作戦会議
おじさんとウォーレンは、全く心配する必要がないくらいにガランド・ムーンの中に溶け込んでいた。2人は最初から、他人と仲良くなるためのコミュ力を備え持っているのかもしれない。
魔族から怖がられ、誰にも話しかけられる事がない私とはえらい違いだ。いや、数人は話しかけてくれるけどね。それはサンちゃんやハルエッキといった、短い期間だけど共に旅をした魔族だ。あと、ルレイちゃんも。数人だけど、私にとってはこんなに大勢が挨拶してくれる環境は今までになかった。快挙である。
そんな環境でしばらく過ごし、竜族が負った怪我が治って来た頃、私達は村長さんに呼び出されてサリアさんの家へとやって来た。
早朝の、リズやユリエスティと一緒に荷馬車の中で眠っていた時である。ユリエスティは一緒に湖で遊んでから、私とリズによくなついてくれている。最近では常に一緒に過ごし、寝る時も一緒だ。
目が覚めると、私はリズとユリエスティの両名に左右から挟まれ、抱き着かれていた。ここ最近はもう毎日こんな感じなので違和感がなかったけど、これってもしかして凄い事じゃない?ハーレムって奴だろうか。
「えへへ」
今朝の事を思い出し、顔がニヤけてしまう。
右手にはリズのふくよかなおっぱいの感触。
左手には体温が高めのユリエスティが抱き着いて、私の腕に吸い付いていた。まるで私とリズの、こ、子供みたいで……なんかたまらない。
「相変わらず、急にニヤつく奴だな。お前は確かに笑うと可愛いけど、急にはやめろよ。一周回って不気味になっちまう」
サリアさんの家の中にはルレイちゃんもいる。
笑った私に対してそう指摘してから、私の肩に腕を回してくっついてきた。その状態のままルレイちゃんに導かれて、ソファに隣り合って座る事になる。
隣にはリズが座り込み、それから膝の上にユリエスティが座り込んで来た。女の子に左右どころか前面までも囲まれて、更なる至福の時となる。
「あんたら暑苦しいよ」
「まぁええやないの。うちはあんま広くないから、重なってくっついてくれてるとコンパクトで助かるわ。それに仲が良さそうで微笑ましいわ。うちらもくっつこか?」
「勘弁しとくれ。あんたはともかく、アタシはもうそんな年じゃないんだよ」
「ふられてしもたわ」
「それより、さっさと本題に入るよ」
「そやなぁ。ウプラと一緒に災厄を倒すための算段を整えていたんやけど、それが整ってな。皆にはそれを聞いてもらって、穴がないかどうかを確認してもらいたいんや」
「っ!」
災厄を倒すための算段。その言葉に一際強く反応をみせたのは、リズだ。
私の腕に強く抱き着き、揺さぶって来る。
そうだね。それこそが正に、リズの夢だから。夢を叶えるための算段と聞いて、興奮せずにはいられないのだろう。
「算段を聞くのは構わん。しかしどうして妾達にそれを確認させる必要がある」
「リズリーシャは、大賢者と呼ばれた存在の孫だ。災厄に関して祖父から受け継いだ知識と、自身でも災厄についての研究を重ねて来た。そんなリズリーシャだからこそ、何か分かる事もあるはずだと思ってね」
「なるほどのう。妾達は単なるオマケか。ま、良いじゃろう。あの化け物を討伐するという作戦、しかと聞かせてもらおうか」
「まず現在把握されている災厄の位置は、定位置の災厄の森らしい」
「さ、災厄の森に、災厄は住んでるんですか……?」
私は手上げて質問した。
いつもは誰かしらが聞いてくれるのを待つけど、今は頑張って疑問に思った事はバンバン聞いていこうと思う。じゃないと、災厄を倒せなくなってしまう気がするから。
「そうだね。魔族領地の南側に位置する、広大な森。そこに災厄は住んでいる。災厄はそこから時々動き出し、町を破壊したり、たまに何もせずに帰っていく事もある。森にこもっている間は脅威がないと言ってもいいだろう。しかしそこにいる災厄に攻撃を仕掛けるのはリスクがある。森は隠れるのに使えるが、災厄という化け物を相手にするには邪魔にしかならない。少数ならまだしも、軍を引き連れているとなると尚更だ」
「決戦に相応しい場所は、出来れば平地やね。平地なら、皆が自由に動けて戦いやすいからなぁ」
