決戦の地へ
しばらく後に、ガランド・ムーンの皆の前で、災厄を倒すための作戦について大々的に説明がされる事となった。サリアさんとウプラさんは各隊を渡り歩き、皆に丁寧に作戦について説明して周り、不備が見つかるとその度に作戦を修正し、細かくまとめていった。
作戦については、リズも深く関わった。リズが、どこの部隊にどのような魔物が襲い掛かって来るかという予想をたて、その予想に従って部隊の配置は変えられる事になったのだ。それはリズが祖父から受け継いだ情報を持っている上に、自分でも長年にわたって災厄の研究をしてきたからこそ予想出来た事。
あの日は、ほぼ徹夜だったなぁ。サリアさんとウプラさんもそれに付き合い、皆の本気度が伺えたのがちょっと嬉しかった。私も勿論、寝ずに起きたままリズの傍に居続けた。ルレイちゃんとユリエスティは途中で眠ってしまったけど……まぁ仕方ないだろう。
皆に作戦が伝えられると、次は作戦を実行するための地へと移動する事になる。
私達が災厄との戦いの地に選んだのは、災厄の森から北に位置する、平原だ。そこは魔族領で、勿論魔族が支配している領域となる。
しかしながら災厄の森から近いという事もあり、その地は現在ほぼ放置されていて、魔族領というのも形骸化しているらしい。
それでも一応魔族領地なので、そこに部隊を展開させるには魔族の許可が必要だ。
そこはガランド・ムーンにいる大勢の魔族がなんとかしてくれて、特に魔族の中でかなりの偉い地位だというグラサイのはからいで呆気なく許可がおりた。
まぁ私達の仲間はほとんどが魔族なので、そこはあまり問題はなかったらしい。
ちなみに人間の領地でガランド・ムーンが災厄の欠片退治をして回っていたのは、資金調達のためみたいだ。人族から依頼を受けて、ラーデシュをはじめとして周辺で部隊を展開し、各々の部隊が魔物に支配された地を魔物から解放し、報酬をもらう。その資金は平原で災厄を待ち受けるための、部隊維持に充てられる。
部隊を展開するのって、食料代やら何やらが色々かかって大変らしい。ガランド・ムーンの皆と過ごしている間、美味しいご飯がいただけるのはその資金のおかげなので感謝だ。まぁ村長さんが私やリズの分のご飯を作ってくれるので、村長さんの料理の腕のおかげでもある。
それにしても……大勢の移動ってなんか壮観だなぁ。
今はラーデシュを出てから2日目という所なんだけど、改めてそう思う。
ガランド・ムーンとして活動している皆の数は、おおよそ1000名程らしい。それが多いか少ないかは置いといて、長い隊列を組み、歩いたり馬に乗ったり馬車に乗ったりと、列の中には自分に課された仕事をこなしている人が大勢いる。特に大変そうなのは、徒歩で大きな荷物を背負っている人達かな。
具体的に言うと、ウォーレンやおじさんがそれに当たる。
汗だくになり、一歩一歩踏みしめて必死に付いて来ているんだけど、相当キツそうだ。彼らと一緒の部隊の魔族が、そんな2人を励ましたり、時には荷物を肩代わりしてあげてなんとかなっているって感じだ。
荷物の配布や運搬が彼らの部隊の仕事らしいから、仕方ない。
けどおじさんはそんな仕事から解放される事となった。理由は少しだけ後で。
私とリズと、ルレイちゃんとユリエスティに村長さんは、荷馬車に揺られている。ただ揺られているだけではない。私達の役目は部隊の護衛で、荷物を持ってくれている彼らのためにいざとなったら戦わなければいけないのだ。
その荷馬車の御者席に乗っているのが、おじさんだ。私達の馬車を操るという重要な役に、彼は指名されたのだ。そのおかげで荷物持ちという役から解放されている。
ウォーレンや同じ部隊の魔族は悔しがっていたけど、おじさんもけっこういい年だから相応かなと思う。
「ぐがー……」
ルレイちゃんは、馬車の中で大きないびきをかいて眠っている。
この可愛いエルフは、竜族の所に向かっていた時もだけど、移動中はほとんど眠っている気がする。
「良いのか、アレは?部隊として統率を欠く行為は罰せられるべき罪と、母上がいつも言っておったぞ」
ユリエスティが眠りこけているルレイちゃんを見て、そう指摘した。
ユリエスティは、私の隣に正座している。
