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面白い兄妹


 穏やかな時間が過ぎていく。災厄に動く気配はなく、静かに、風の音だけが響き渡るこの大地で、私達はのんびりと過ごしている。


 周囲には、暇そうに昼寝している魔族がよく目立つ。一応腕がなまらないよう、皆剣を振るったりランニングをしたりと訓練はしているけど、これじゃあまるで遠足だ。

 皆それぞれで、相当な覚悟を持ってやって来たはずのこの地で、だらだらと過ごす事になるとは思いもしなかっただろう。


「……」


 しかしその中で、リズは毎日災厄の森を眺め続けている。災厄の異変を見逃さないという気概をそこに感じる。


 災厄の森は、昼間も夜も薄暗い雲に包み込まれ、時に雷が光って見える。雨が降っている訳ではないので、自然現象ではなく何かの要因によってその場の天候が固定されているのだ。

 言うまでもなく、要因とは災厄の事だ。


「ふあ……。しかし退屈じゃな。こう毎日平和だと、これから災厄と戦おうとしている事を忘れてしまいそうじゃ。コレは士気に関わるのではないか?」


 平原の真ん中で日に当たりながら、心地良い風に煽られるとどうしても眠くなってくる。ユリエスティは大きな欠伸をしながら草の上に寝転ぶと、空を仰ぎながらそう呟いた。

 私も真似して寝転がって見ると、コレは気持ち良い。


「そうかもしれませんが、こちらからあそこに向かう訳にもいかないでしょう。この大勢を引き連れて身動きの取りづらい森の中で災厄と戦うなど、愚の骨頂です」

「そうかもしれんが、退屈じゃあ。何か面白い事はないのか?」


 草の上をゴロゴロとして転がりながら、ユリエスティが私の横にやって来た。そして私の腕を枕にしてねだるように面白い事を所望してくる。

 そんな事を私に言われても困る。私はエンターテイナーでもなんでもないのだから。


「早く災厄がやって来てほしいという気持ちもありますが、しかしエルフの軍勢がまだここへ辿り着かない事が気になります」


 エルフの軍勢もまた、災厄との戦いに駆け付けると、サリアさんが言っていた。ここで合流する予定のはずなのに、一向にここにやって来る気配がない。

 何かここへ来れない理由が出来たか、災厄が怖くて逃げだしたか……。ちょっと考えてしまうくらいの時間が経過している。


 リズはそんな懸念を口に出しながら、ユリエスティが使っている方と反対側の私の腕を枕にして寝転がって来た。

 昼間は気を張って災厄を眺めているリズだけど、たまには気を抜く時間もある。さすがに何の変化も見せない災厄を、いつまでも眺めてなんかいられないからだ。


 美少女2人に囲まれて、草の上で寝転がる私。こんな幸せが毎日続いてしまっているからこそ、気が緩んでしまいそうにもなる。


「あ。ミミズ」

「ひっ」

「いたっ!?」


 私は耳元で囁かれたユリエスティの言葉を聞いて、飛び上がった。

 枕にしていた私の腕が勢いよく引き抜かれた事により、2人が地面に頭を打ち付けてしまう事になる。

 でも私はそんな2人に構う事なく、その場から急いで離れさせてもらう。もしここでミミズを見てしまったら、今後3日間は落ち込んで災厄と戦えなくなってしまうからだ。


「お、おい、突然どうしたのじゃシズ。痛いではないか」

「いたた……。シズはミミズが苦手なんですよ。だから、気を付けてあげてください」

「まさかあの黒王族が苦手な物が、ミミズとはな……」


 黒王族が苦手な物ではなく、私が個人的に苦手なだけである。

 仕方ないんだよ。この世界に来てから強くなり、男の方にはだいぶ耐性がついてきた。けどミミズは無理だ。どれだけ強くなっても、あの気持ちの悪い姿を見ただけで身の毛がよだつ。いや、想像しただけでもう無理だ。


