは全ての仲間達を、誇りに思っとる。一緒に災厄を、倒そか」

『おおおおおお!』


 サリアさんの短い訓示を聞いたガランド・ムーンのメンバーが、それまでの沈黙を打ち破るかのように大きな雄たけびをあげた。

 雄たけびは大地を割らんばかりの声量で、ちょっとうるさい。けど、皆に元気が戻ってきたみたいで、やっぱりガランド・ムーンはこうでなくちゃと思ってしまう。

 私達はまだ仲間に入って時間が短いけど、そう思えるくらいには溶け込んでいる。


「ふ、はは!これからあの化け物に喧嘩を売ろうとしてるってのに、随分と元気な連中だね!……アンタも、アンタが集めた仲間は、本当に最高だよ」


 雄たけびの中で、ウプラさんが親し気にサリアさんにそう話しかけた。

 ウプラさんは、周囲の魔族達を見て上機嫌となり、笑っている。そして最後には感慨深そうに、ちょっとだけ真剣な表情になって皆を褒めた。


「そうは言うけどな。うちはウプラと、ウプラが連れて来てくれた子達も最高やと思うで?うちは竜族と長年交渉してきたんやけど、なんの返答もなくてむしろ喧嘩になりそうになってな?もう打つ手がないって時にウプラ達がやって来てくれて、そして竜族を仲間にして連れ帰って来てくれた。こんな奇跡あるか?てくらいのタイミングやったで」

「奇跡なんてない。全てはグレイジャが予言した通りじゃないか」

「ふふ。そうやね。……それじゃ、皆陣を組もうか。エルフの援軍はまだ着いてないから、少しだけ作戦を変えるけど問題はないよ。うちらだけで、災厄を倒す。ええね」

「聞いたな、貴様等!陣を組むぞ!エルフの援軍は着いていないので、少しだけ変更があるが問題はない!各自隊長に従って動き、己に課された役割を果たせ!良いな!?」


 サリアさんの指示を、グラサイが大きな声で復唱して飛ばした。グラサイの大きな声は、遠くまでよく響くから凄いと思う。


「リズリーシャ。シズ」


 私達の下へ、村長さんがやって来た。

 2人で彼女を出迎えると、突然私達2人纏めて村長さんの両手で抱きしめられる事になる。


「う、ウプラさん?」

「実を言うと、アタシも災厄を倒す事が夢だったんだ。けどグレイジャの予言にアタシの名が出てこない事にイジけて、小さな村に引きこもるようになっていた。アタシをあの村から連れ出してくれたアンタ達には、感謝してるんだよ」


 耳元で、村長さんが振り絞るような声で私達に感謝の声を聞かせてくれた。

 思えば、リズと共に村長さんの下を訪れて、あの小さな村を出てから随分と時間が経過した気がする。ずっと一緒にいて、最初は苦手意識を持っていた村長さんも、今では大好きな存在となっている。

 村長さんが褒めて頭を撫でてくれて、村長さんが笑い、村長さんが作ってくれるご飯を食べると、それだけで元気が出た。村長さんは私にとって、リズと同じようになくてはならない存在となりつつある。


「……私も、ウプラさんと出会えて良かったです。私達をここまで導いてくれて、ありがとうございました」

「わ、私も。村長さんのご飯、凄く美味しくて……た、楽しかった、です」


 私とリズも、村長さんの抱擁を抱き返す事で受け入れる。2人で感謝の言葉を述べると、村長さんの手が頭に伸びて来て撫でられた。


 その手があまりにも暖かく……私はお母さんの事を思い出してしまった。本当のお母さんの方である。

 前までは、思い出すだけで辛くなった。お父さんとお母さんは、私を置いて行ってしまったから。家族は裏切り、私の前から姿を消してしまった。新しく出来た家族は私を虐げる存在で、だから家族なんかいらないと思っていた。


