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勇者の結末


 あの日、あの時、この場所に到達した村長さん達一行の前で、グレイジャ・ユーリストはこう言った。


『災厄が倒されるのは、今この時じゃない。今からおおよそ百年後。サリアが中心となって集めた精鋭部隊が、災厄を打ち滅ぼす』


 長い修行の旅を経て、最後に災厄と戦ってその旅を終わらせようとしていた者達がその台詞を聞いたら、どう思うだろうか。

 それこそ、死ぬのが怖くなって逃げ出そうとしていると思うだろう。実際サリアさん達はそう思い、皆で彼を責めたらしい。怖気づいた臆病者として罵られ、しかしそれでも彼はその意見を曲げる事はなかった。


『災厄によって、この地は特別な力で溢れている。その力と、オレの魔力が合わさって災厄を倒すための道筋を示した。オレは、未来を視た。その未来を得るために、オレ達はここで災厄と戦うべきではない』


 最初は責められたグレイジャ・ユーリストだけど、話を聞けば彼が嘘をついているようには思えなかった。必死な様子の彼に諭され、説得される事により、村長さんとサリアさんは災厄との戦いを断念した。

 しかし残りの3名は、最後までグレイジャ・ユーリストと、残る事を決意した村長さんとサリアさんを臆病者と罵りながら、災厄との戦いに挑む事となる。

 こうして長い時間を共に過ごし、災厄討伐を目指した仲間達は喧嘩別れをする事になってしまった。


 災厄に挑んだ勇者たちの結果は、惨敗。

 だけど、勇者ケイルペインは帰って来た。帰還した彼は大怪我を負い、しかしそれ以上に精神を消耗している様子だったという。

 帰還した彼は、別れる前に臆病者だと罵ったかつての仲間達に、つぶさに戦いの詳細を伝えた。その情報は、この世界に生きる者が初めて災厄に接近し、命を賭して戦う事によって得る事が出来た、貴重な物だったという。

 それが、災厄の精神攻撃に関しての情報だ。少数である事を活かし、機動性を活かして襲い来る魔物達を倒しながら、ついには災厄本体に辿り着いた勇者一行は、災厄によって精神を攻撃され、頭が狂い、仲間同士で攻撃を始めてしまったという。

 勇者ケイルペインは、仲間を敵と誤認し、そしてその手で仲間の命を奪った。

 かつて災厄に挑み、帰って来た者はいない。今までもその精神攻撃によってやられた者が、いたかもしれない。けれどその情報が持ち帰られる事はなかった。それは災厄に挑んだ者は、もれなく全員死んでいるからだ。

 ケイルペインは、まずそれをどうにかしなければ災厄が倒される事はないと考え、それで命からがら帰還してその事を村長さん達に伝えたのだ。


 その後、彼はほどなくして命を落とした。負った怪我は重傷ではあったけど、命を奪うほどの物ではなかった。怪我よりも、その手で仲間の命を奪ってしまったという罪悪感と、災厄によって受けた精神攻撃によって眠りにつく事が出来なくなり、やがて憔悴して失意の中で死んでいったという。


 実は、そうなる事もグレイジャ・ユーリストには分かっていた。未来を視たという彼は、勇者ケイルペインが災厄に負け、帰還する事を予言していた。

 どうして彼らが発つ前にそう言わなかったのかと村長さん達に責められると、彼はこう言った。


『ケイルペインが帰還し、もたらした情報も、将来災厄を倒すための道筋の一部だ。オレが視た未来をお前達に詳細に語れば、未来が変わってしまう。せっかく災厄を倒すための未来に向かう道にオレ達がいるのに、その未来を失う事になる。だから、黙った。それにオレの言う事を、ここを発つ前のアイツ等が聞いてくれるとは思えない……。結果は、変わらない』


 彼はその後、自分が視たという未来についての発言は避けるようになった。


 そして現代となり、彼が予言した災厄を倒す未来が訪れようとしている。彼の予言である百年後よりは少し後退し、時間がかかっているようだけど問題はない。サリアさんは彼が予言した通り、部隊を集めた。この百年間、サリアさんは本当に努力したらしい。たった一人から仲がそれほど良くなかった魔族と交渉し、仲間を集め、鍛錬も怠らずエルフの族長にまで成り上がった。今では人間と、黒王族。それから、どうしても仲間に引き入れる事が出来なかった竜族も仲間に加わり、精神攻撃についての対策も整った。


 準備が整った今、サリアさんが集めた精鋭によって災厄が倒されようとしている。


「災厄を倒すのは、サリアが集めた精鋭たち。それ以外アタシ達は知らされていない。サリアは律義に百年もかけて仲間を募り、グレイジャの予言に名が出て来なかったアタシは田舎で腐り果てようとしてたって訳さ」

