伝えたい気持ち
道中で襲い来る者に対しては、敵に近い部隊が対応する事となる。長い隊列を組んでいるので、それぞれの持ち場を離れてしまうとその部隊が危うくなってしまう。手伝いに行きたくとも行けないし、逆を言えば援軍は期待する事が出来ない。自分達の力で、自分達が守るべき部隊を守るために戦う必要がある。
でも結局、私達が道を阻む敵と戦う事になったのは一度だけだった。それも、リズが魔法で一撃で倒してしまった。災厄の欠片が近くにいる訳でもなく、魔物自体もあまり強くなくて、そうなった。
ルレイちゃんはせっかくの戦う機会を失ってしまってヘソを曲げ、ふて寝する毎日が続いた。
そうして前進を続けていると、長い谷間を抜けたところでようやく目的地に到着する事となる。
「……風の流れが変わったね」
村長さんが呟くと、荷馬車を強めの風が横から押して来て、同時に日の光がさした。
ここの所、両サイドを高い崖が私達を囲んでいて、昼間でも暗かった。なので普通の日の光が妙に眩しく感じてしまう。
私とリズとユリエスティが幕から顔を出すと、目の前には緑の平原が広がっていた。後方には深い深い谷がって、その谷は見た事がないくらいに深い。どの景色も、元居た世界では見た事のないような壮大な景色だ。
「良い風じゃ。谷から風が流れ出て、吹き荒れているのだな」
風を浴びたユリエスティが、そう呟いて嬉しそうな表情を浮かべた。
でも平原のその先に広がる森を見ると、ここが良い場所とも言えない事が良く分かる。森には黒い雲がかかり、森の上を蠢いている。雲は赤い光のような物も帯びており、その場を禍々しい物へと変えている。
晴れて清々しい気持ちになれる平原とは、対となるような存在だ。
「災厄の、森……」
あの森の中に、災厄がいる。
リズは緊張した面持ちで眺め、私もゴクリと唾を飲み込んだ。それからどちらからでもなく自然と手を繋いで、2人で森を見つめる。
ここまでは平常心で来られた。でもあそこに災厄がいると思うと、私もいよいよ緊張してきてしまう。
「相変わらず不気味な場所だねぇ。出来ればもう二度と見たくもなかったけど、戻って来ちまった。人生何が起こるか分からないもんだ」
「ウプラさんは過去に来たことがあるのですか?」
「ああ。遠い昔にね」
そう呟く村長さんは、どこか寂し気だった。というか、怖がっている……?よく見ると、その体が震えている気がする。目も細くなり、その瞳からは涙がこぼれ出そうだ。
村長さんらしからぬ気弱な様子を見て、私は村長さんの手をとった。片手でリズと、もう片方の手は村長さんと繋ぐ形となる。
「……シズ。ありがとう」
そしてしんみりとお礼を言ってきて、またらしからぬ行動をとった。
それから、優しく村長さんに頭を撫でられる。
「アンタは本当に可愛いねぇ。正式にうちの娘にしたいくらいだ」
そこは娘じゃなくて、孫だろう。と心の中で思ったけど、黙っておく事にした。
最初は苦手意識があった村長さんだけど、この人は悪い人ではなかった。一緒に過ごす中で、この人が私に与えてくれた物は多く、またとても暖かくて心が癒された。それはその昔に私が失った物で、もう二度と手に入らないと思っていた物だ。
そして何より作ってくれるご飯が美味しい。
「むぅ……」
仲間外れにされていると思ったのか、ユリエスティが正面から私に背を預けて来た。可愛いなぁ。
私達ガランド・ムーンの隊列は、そのまま平原を突き進んでいく。向かっているのは、平原の真ん中に設置されている複数の建物だと途中で気が付いた。
確かここは、災厄の森に近すぎて住んでいる人はいないはず。建物は古すぎず新しすぎないくらいの物で、それが手入れされて維持されている様子が伺える。
その建物を中心として、隊列は進軍をやめて停止している。私達も建物の近くへとやって来ると、その場で停止した。
「ウプラー。皆も、こっちに来ぃ」
建物の前にはサリアさんがいて、訪れた私達に向かって手を振って招いてきた。その隣にはグラサイもいて、初老の男と話をしていたようだ。
初老の男は、頭に角が生えている。アレはたぶん、魔族だ。服装も戦闘服ではなく、とてもラフなシャツと半ズボンを着ている。まるで近所のコンビニにでも出かけるかのような格好だ。
あんな男は、たぶんガランド・ムーンの中にはいなかった。ここに元々いて、あの建物の家主といったところだろう。
「サリアが呼んでる。行くよ。カークスはここで待機しときな」
