異世界最高
私は素手で自らに付けられていた枷を外すと、リズリーシャさんの枷も外して一緒に檻を後にした。幸いにも警備はめっちゃ緩い。やる気を感じられないなので、楽に抜け出すことが出来た。
しかも今は夜なので、暗闇に紛れる事が出来る。出来るだけ静かに、素早く、明かりをさけて通り抜ける事により何事もなく門まで辿り着くことが出来た。
檻があったのは、お城の敷地内だ。お城は町を囲う壁よりも高い壁で覆われており、この壁を超えるには門をくぐる必要がある。でもさすがに門の見張りは厳しい。あそこを誰にも見つからずに潜り抜けることは出来ない。
かといって、挨拶をして通り抜けようとしても普通に止められるのがオチだ。檻の中へ戻され、檻の中の死体の山を見られておしまいである。
そうならないように速攻で殲滅して逃げてもいいんだけど……。
「……見張りは三人。どうしますか、シズ」
「……」
リズリーシャさんと一緒に物陰に隠れながら門の様子を伺っていると、リズリーシャさんに尋ねられた。
リズリーシャさんとの距離は凄く近い。互いの身体がくっついている状態で、これじゃあ集中する事が出来ない。
別の所には集中出来るけどね。リズリーシャさんの、うっすいぺらっぺらの服の上から感じるおっぱいとか、抱きしめられる肌の感触とか。あと、しばらくお風呂に入っていないせいで少しだけ獣臭い彼女の体臭も、良い匂いではないのに何故か集中して嗅いでしまう。
くんかくんか。
「シズ?聞いていますか?」
「はっ。はい、聞いています。どうしましょうかね、あの見張り。え、えへへ」
「えへへじゃないです。どうしてこんな状況で笑っていられるんですか。真剣にやってください」
怒られてしまった。でも怒り顔も可愛いな、この子。
なんて思っている場合ではない。また怒られたくないので、私は現実を見る事にした。
ここはやはり、殺すしかないだろう。私とリズリーシャさんの安寧のため、必要な犠牲だ。仕方ない。
「この首輪さえ外せれば、魔法でどうにかなるのに……」
覚悟を決めた私を尻目に、リズリーシャさんが忌々し気に自分に装着されている首輪を掴んで呟いた。
頑丈そうな、鉄の首輪だ。どこにも繋ぎ目はなく、どうやって装着されたのか気になる。これじゃあ付けることは勿論、外す事もできなそうだ。
でもそれを外す事が出来れば、リズリーシャさんがこの状況をなんとか出来ると言った。丁度魔法とかいう奴がどんなもんなのか、気になっていた所なんだよ。
「わ、私が、それ外してみます」
「えっ、ちょ、待ってください、コレは──」
リズリーシャさんの許可を得る前に、私は伸ばしたその手でリズリーシャさんの首輪を握りしめた。そして首輪をされている彼女に負担がかからないように気を付けながら、手に力をいれていく。
するとミシミシと首輪が軋む音をあげ、首輪から眩い光が溢れ始める。首輪にヒビが入り、光はそこから溢れ出ているようだ。
その光に掴んでいる手があたると、私の指が切り落とされた。痛い。超痛い。地面に落ちた指を見て、背筋が凍る。けどここで引き下がったらダメだ。
よく考えたら、リズリーシャさんが言っていたじゃないか。無理に外そうとすれば、首が飛んでしまうと。それはこの光によってもたらされるのだと理解した私は、リズリーシャさんの首を光から守りながら力を入れ続け、そうして首輪を破壊するに至った。
「っ……!」
砕けた首輪が、地面に落ちる。光はそれで収まり、首輪は砂と化してその姿を消した。
「り、リズリーシャさん?」
せっかく首輪が外れたというのに、リズリーシャさんは目を固く閉じてビクビクと震えている。
「わ、私、死にました。絶対死にました。首が落ちて死にました。今の私は生首です」
「し、死んでない。大丈夫だから、見てみて、ください」
「本当ですか?嘘ついてないですか?」
「本当、ですよ。ほらっ」
「……本当だ。よかったぁ」
恐る恐るといった様子で目を開いたリズリーシャさんが、首を手でなぞって確認して安心したように息を吐いた。そして気が抜けたように腰が抜け、地面に座り込んでしまう。
「ん?これ、なんでしょう。……指?」
座り込んだそこには、切断された私の指が転がっている。その指を拾い上げたリズリーシャさんが、目を丸くしている。
それから指がなくなった私の手を見て、顔が青ざめた。