「ウプラを変えたのは、リズリーシャとシズやね?」

「そう。グレイジャはグレイジャで、自分の研究成果を孫娘であるリズリーシャに受け継がせていた。処刑される前に災厄によって町が破壊され、アタシの所にやってきたリズリーシャと、そしてシズを見て、この二人は絶対にサリアの所に連れて行くべきだと思った。予想外だったのは、サリアの所に来たら昔の血が騒いじまったって事だ。二人を届けたら帰ろうと思っていたのに、サリアはそれをよしとしない。昔の友が、アタシの力を欲して一緒に戦って欲しいだなんて、目の前で頼まれたら残るしかないだろう。それでこうして、ここに戻って来ちまった」

「ウプラは災厄を倒す者の中に名が出て来なくて、アレから拗ねてしもうとからなぁ」

「アタシだって災厄を倒すために修行を積んで来たんだ。それなのに災厄を倒すのはアタシじゃなくて、サリアだと聞かされていい気分じゃないよ」


 思い出話のように会話を繰り広げる2人を前に、リズが固まってしまっている。私の手を握ったまま、呆けている訳ではないけど黙り込み、何かを考えているようだ。

 もしかしたら、過去との祖父との会話で何か思い当たる節があるのかもしれない。2人の思い出話を聞きながら、リズもまた自分の思い出を探って未来がどうのという会話内容の確証を得ようとしている。んだと思う。

 だって未来を視る事が出来るとか、あまりにも突拍子のない話だし。


「そのグレイジャっていう……リズリーシャのじーちゃん?は、本当に未来を視たのか?」


 ルレイちゃんは、疑う訳じゃないけどという様子で、リズの様子を伺いながらサリアさんに向かって尋ねた。

 ルレイちゃんが気をつかうなんて、珍しい。


「グレイジャは嘘を吐くような人間じゃないし、彼はうちらに未来を証明して見せた。更に、うちらが本当に災厄を倒す事が出来れば、その力がまた証明される事になる」

「そりゃそうだけどよ……」

「アンタの気持ちは分かるよ。けどそこは、グレイジャじゃなくてアタシ達を信じろとしか言いようがない」

「……サリアばーちゃんと、ばーさんの事は信じてる。分かったよ。グレイジャの事に関してはもうぐだぐだ言わねぇ。そいつが災厄に負ける未来を視たってならともかく、倒す未来を視たってなら信じてやる」


 まるで、前の世界にいた時に見た、朝の占い番組のようだ。良い結果だけ信じ、悪い結果は信じない。

 でも私も、災厄を倒す未来を視たというならそれでいいと思う。これから災厄を倒しに行こうとしている私達にとって、その予言は大いに励みとなる。


「グレイジャ・ユーリストたる人物の事は、分かりかねる。しかしオレもルレイと同じ意見だ!サリア様の事は、心の底から信じている!サリア様がそうだと言うなら、そうなのだろう!グハハハハ!」


 グラサイが、声高らかにそう宣言し高笑いをあげた。


「……しかし大勢を集めましたな。私は前のように、数人程でやってくるとばかり思っていましたよ」


 イデルスキーさんが、感慨深そうに周囲を見渡した。周囲にはガランド・ムーンの軍勢がズラリと並んでいる。


「仲間を募って各地を歩いていたら、いつの間にか増えてしもてなぁ。後からエルフの軍勢も来る予定やで。作戦については後で説明するけど、決戦の場はこの平原となる予定や」

「エルフの軍勢……。まさに、世界の行方を左右する決戦ですな」

「そんな大袈裟なもんやないよ。うちらはただ、夢を叶えに来ただけや。災厄のいない世界。途方もない夢やなぁ」


 それは、リズの夢でもある。私もその夢を実現させるためにここへやって来た。他の皆もそうだ。サリアさんが集めた、同じ夢を持つ者の集団。それが私達、ガランド・ムーンである。


「皆さんの健闘を祈願して、この後皆さんの歓迎会を開きたいと思っています。と言っても、我々の物資は少なく、サリア様やウプラ様にお酒を振る舞う事くらいしか出来ませんが……」

「いいね、酒!分かってるじゃないか、イデルスキー!」

「まったく、しゃあないなウプラは。ま、そうやね。移動続きで皆疲れてるやろし、少しくらいはええかもね」


 イデルスキーさんの、お酒という言葉に村長さんが食いついた。

 でもウプラさんの言う通り、移動で皆疲れているだろう。今日くらいは休みの意味もこめて、皆で楽しく過ごせれば皆の癒やしにもなるはずだ。


 来るべき災厄との戦いを前に、皆で騒ぐのも悪くないだろう。


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