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百年ぶり


 リズの唇は、とんでもなく柔らかかった。そしてとても美味しかった。

 その味も、感触も、今まで口にしてきたどんな物でも適わない。リズは、世界一美しく、そして美味しい。私の中でそう決定した。


「えへ、えへへ……」


 その唇の感触を思い出すだけで、笑いが止まらない。

 あの感触を思い出すだけで、ご飯三杯は行けるんじゃないだろうか。本気でそう思う。


「なんや、シズ。えらいご機嫌やな。良い事でもあったん?」


 リズと手を繋ぎながらサリアさんの所へとやって来ると、早速そう指摘された。


「え、えへへ……」

「なんかいつもよりも気持ち悪くなってねぇか?」


 サリアさんに笑いで返すと、ルレイちゃんが引き気味でちょっとだけ酷い事を言ってくる。

 失礼だな。でも笑いは止められない。もしかしたら私はリズの唇の魔力に、精神を犯されてしまったのかもしれない。


「サリア様。この方が……?」

「そう。黒王族の、シズ」


 恐らくは近くの建物の家主と思われる、初老の魔族の男が、私の顔を見ながらサリアさんに尋ねて、サリアさんはそれを認めて頷いた。


 その返答を聞いて、他の魔族の人達から少しだけのどよめきが生まれる。彼等もまたこの建物関連の人達だと思う。でも目の前の初老の男は驚いた表情を浮かべはするものの、すぐにニコやかな表情に変わった。


「この世界の敵──災厄を倒すために黒王族まで手を貸してくださるとは……このイデルスキー、感激です……」

「サリア様。こちらの方は?」


 私が初対面の男相手に委縮していると、リズが間に入ってそう聞いてくれた。

 本当に、助かる。こんなに可愛くて気が利く子が私の彼女で、つい先程キスまでしてしまったなんて信じられない。

 また思い出して笑いが溢れ出そうになり、私は慌てて思い出すのをやめた。今は会話に集中すべき所。我慢だ。


「ここで、災厄を監視するという危険な任務についている、魔族のイデルスキーはんや」

「イデルスキー・フォークジャーと申します」

「イデルスキーはん達はここで災厄を監視し、災厄に移動の兆候が見えたり、実際に移動し始めたらその情報は早馬で各地に伝える仕事についとる。彼らの命懸けの監視によって、救われた命は多いんやで」

「いえ、そんな。我々がしてきたのは、ただただ災厄を見る事です。これから多くの命を奪う災厄に、何もする事が出来ない私達はあまりにも無力。この二百年間、嫌という程思い知らされました」

「……ところで、どうしてシズの事をご存じで?」

「うちが教えたんや。仲間にこんなに面白い存在がいるのに、黙っておくのは罪やろ?」

「いや、本当に驚きました……。話だけ聞いて半信半疑でしたが、しかし実際お会いすると本当に伝承通りの黒王族の容姿をしていらっしゃる。……正直少し怖いです」


 サリアさんはイデルスキーさんの感想を聞いて、ニコニコと笑ってる。まるでイタズラが成功した子供のようだ。

 私の事は、彼に対してのちょっとしたサプライズだったのだろう。そのサプライズが成功して、喜んでいるといった感じか。


「そして一緒にいる人族の貴女が、黒王族を現代に蘇らせたという、魔術師のお方ですね」

「はい。リズリーシャ・ユーリストと申します」

「ユーリスト……?もしや貴女は、グレイジャ様の?」

「グレイジャは私の祖父です」

「なんという事だ……」


 リズの名を知ったイデルスキーさんが、感嘆の声を漏らして心底驚いた様子を見せる。

 そのリアクションに、またサリアさんが笑う。


「イデルスキーはん。ほれ、ほれ」


 嬉しそうなサリアさんが、続いて村長さんの方を指さしてニコニコと笑っている。更なるリアクションをイデルスキーさんに期待しているようだ。


「……久しぶりだね、イデルスキー。さすがに少し老けたねぇ」

「はて。失礼ですが、どこかでお会いした事が?」

「アタシを忘れたのかい?」


 そう言って、村長さんがいじけたようにイデルスキーさんに向かって下手糞なウィンクをおみまいする。


「あ、あぁ……」


 そのウィンクをくらったイデルスキーさんの唇が震え出し、声も出せなくなってしまった。よほどこの下手糞なウィンクが嫌だったのかと思ったけど、そうではない。


「ウプラ様、なのですね?」


 やがて、イデルスキーさんは絞り出すような声で村長さんの名を呼んだ。


「正解だよ。アタシを忘れるなんていい度胸してるじゃないかい」

「貴女の事を忘れた事は一度もありません。ただその……長い年月を重ねた事により、あの頃よりも随分とお変わりになられた」

「まだまだ若いだろう?」

「はい。あの頃のように、まだまだお美しい」

「はっはっは!上手いじゃないか、イデルスキー!」

「……まさかサリア様だけでなく、ウプラ様。そしてグレイジャ様も別の形で戻ってきてくださるとは……このイデルスキー、深く感動しておりますっ」


 ここに来たことがあるとは言っていた村長さんだけど、よく考えるとどうしてこんな所にやって来たのだろうか。このすぐ傍には災厄がいて、とても危険な場所だ。こんな所に用事なんてないだろう。