 でもこの世界に来てから多くの家族に触れて、私の考えを改めさせられた。

 特に、私を家族のように大切に想ってくれるリズと、私を可愛がってくれる村長さんから与えられた物は大きい。

 私はこの世界で、新しい家族を手に入れた。


 だから、もう大丈夫。お父さんとお母さんとの思い出を、解き放とう。もう幸せだった頃の思い出を閉じ込めておく理由はない。


「そうかい?それじゃあ災厄を倒したら、お祝いにまたアタシが飯を作ってやるよ。て、それじゃあいつも通りだね……」

「た、食べたい、です!」

「私も食べたいです。ウプラさんのご飯は、何よりのご褒美ですから」

「ふ。それじゃあ、腕によりをかけて作るとするよ。だから、頑張るんだよ!」

「「はい!」」


 私とリズは、声を合わせて村長さんに返事をした。


「り、リズリーシャ様。オレとも……」


 ふと気づくと、ウォーレンが近くに立って抱き合う私達を見つめていた。そして手を広げてリズに抱擁を求めている。

 私はそんな彼とリズの間に立ち、彼を強く睨みつけた。


「ひっ。じょ、冗談だよ!本気にすんなよ!」

「お前はサリア様みたいな美人に素っ裸で抱かれたから、良いじゃねぇか。オレなんてもう数十年女を抱いてねぇぞ」


 ウォーレンの隣には、おじさんも立っていた。こうしてみると、2人とも初めて会った時よりも少し逞しくなった気がする。


「それは酒に酔ってたからよく覚えてねぇんだよ……」

「もったいねぇなぁ……。て、こんな事を話しに来たんじゃねぇ。オレ達は後方部隊だからあんま危険じゃねぇけど、一応挨拶をしとこうと思ってな。オレ達は村長に無理やり村から連れ出されて、気づけばこんな所で災厄と戦おうっていう連中の仲間入りを果たし、こうして最後の戦いにも参加しようとしてる。ま、最初はアレだったが、なんやかんや楽しくやらせてもらってるから、この戦いでどうなろうと後悔はない」

「オレもだ。ここの連中はすげぇいい連中ばっかで、仲間として一緒に過ごせて……その……楽しかった。だから!ぜってぇに災厄を倒してくれ!」

「アンタ達はなーんかしまらないねぇ。でも、ここまで付いて来てくれたアンタ達にも、アタシは感謝してるんだ」


 村長さんはそう言うと、2人の方へと歩み寄っていき、そして私とリズにしたのと同じように抱きしめた。


「災厄は、絶対に倒します。ウォーレンさんとカークスさんも、気を付けて」


 村長さんに抱きしめられている2人に向かい、リズが力強く答えた。私も2人に向かって頷いて答えると、2人して親指をたてて笑顔を見せてくれた。


 私達と村長さん達とは、配置される場所が違う。

 ウォーレンとおじさんは後方部隊で、主に物資の補給等が役割なので危険は少ないはず。

 村長さんは強いけど、すぐに腰を痛めてしまうから中盤の方に配置される。また、災厄の殺戮に巻き込まれないよう、部隊を二分するタイミングを計るという重要な役目もある。

 それはたぶん、村長さんにしか出来ない役割だ。

 私達は私達で、災厄を倒すという役割がある。陣の前線に配置され、魔物は相手にせずにただただ災厄を倒すために突っ走る。

 災厄と直接戦うメンバーは、私とリズに、ルレイちゃんとグヴェイルに、竜族のユリエスティも同行する。それに加えてサリアさんもいるのだから、負ける気がしない。

 他の竜族は各隊にちらばるように配置され、災厄からの精神攻撃に備える予定だ。


 予定通り、縦長の陣を組み終わると後は災厄を迎え撃つだけとなる。


「シズさん。リズリーシャさん」


 前線の方で、他の魔族に囲まれるようにして待機している私達の下に、小さな身体のハルエッキがやって来た。


「ハルエッキさん」

「こ、こんにちは……」

「自分は魔物達からサリア様達を守り、災厄との戦いに送り出す役割を担う事になっています。貴方達は、自分達の夢を乗せています。だから……この命に代えても魔物達から貴方達を守ってみせるので、どうか災厄を倒してください」

「勿論です。そのために私達はここにいるのですから」

「よろしくお願いします!」


 ハルエッキはそれだけ言うと、最後に頭を下げて去っていった。

 去っていったその先には、サンちゃんがいた。


「うちも、ハル君と一緒に皆の事を守るからよろしくっす!」


 そう言い残して去っていく2人に、私は軽く手を振っておいた。


 災厄は、依然としてゆっくりとこちらへと向かって移動している。その光が森の外へと出て来た時、私達は災厄へと向かって突撃を開始する。

 緊張してきた。でも、リズと一緒だから大丈夫。また、リズと同じ夢を抱く人が周りに大勢いるのも心強すぎる。


 やがて、災厄の森から天へと上る災厄の光が、木々をなぎ倒しながら出て来た。その光の出所を見て、私は鳥肌がたった。


 災厄の光は見た事があるけど、その光の出所を見るのはコレが初めてとなる。その光の中には、大きな人の首があった。生気を感じさせない、陶器のような材質の生首だ。頭には髪の毛の代わりに、無数の触手が生えている。光は生首を包み込むように発せられていて、その光の中にいる生首を守るかのように展開されている。

 あまりにも、不気味な姿。これが災厄と呼ばれるものの正体。


 その姿を見て、ガランド・ムーンの皆から一瞬ざわめきが生まれたけど、一瞬だけだ。どれだけ不気味な姿だろうと、私達はアレを倒しに来たのだから。姿を見ただけで臆している場合ではない。


「──行くぞ!コレが我らガランド・ムーンにとって、最後の戦いとなる!心せよ!」


 災厄が森から出て来たのを確認したグラサイの合図で、周りの皆が前進を始めた。


 災厄との戦いが、こうして始まったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