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移動開始


 勝負は滞りなく終わり、私の勝利となった。

 グヴェイルと戦った後、やっぱり妾も戦うとか言い出したユリエスティとも少しだけ戦ってあげて、いい汗を流す事が出来たと思う。

 ちなみに勝負の結果は、私の勝利だった。


「お疲れ様です、シズ」


 一勝負終えると、リズがそう言って私の頭を撫でながら労ってくれる。


「……シズ、強い。怖い」

「……シズさん、強すぎっす。怖いっす」


 一方でたった今勝負を終えたばかりのユリエスティと、サンちゃんが私の方を見て震えている。戦いたいとせがまれて普通に戦っただけなのに、怖がられると何だか心が痛んでしょんぼりとしてしまう。


「二人とも失礼ですよ。シズがショックを受けているじゃないですか」

「あ、えと、ごめんなさいっす!シズさんが可愛いっていうのは分かっているんすけど、グヴェイルにーちゃんを素手で倒しちゃうなんて思ってもいなくて……」

「妾もだ。まさか素手で鱗がはがされるとは思ってもみなかった。痛い」


 ユリエスティの頭には、大きなたんこぶが出来ている。そのたんこぶを作ったのは私で、鱗に傷をつけてみよと挑発されたから殴ったら、出来てしまった。


「ご、ごめんなさい……」

「まぁよい。ただのたんこぶじゃし、それに殴るよう挑発したのはこの妾だ。お主は悪くない。しかしお主、本当に強いのう。もしや災厄よりも強いのではないか?」

「えー……」

「ふふ。そうかもしれませんね」

「あり得るっす!」


 ユリエスティの冗談に、リズとサンちゃんが乗って笑った。


 冗談だとは分かっているけど、そこまで強いものと比較されると、言われた本人としては困ってしまう。


「……シズさんの強さは分かったけど、いつかはシズさんよりも強くなる。また手合わせしてほしい」

「は、はい」


 返事はしたけど、私の名前の後に『さん』が付けられた事に違和感を覚えた。確かグヴェイルは、私の事を呼び捨てでシズと呼んでいたはず。それが勝負を終えて敬称がついて呼ばれるるようになってしまった。

 グヴェイルは先程は満足げに笑っていたけど、今はもう笑っていない。無表情で、しかしその目の奥には復讐の炎を覗き見る事が出来る。

 彼は本気で、今よりももっと強くなる気だ。きっと負けたのが悔しいのだろう。私の名前に敬称をつけるようになったのも、悔しさからきているのかもしれない。気持ちはよく分かる。私も割と負けず嫌いな方だからだ。


 彼は私の返事を聞くと、満足げに頷いた。


 その時、私はおかしな気配を感じて振り返った。何かが私の方を見た気がする。湖で、ランギヴェロンが私達を盗み見ていた時と似たような感覚だけど、不気味さがそれを凌駕している。

 この感覚の正体を探して私が視線を向けたのは、災厄の森だった。


「……」

「シズ?どうかしましたか?」


 すぐに私の異変に気付き、リズが私と災厄の森を交互に見ながら尋ねて来る。

 森に、今の所変化はない。でも嫌な予感が止まらない。


「……む。風がやんだ?」


 ユリエスティが、その異変に気が付いた。


 先程はユリエスティがあげた咆哮により、一瞬だけこの場の風がやんだけど、今はそんな規模ではない。ユリエスティの咆哮もないのに、風がやんで静まり返っている。

 不気味な静けさに包まれた平原に、私達も静まり返ったままこの変化の正体を探ろうとすると、それはむこうから姿を現した。


 突然、災厄の森から天に向かって一筋の光が上がった。それは間違いなく災厄の光だ。あの光の下に、災厄がいる。その光を見るのは二度目なので、分かる。


「さ、災厄……!」


 サンちゃんが身震いしながら、呟いた。私もちょっとだけ怖いけど、リズの手を握ってその恐怖心を吹き飛ばす。リズも同じように私の手を握り返すと、恐怖を感じさせない強い目で災厄を見つめた。


「呆けている場合ではないぞ!コレは災厄が動き出す前兆とやらではないのか!?」

「でもまだエルフの応援が来てないっすよね!?ガランド・ムーンだけで災厄を倒す事が出来るんすか!?」

「応援なんてアテにしてたら、災厄は倒せない。サリア様はそういう事態も想定して作戦をたてているはず。だから、大丈夫」

「に、にーちゃん……」


 慌てふためくサンちゃんを、兄のグヴェイルが頭を撫でながら落ち着かせるように、柔らかな声でそう言った。

 グヴェイルの言う事はその通りで、もしも応援が来なかった時の対応はちゃんと話し合われている。リズ達が話し合っているのを私はしっかりと聞いていた。まさか本当にそうなるとは思っていなくて、内容はよく覚えていないけどね。