「どういう事ですか?祖父はここに、ウプラさんやサリア様と来たことがあるのですか?」

「ご存じないのですか?サリア様達はその昔、災厄討伐を目指した勇者様御一行のメンバーですよ」

「勇者様?ほ、本当ですか?ウプラさん達は、祖父と一緒に災厄を倒そうと……?」

「昔の話だ」

「そうやねぇ。懐かしなぁ」

「そ、そんな話、祖父から聞いたことがありません!」

「記録にも残っていないし、アタシ達も誰にも話した事がないから当然だろうね。知っているのは当時この現場にいたイデルスキーとか、ごく一部に限られる」

「……一番最近で選ばれし勇者様が仲間を募り、少人数で災厄に挑んだという記録があるのは百年以上前だったはず。確かその勇者様の名前は、ケイルペイン様」

「ふっ。そうだよ。そのケイルペインと、アタシ達は旅をしてここまで来たのさ。ただし、災厄と戦ったのはケイルペインとパーティの一員であるエルフ族のシンシア。それから人間のヴァレン。この三人だ」

「……」


 リズは黙った。

 どうしてサリアさん達はここまで来て災厄と戦わなかったのか。今はその理由を聞くべきだと思う。

 でも聞く事が出来ない。3人がどうして災厄と戦わなかったのか。その理由は、単純に考えると災厄が怖くなったから、だ。

 自分が尊敬する祖父が、そんな理由で災厄から逃げ出したと聞けば、これから災厄と戦おうとしているリズの精神にも影響が出てしまう事は容易に想像出来る。だから怖くて聞けないのだ。


 でも私は、そんな理由で村長さんやサリアさんが災厄から逃げ出すとは思えない。リズの祖父の事は知らないけど、リズが尊敬する人なんだから大丈夫。


「そ、村長さん達は、どうして戦わなかった、んですか?」


 私はリズの手を強く握りしめ、リズの代わりに村長さんに問いかけた。


「はっはっは!」

「ふっ、そやなぁ。今思い出すと、なんか笑えるなぁ」


 私の問いかけに、2人は思いがけない反応を見せた。2人して笑いだしたものだから、緊張感はどこかへと飛んで行ってしまう。


「リズリーシャ。アンタ今、アタシとサリアとグレイジャが災厄が怖くて逃げだしたと思ったろ」

「っ!」


 図星を突かれたのか、リズは目を見張って申し訳なさそうに俯いた。


「安心しな。アタシ達はそんな理由で災厄を前にして逃げ出したりはしない。でもグレイジャのせいではあるね」

「そやなぁ。ここまで来てあんな事言い出すなんて、頭がどうにかなったと思ったわぁ」

「……勇者様は災厄討伐を目指し、仲間と共に世界中を旅して修行したと聞いています。長い年月を災厄を倒すための修行に充てておきながら、どうして災厄と戦わずして去ったのですか?祖父が原因とは、どいう事ですか?」


 改めて、リズがそう尋ねた。怖くなって逃げ出したのではないというなら、何故だという話だ。もったいぶらずに教えて欲しい。


「グレイジャはここに来て、魔術師として人知を超えた境地に達したのさ。具体的に言うと、未来を視る事が出来た」


 私は未来を視たという発言に、驚かされた。でも冷静に考えると、ここは魔法がある世界である。割とあってもおかしくないものなんじゃないかと思い直し、皆の反応を伺う。


「バカな。未来を視る事などこの世界に生きる者に出来るはずがない」

「未来っつーと、この先の出来事だよな?普通に考えて、視えんのか?例えば次の瞬間、オレがなんとなく右足上げたとしてそれも予知出来るって事だろ?ただなんとなく気まぐれで上げただけなのに、だ」

「未来を視る魔法など、聞いた事が……!」


 ユリエスティと、ルレイちゃんとリズが口々に驚きの反応を見せた。3人はあまり信じていないように見える。どうやらさすがに未来を視るなんて技術、この世界にもないようだ。


 でも視れたらちょっと面白そうだな。この先何がおこるのか分かるなんて、憧れる。でもそれは一度クリアしたゲームをまたやっているみたいで、若干のつまらなさも感じそうだ。


 話は逸れたけど、視たという未来に興味がある。本当に未来を視たというなら、その未来の内容を是非とも聞かせてもらおう。


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