「──シズ」

「ひぃ!?」


 ミミズに気を取られていたせいで、私は完全に油断していた。そこへ背後から低い声が私の名前を呼んできたものだから、驚いて悲鳴をあげてしまう。

 慌てて振り返ると、そこには男が立っていた。糸目で、目が開いているのか閉じているのか分からない男。グヴェイルである。

 私はグヴェイルからすぐに距離を取って、リズの背中に隠れた。不意のミミズから、不意の男を相手にするのは私には少し荷が重すぎる。


「こんにちは、グヴェイルさん。シズに何かご用ですか?」

「手合わせを願いたい」

「手合わせ、ですか?シズと?」

「そう。災厄との戦いを前に、自分の力が黒王族にどれだけ通用するのか……試させてもらいたい」

「だそうです」


 手合わせ、か。そう言えば前に、私と手合わせがしたいとか言っていた気がするな。あの時は冗談というか、挨拶みたいな感じで受け取っていたけど、本気だったようだ。


「にーちゃん、ちょっと待ってよ!うちも一緒に行くって言ってるのに、一人でどんどん行かないで!」


 とそこへ、大きなおっぱいを揺らしながら、遅れてサンちゃんがやってきた。


「皆さん、こんにちは。えっと、にーちゃんから話は聞きいたっすか?」

「こんにちは、サンリエフさん。シズと手合わせがしたいというお話ですよね?」

「そうっす!にーちゃん自分でちゃんと言えて偉いっすね!」

「……」


 サンちゃんに褒められて、グヴェイルがちょっと嬉しそうにしている。自分でお願いが出来て偉いねと、妹に褒められる兄……。ちょっと面白い。


「それで、どうっすか?にーちゃんシズさんの強さに興味があるみたいで、シズさんの事を想うと右手がうずくとか言ってるんすよ」


 それだけ聞くと、まるで中二病である。というか私の事を想うとうずくと言われると、少し気持ちが悪い。


「い、いいです、けど……」

「ありがとうっす!良かったっすね、にーちゃん!」

「……」


 グヴェイルが頷いて、たぶん嬉しそうにしている。

 私と戦える事が、そんなに嬉しいんだ……。


「まぁ待て、シズ」

「ユリエスティ……?」

「妾も最近竜の姿になっておらんので、少々なまっていてな。ここは妾がこの男と戦わせてもらってもよいか?」


 そういえば、ユリエスティの竜の姿って見た事ないな。一体どんな姿で、どんな風に戦うのかちょっと見てみたい。


「……」

「そう不満そうな顔をするでない。その戦いの結果、勝った方がシズと戦うという事でどうじゃ。妾程度の者に勝てぬ者がシズと手合わせを願うなど、おこがましいからな」

「……」


 グヴェイルは静かに頷くと、ユリエスティの申し出に同意した。

 こうして私が戦う前に、ユリエスティとグヴェイルが戦う事になった。私はシードで、2人の戦いの勝者と戦う事になる。


 そして、キャンプから少し離れた場所へとやって来た。思い切り戦えるだけのスペースがこの平原には有り余っている。

 皆には、これから手合わせをするから、少し騒がしくなるかもしれないと言い残してある。だからそちらを気にする必要もない。


「……では、竜の姿にならせてもらうかのう」


 グヴェイルと対峙しているユリエスティが、そう呟くと彼女に変化が表れた。彼女の身体が光り輝き、その体が大きくなって変形していく。やがて光が収まると、ユリエスティは黄金色の竜の姿へと変貌していた。その輝きは、ランギヴェロンに負けず劣らず美しい。けれど、ランギヴェロンと比べるとサイズは小さめだ。山で戦ったオスの竜程の大きさだろうか。ただ、オスの竜と比べると牙や爪が長い。それから尻尾も細く長く鱗が突起のようについていて、振り回すと武器として機能しそうだ。


「さ、さすが竜族っすね。あんなに小さくて可愛い子が、こんな姿に……」


 サンちゃんが、竜の姿となったユリエスティを見て少し怖がっている。

 人の姿のユリエスティと比べると、確かに凶悪そうだ。でもなんか目がつぶらで、私の目には可愛げがあるように映ってしまう。まぁそれはコレがユリエスティだと知っているからだろう。


『準備は良いか』

「いつでも」


 グヴェイルは静かに、両手を腰につけた2本の短い刀に添えて構えている。


「それでは、私が合図をさせていただきます。……はじめ!」


 リズがゆっくりと手をあげ、合図と共にその手が振り下ろされて戦い開始の合図となった。


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