脚を崩すように言ったけど大丈夫と言い張って座り続けているので、見ているこっちが痛くなってしまう。なのでその足元にはせめてもの慰めにクッションが敷かれている。
「好きにさせておきな。大した問題もないのにいちいち指摘してたら、それこそが士気に関わる問題になっちまう。それぞれの事情や状況に合わせる事が大切なのさ」
「ふむ……」
村長さんの答えを、ユリエスティが興味深げに顎に手をあてて考え込む。
色々な物を吸収し、勉強しようとしているようだ。さすが竜族の女王様の娘。その勤勉な姿勢には感心させられる。
「り、リズ?」
「はい。何ですか、シズ?」
「……いえ。なんでもありません」
自分からリズに向かって話しかけておきながら、私はそう答えて話を打ち切った。
リズは、災厄を倒す作戦を聞かされてからあまり眠っていない気がする。いつ見ても起きていて、いつもどこか張り詰めた様子で体に力が入りっぱなしだ。
少しは休んでほしい。
けれど、それが上手く言葉にする事が出来なくて、私は引き下がった。
「リズリーシャ。あまりシズに心配かけるんじゃないよ」
「心配、ですか?」
「体も表情も硬すぎる。戦いはまだ先だ。今からそんなんじゃいざという時に動けないよ。もう少しリラックスしな」
「……はい」
私が言いたい事を、村長さんが代弁してくれた。私も村長さんみたいに、ズバズバとものを言えたらいいのにな。
『リズ。ずっと緊張してるよね。肩の力を抜いて、リラックスして』
『分かりました。こう、ですか?』
『うーん。まだ力、入ってる。ほら、ここに』
『あんっ』
『どうしたんだい、リズ。色っぽい声を出して……もしかして、私とそういう事がしたいの?』
『ちがっ……違います。けど、シズがしたいというなら……』
赤面するリズに、私は自然と顔を近づけて唇を重ねる。そして始まる、リズと私のラブパラダイス。
「えへへ……」
妄想していた私は、いつも通り笑いが漏れていたことに気が付いた。ルレイちゃんには、笑うと可愛いけどいきなりは怖いと言われたばかりなので、慌てて笑うのをやめて真顔に戻る。
けど、私の方をリズや村長さんとユリエスティが見ていた。
「シズはもうちょっと緊張してもいいかもしれないね」
「そうじゃな。阿呆のような腑抜けた笑いを見ると、こちらまで力が抜けてしまう」
「私は可愛いと思いますよ?」
妄想は、昔からの癖だ。今更いきなりどうにかなる物ではない。
もっとも、昔は心の中で男に罵声を浴びせる妄想ばかりで、笑いがもれるようなものではなかった。
今はちょっと違くて、女の子とイチャイチャする妄想が多い。
私としては、かなりいい事だと思う。
「それにしても、地べたを這っての移動とは難儀なものじゃな。馬車は揺れるし、スピードも遅く障害物があれば遠回りをせねばならん。効率が悪すぎるのではないか?」
「はっ。飛べる側の存在はいいね。アタシもいつか、自分の翼で大空を自由に飛び回ってみたいもんだよ」
「ふふん。羨ましいか?」
「憧れはするけど、羨ましくはないね」
「何故じゃ?今空を飛び回りたいと言ったではないか」
「アタシは人間だ。人間を捨てるつもりはない。アンタも夢を叶えるために竜である事を捨てはしないだろ。それと一緒だ」
「ふむ。そうか」
納得したのかしていないのか、ユリエスティは俯いた。
なんか、村長さんとユリエスティのやり取りって聞いていてちょっと面白い。生意気な事を言うユリエスティに対し、理知的に対応する村長さんがカッコよく見えるんだよね。
とその時、外がざわめいて騒がしくなった。
「──魔族の嬢ちゃん、魔物だ!魔物が出た!側面からこっちに向かってやってくる!どうにかしてくれ!」
続いて慌てた様子のおじさんが、外から私達に向かってそう訴えかけて来た。
「よっしゃ、戦うぜえええぇぇ!」
騒ぎを聞きつけたルレイちゃんが、それまで眠っていたのに勢いよく立ち上がると馬車を飛び出して行ってしまった。寝起きだというのに元気な子だ。
やや遅れて私とリズも立ち上がる。
道中の皆の安全の確保が、私達に課せられた仕事だ。
災厄を倒すためにも、こんな所で誰かを傷つけられる訳にはいかない。
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