「はいよ」
「行きましょう、シズ」
村長さんとユリエスティが停止した馬車を降りると、先にサリアさんの方へと行ってしまった。
私も続こうとしたけど、さすがにルレイちゃんを置いていく訳にはいかない。ちなみにルレイちゃんは、未だに馬車の床の上で眠っている。
「ルレイさん、つきましたよ。サリアさんが呼んでいます。早く起きてください」
リズがそう声をかけて訴えるも、ルレイちゃんは起きる気配がない。
「る、ルレイちゃん。起きてください。つきました」
「んぁ……。シズか。じゃあ起こしてくれ……」
声をかけても反応がないので、私がルレイちゃんの身体を揺すって起こそうとすると、手を広げて引っ張れと訴えて来る。
仕方がないのでその手を握って引き起こしてあげると、勢い余ってルレイちゃんが抱き着いてきた。
「はぁ……なんかコレ、落ち着く……」
「ルレイちゃん!?こ、こんな態勢で寝ないで……」
「ぐぅ」
私の訴えもむなしく、耳元で寝息が聞こえ始める。ルレイちゃんは私に抱き着いて立ったまま、本当に眠り始めてしまっている。
慌てて引きはがそうにも、ルレイちゃんみたいな可愛い女の子に抱きしめられているという事実が私から力を奪う。なんだ、コレ。薄いビキニに身を包む美少女の肌が、私に密着して耳に息を吹きかけて来ているこの状況。楽しまずにはいられない。
「……シズ。随分と嬉しそうですね。私以外の女の子に抱き着かれるのが、そんなに嬉しいのですか?」
しかしリズが笑顔でこちらを見てそう聞いて来るのが怖くて、私は我に返った。
「る、ルレイちゃん。起きないと、置いていきますからね」
「ふあ……仕方ねぇなぁ。ばーちゃんが呼んでんだっけ?さっさと行くぞ」
心を鬼にしてルレイちゃんを引きはがした私は、そう言ってルレイちゃんに言うとルレイちゃんは急に目が覚めた様子で馬車を降りて行ってしまった。
相変わらず、寝覚めがいい。というかもしかしたら起きていて、からかわれていたのかもしれない。
「わ、私達も……」
「……」
リズと一緒に馬車を降りようとするも、リズが私に向かって両手を広げて来た。
その行動が意味する事は、極々限られている。言葉にせずとも、彼女が私にしてほしいと訴えかけている事は、私でも理解する事が出来る。
私は少しだけ躊躇いながらも、広げられた両腕の中へと入りこむとリズを抱きしめた。リズも、私を受け入れるかのように抱きしめ返してくれる。
「私はシズを独占したい訳ではありません。シズは私と、私の夢を叶えるために災厄を倒すと言ってくれました。だからここまで付いて来てくれましたし、その言葉は嘘偽りのない物だと思っています。けど、シズが他の女の子と仲良くしているのを見ると……胸が苦しいのです。貴女が取られてしまうような気がして、胸が張り裂けそうで……。す、すみません。めんどくさい女ですよね、私。母上はあんな感じで、私自身もよく女の子にちょっかいを出していたのに、本気で好きな女の子が出来てからは他の女の子に手を出す気にはなれなくて……その代わり、好きな女の子が他の女の子と仲良くするのを見るとモヤモヤするなんて……」
リズが、どれだけ私の事を想ってくれているのかは知っていたつもりだ。私も私で、リズの事はどうしようもなく好きで、大切な存在だと思っている。
今こそ、この前はリズの耳に届かなかった言葉を、きちんと言葉にして伝えよう。
「わ、私は……リズの事が大好きです。どうしようもないくらい、愛しています。いつまでもリズと一緒にいて、いつも一緒の時間を過ごしたい。う、浮気もしません。リズが私を好きだと言ってくれる限り、私はリズの物、です」
やっと、気持ちをハッキリと伝える事が出来た。今までそう伝えようにも、どこか遠回し的になったりしていて、私自身も喉に何かがつっかえるみたいで気持ちが悪かった。それが今、つっかえが取れてとても良い気持になれる。
「本当に?嘘ではありませんか?」
リズが私を抱きしめる手に、力が入った。
「本当、です。嘘じゃないです」
私もそれに応えるように、リズを力強く抱きしめる。
それから一旦お互い抱擁を解くと、顔を近づけて唇を重ねた。初めての、キス。それは大勢の魔族がいる外から隠れるように薄暗い荷馬車の中で行われ、ちょっとだけ背徳的な物となった。
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