「とにかく戻るぞ!」


 駆け出したユリエスティについて、私達も駆け出した。恐ろしい光に背を向け、向かうのはサリアさん達の下だ。

 私達に習い、遠くで私達の戦いを見つめていたガランド・ムーンの人達も、慌てて各自の持ち場へと向かって駆けていく。


「──ウプラさん!」


 私達はサリアさん達がいる、イデルスキーさんの家の前へとやってきた。その家の前で村長さんが立って災厄の森の方を見つめていた。

 リズが名を呼ぶと、ゆっくりと私達の方を向く。


「リズリーシャか。そんなに慌ててどうしたんだい」

「どうしたもなにも、災厄が光を……!」

「ああ、そうだね。災厄が動き出す前兆かもしれない。だからこそ、冷静になりな。これからアレと戦うかもしれないんだから、冷静になって、いざという時にしっかりと的確な判断ができるように準備しておくんだ」

「は、はい……」

「中でサリアとイデルスキーが話してるはずだ。気になるなら入りな。アタシはもう少し、ここで災厄の光を見とくよ」


 村長さんにそう言われると、リズが家の中へと入っていく。私もそれに続いた。


 それにしても、今の村長さん。なんだか妙にしんみりしていた気がする。しんみりというか……思いたくはないけど、災厄を見てちょっと怖がっていた気がする。

 まぁいくら村長さんが凄い人でも、怖いものくらいある。というか災厄を怖がらない人の方がこの世界では少数だ。村長さんなりに、何か想う事があって災厄を見つめているのだろう。

 そう思う事にして、私は建物の中に入った。


「サリア様。災厄は……?」


 建物の中では、サリアさんがイスに座りながら飲み物の入ったコップを手にし、足を組んで窓から災厄の光の方を見つめていた。同じようにイデルスキーさんもイスに座って飲み物に口をつけながら窓の外を見守っている。


「んー……」


 リズに質問されたサリアさんが、イデルスキーさんの方を見た。


「今はまだ、なんとも言えませんな。ああして災厄の光が発せられる事は、よくありますので。勿論災厄が光を発したという事は、移動を始める予兆とも言えるので注意は必要です」

「だそうや」

「……」


 私はその返答に、納得がいかない。

 私の心臓の鼓動は早まり、嫌な予感が止まらない。背筋がゾクゾクとして、ずっと誰かが──いや、災厄がこちらを見ている。そんな気がするのだ。


「シズ。なんや深刻そうな顔しとるね」

「シズ?」


 サリアさんにそう話しかけられた。リズも心配そうに私の方を見ている。

 ここは私が感じている事を、正直に話すべきだろう。


「い、嫌な予感がする、んです。災厄がこっちを見ているような気がして……」

「こ、怖い事言わないでほしいっす……」


 私の台詞を聞いて、サンちゃんが怖がってしまっている。グヴェイルは真顔で、私と災厄の森の方を見比べていて、何を考えているのかよく分からない。


「イデルスキーはんは、どう思う?」

「ふむ……。黒王族にしか分からない、何か特別な気配を感じているのかもしれませんな。貴女がそう感じるというなら、もしや災厄はこちらにやって来るのでは?」

「……」


 全員で、改めて災厄の方へと目を向けた。

 すると、災厄の光が移動し始めている事に気が付いた。移動先は、こちらの方だ。ゆっくりとだけど、確実にこちらに向かって来ている。

 それを目にしたサリアさんが、コップを机の上に置くと徐に立ち上がった。


「休憩は終わりみたいやねぇ。サンリエフ。グラサイを呼んで来てもろてええ?」

「は、はい!」


 サンちゃんは指示を受けると、家を飛び出していった。グヴェイルもそれについて行ってしまった。


「イデルスキーはんは、避難を。ここら一帯は戦地になりそうやからなぁ」

「いえ。私はここで、あなた達の戦いを見守らせていただきます。災厄の最期を、この目で間近に見たいのです」

「ええけど、命は保証せんよ?」

「もう十分生きておりますので、覚悟はとうに出来ておりますよ。……皆さんのご健闘を、お祈りしています」


 イデルスキーさんもイスから立ち上がると、サリアさんの前で跪いて頭を下げた。


 慌てる必要はなかったはずが、一気に慌ただしくなってきた。これから、ついに災厄との戦いが始まろうとしている。


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