指がなくなっているのは勿論だけど、手もかなり深い傷を負って血が溢れ出ている。あと少し深く傷ついたら、手も落ちる所だった。そうなったらリズリーシャさんの身が危険に晒される事になり、本当に危ない事をあまりにも不用意にしてしまったと、ちょっと反省。
「し、シズ!手が!指が!」
「だ、大丈夫、です。ちょっと痛いけど、本当に大丈夫。だ、だから、大きな声を出さないで……」
怪我自体は、すぐに治る。でも切断された物がどうなるかは分からない。もしかしたら私は一生指なしで生活する事になってしまうかも。だけどこの女の子を守るためだったら、それくらいの犠牲があってもいいかなと思えてしまう。
私は段々と、リズリーシャさんの魅力に陶酔し始めているようだ。可愛い女の子って、いいよね。
「何だ?誰かいるのか!?」
リズリーシャさんが大きな声を出した事により、見張りに気づかれてしまった。男が二人、明かりを手にしてこちらに向かって歩いてくる。
仕方がない。殺そう。
そう思って立ち上がろうとした私を、リズリーシャさんが手で制して首を横に振った。
「私にお任せください」
そう言うと、リズリーシャさんが立ち上がって物陰から出た。
「誰だ!」
隠れていたリズリーシャさんに警戒し、剣に手をかける男達。まだリズリーシャさんの正体には気づいていないようだけど、時間の問題だ。ジリジリと迫ってくる男が持つランタンの明かりが、リズリーシャさんの全身を闇夜に浮き上がらせていく。
「──アルセラ・ヨーセ。妖精の歌が聞こえる。妖精の歌は人々の心に安らぎをもたらし、安らぎをもたらされた人々の心は癒やされる。アルセラ・ヨーセ。私も一緒に歌う。妖精の歌に息と声を合わせ、妖精との楽しいひと時が始まる」
リズリーシャさんが、近づいてくる男に構わず呑気になにやら呟き始めた。
すると、周囲の空気が変わった。どこからともなく光の塊が集まりだし、それがリズリーシャさんを中心として周囲を縦横無尽に飛び回り始める。
「魔法!?き、貴様……リズリーシャ!」
男がリズリーシャさんに気付いた。正体を見破った男2人が、剣を抜く。
「──アルセラ・ヨーセ。癒やしの時はおしまい。歌を耳にした者は、癒やしの代償に眠りにつく。眠れ、眠れ。いつまでも眠れ。代償の時間は得た癒やしに比例する。癒やしの代償」
リズリーシャさんに気付くのが遅すぎた。男達は周囲を光の塊に囲まれると、その手から力が抜けていく。それでもなんとかリズリーシャさんに襲い掛かろうとしたけど、手にしていた剣が地面に落ち、ついには膝をついて前のめりに地面に倒れこんだ。
離れて見ていた残る1人も、壁を背にして眠り始めている。
何か今、リズリーシャさんから暖かい何かが放たれた。それがきっと、魔法だったのだ。人を眠らせる魔法、か。スゴ。
おかげで無事に門を通る事が出来そうだ。
「い、今の、魔法、ですか?」
「はい。アルセラ・ヨーセ。妖精の力を借りて人を眠らせる事の出来る、光属性の詠唱魔法です」
「す、凄い……」
妖精って言うのがまずよく分からないけど、とにかく凄い。それだけだ。
「これでも一応、天才魔術師なので。これくらいの事は出来て当たり前レベルです。それよりもシズの怪我をなんとかしないと──」
血が付く事も構わず、リズリーシャさんが傷ついた私の手を握って来た。そして暖かい何かを再び感じた時、遠くから足音が聞こえてきた。
「こっちの方か?何か光が見えたと言うのは」
「ああ、魔法みたいな光だった気がするから気になって……」
更には男達の会話が聞こえてきた。どうやら魔法の光を目撃されてしまったようだ。闇夜にあの光は、確かに目立つ。
「行こう」
私はリズリーシャさんの手を無事な指で出来るだけ掴むと、無人の門へと向かって駆け出した。
リズリーシャさんは今、多分魔法で私の手の傷を治そうとしてくれていた。けど先程と同じような詠唱と発光が必要だとすると、あそこで魔法を使えば確実に見つかってしまう。
だから、私の傷の事はとりあえず後回しだ。
「……はいっ」
リズリーシャさんも理解して、悔しげだけどおとなしく私についてきた。
お、おふぅ。
私今、可愛い女の子と手を繋いで歩いてるよぉ。
その手が指が何本かなく、皮に覆い隠された肉と骨が見えるくらいに傷ついていても、痛みを感じなくなるくらいにリズリーシャさんの手の感触でいっぱいになる。女の子と手を繋いで歩くのって、こんな感じだったんだね。顔面のニヤニヤが止まらない。
異世界、最高すぎやしませんか。