「そこは災厄次第となるだろう。有力な候補は、災厄の森に一番近い平地にキャンプを張り、災厄がやってくるのを待つ事だ。ここでは仮に、平地での戦いに持ち込めたとして話を進める。まず災厄と接敵する前に、確実に魔物との戦闘となる。それらを相手にするのは、グラサイを中心とした魔族の一軍から三軍だ。陣形は縦長にとり、一点集中で突撃を仕掛ける」
「後方からはエルフ達が援護する予定や。うちの里から軍隊を引っ張り出して、一緒に戦う。魔物達程度ならこれくらいの戦力でどうにかなるやろけど、問題は時間や。災厄の殺戮の光を展開され、それが発動する前に災厄を倒す必要がある。魔物達の群れを抜けて災厄に辿り着いたら、次は竜族やうちやシズ達を中心とした精鋭で、災厄本体に攻撃を仕掛ける。災厄が周辺にまき散らす精神に異常をきたす攻撃は、竜族の咆哮によってかき消してもらう。うちらはその隙に災厄に更に接近し、災厄を倒すという手筈や」
「部隊の細かい配置も決められてるけど、大雑把にはそんな感じだね。ここまでで何か引っかかるような所はあるかい?」
「……私が引っかかったのは、まず災厄の殺戮が発動する前に災厄の所まで辿り着けないと思います。仮に辿り着けたとしても、災厄本体が簡単に倒せるとは思えません。災厄の殺戮は確実に発動すると思った方が無難です」
「そやねぇ。全てが上手くいけば災厄の殺戮は発動せんけど、リズリーシャの言う通り上手くいくとは思えへん。……そこでやけど、もし災厄の殺戮が発動する前に、部隊を分けようと思っとるんやけど、どうやろ」
「部隊を分ける、ですか?」
「災厄の殺戮は、災厄に近ければ巻き込まれずに済む。災厄に近い者は災厄に近づき、災厄から遠い者は災厄の殺戮の範囲外に退避するのさ。だから、陣の中心部には足の速い者を配置する」
「……タイミングがとても重要になると思います。魔物の妨害もあるでしょうし、仮に上手くいったとしても部隊を分けると不利になってしまう気が……」
「部隊を分ける事に関しては心配いらんよ。前線には精鋭が集まり、後方にはウプラがいるからな。安心して任せられるわー」
サリアさんの、村長さんに対する信頼がここにも伺える。この2人は一体どこまで仲が良いのだろうか。
「分かりました。災厄の殺戮に関してはそれでいいと思います。では次に、災厄の本体を倒す方法をお聞かせ願いたいです」
「直接戦った事もないからなぁ。過去に災厄に挑んだもんは、勇者ケイルペイン以外情報を残す事無く跡形もなく消えてしもたし、そればかりはやってみんとなぁ」
「私は、災厄にも災厄の欠片のように核となる部分があると考えています。それを破壊しなければ、災厄は甦るのではないでしょうか」
「どうしてそう思うん?」
「まず災厄の欠片の核の正体について、私はアレは災厄の一部だと思っています。災厄の肉体の一部から、災厄の欠片は生れ出るのです。災厄の欠片が核を破壊されるまで蘇るというなら、その核の本体となる災厄も蘇る事が出来ても不思議ではありませんよね」
「確証がある訳ではないんよね?」
「はい」
「じゃあ、可能性の一つとして考えとこか。他は?」
「細かい部隊の配置等も、教えて欲しいです。それから、各部隊の強みも。近接が強いのか、遠隔が強いのか。それとも援護が出来るのか。災厄と魔物に対して、どう戦ってどういう対応が出来るのかを知りたいです」
「ちょっと待ちな。……これが、アタシとサリアがまとめた部隊の配置と、魔物どもの情報がまとめられた書類だ」
村長さんが本棚から出したのは、細かな文字が書かれた図面と、厚い紙の山だった。中には年季が入っている紙もあって、だいぶ書き込まれている。
リズはまず図面に目を通しながら、分厚い紙の山にも手をつける。紙の山の方には、魔物と思われる生物が描かれている。図面の方には、配置される部隊が細やかに書き込まれているようだ。
それを食い入るように見始めたリズを真似して、私もそれに目を通し始める。真剣なリズに少しでも応えられるよう、私も知識をつけなければいけない。
そしてようやく訪れようとする災厄討伐のシミュレーションで、その日は一日が過ぎて行くのであった。