男の友情
「──すまん、許してください、ごめんなさい!」
刀は抜いたけど、ウォーレンが凄い勢いで土下座をして謝罪してきたので斬るに斬れなくなってしまった。
土下座をするその姿も勿論素っ裸で、情けない事この上ない。というか謝るならまずは服を着てもらいたい。
「あまりシズにおかしな物を見せるのはやめてください。いつか本当にシズに切り刻まれてしまいますよ。私も、魔法を打ち込みたくなってしまいましたし」
「ひぃ!」
リズは優し気な口調でありながらも、言っている事は割と過激だ。もしかしたらちょっと怒っているのかもしれない。やはりあんな醜い物を見せつけられたからだろうか。
「それにしても、随分と粗末な物であったな。竜族のオスどものそれと比べてあまりにもこう……矮小であった」
他の男の物を見た事があるというユリエスティが、それとウォーレンの物を見た感想を述べた。
「んだとガキ!オレのはここからもっと大きくなるんだよ!感想を述べるのは大きくなったオレのを見てからにしな!見せてやろうか!?ああ!?」
「お、大きくなるのか?それが?ふむ。少し興味があるな」
「おお、いいぜ。めんたまかっぽじてよーく見とけよ!」
興味を示したユリエスティも悪いけど、それに乗るウォーレンはもっと悪い。
私はユリエスティの前に立って視界を遮り、また醜い物を露わにして更に醜い物を見せつけようとするウォーレンを睨みつけた。手には、鞘から抜かれた状態の千切千鬼がある。
「ウォーレンさん?」
私の横に、リズが並んで同じようにウォーレンを睨みつけている。
ユリエスティに大きくなった男の物を見せつけようとするウォーレンに、天使のような存在であるリズもおかんむりのようだ。
「ふ、二人とも落ち着いてくださいよ。冗談、冗談だから。なっ」
「なんじゃ、見せてくれんのか?しかし本当に男の物は大きくなるのか?本当なら、それは何故だ?普段は何故小さい?どうすれば大きくなるのじゃ?」
「……」
ウォーレンがおかしな事を言ったせいで、幼女におかしな知識がついてしまった。
その発言に、場の空気が悪くなる。周囲の魔族の男達も、気まずそうだ。
幼女にその性的な知識は、あまりにも早すぎる。ウォーレンは、教えたらいけない事を教えてしまったのだ。
「グハハハハ!どうでもよい事だ!気にする事はないぞ、小さき者よ!」
「だから、小さいと言うでない!」
「小さき者に小さいと言って何が悪い!」
「だから、妾は竜族だ!今はこのような姿だが、真の姿は貴様を遥かに凌駕する!」
「グハハハハ!」
グラサイのおかげで、話がそれた。ナイスである。
「それで、貴方はどうしてこのような事をしているのですか?」
「グラサイに、芸の一つでも覚えれば魔族に打ち解ける事が出来るって言われたんですよ。それで考えた結果、オレには村でも好評だった裸踊りしかないって思ったんです」
「村にいた頃からやっていたんですね……」
新たにもたらされた情報に、リズは更に呆れ顔になった。
「勿論仕事の方もちゃんとやってるぜ!?オレが配属されてる部隊は、後方から前衛に対する物資の運搬がメインで、頼まれた物資を滞りなく前線に運ばないといけないんだ。オレは割と目が良い方だから、それで物資を必要とする奴の居場所が遠目から見て分かる。天職みたいなもんだぜ!」
「そうなんですね。それで、カークスさんは?」
リズは自慢げに言うウォーレンを軽くあしらった。相手が素っ裸なので、話をなるべく早く終わらせようとしているのかもしれない。
「お、おっさんなら、魔族と酒飲んで酔いつぶれてるぜ。そこにいる」
よく見たら、酒瓶を片手に意識が飛びかけているおじさんが、このくだらない芸の会場の片隅にいた。彼の周囲には同じように酔いつぶれている魔族達がいて、おじさんと一緒に酒を飲み交わしていたことが伺える。
「ひっく。よぉ、魔族の嬢ちゃん!それに、リズリーシャ様も!元気そうだなぁ。オレは見ての通り、元気だぜー!」
「カークスの知り合いかぁ?べっぴんさんじゃねぇかぁ。うらやましいねぇ」
「バカ言うんじゃねぇ。とんだじゃじゃ馬で、オレの事を魔物をおびきよせる囮に使われた事もある。一緒にいたら、命がいくつあってもたりねぇよ」
「ギャハハ!そいつは確かに、じゃじゃ馬だぁ!」
「カークス、あんたひでぇ目にあって来たんだなぁ!」
「そうなんだよぉ。オレは昔から、ひでぇめにばっかあって来たんだよー。慰めてくれー。それで、褒めてくれー」
「……」
あれだけ魔族が嫌いだなんだのと言っていたおじさんが、魔族と楽し気にお酒を飲んでいる。その上、酔っているからなのだろうけど同性の魔族に甘える姿さえ見せている。
随分と仲良くなって、打ち解けているようで安心したよ。でも一方で、こんな姿のおじさんはちょっと見たくなかった。おじさんの事を、男の中ではウォーレン以上に認めて友のように想っていたのに、幻滅したというか……いや、これくらいで友と思わなくなる訳ではないけど、なんか複雑な気持ちだ。
「カークスは人間にしては骨のある男だ。周囲をよく見て行動が出来るので、オレが物資を管理する部隊の隊長に推薦した。すぐに部隊の仲間と溶け込む事ができ、あとは見ての通りだ」
おじさんに対するグラサイの評価が、妙に高い。私達がラーデシュを離れる前はあれだけいがみ合っていたのに、どういう心境の変化なのだろうか。それはウォーレンに対してもで、もうサリアさんとウォーレンの関係の事は許されたのだろうか。
「カークスさんは元々、かなり出来る方です。ウプラさんの片腕として、長年フーレン村を守って来て来ましたから。しかし村にいた頃はどこか自信がなさげで、いつも愚痴を言ってばかりで、正直に言うとあまりいい印象はありませんでした。それがグラサイさんに認められて魔族の部隊長にまで推薦されるなんて……本当に、過去のしがらみから解放されたみたいですね」
「生きていれば様々な出来事が訪れる!今が良ければ、それでいい!グハハハハ!」
「それよりお主ら、仲が悪いのではなかったのか?妾が聞いた話によれば、そこの人間の男二人は貴様にひき肉にでもされているかもしれぬとシズとリズリーシャが話しておったぞ」
ユリエスティにはいきさつを軽く話してあるので、そんな疑問を呈した。
私達の話だけを聞いていたユリエスティにとって、この仲の良い皆の様子はさぞかし違和感がある物だったのだろう。私達も同じく、違和感だらけだ。
「確かに、最初は気に入らんと思った。片方は魔族に対しての敬意が欠けて、もう一人はよりによってサリア様と……!」
「ひぃ!?」
思い出したのか、グラサイの額に血管が浮かび上がり、目つきも鋭くなって素っ裸のウォーレンを睨みつけた。
密かに想いをよせるサリアさんが、素っ裸のウォーレンと一夜を過ごしたことがよほど悔しいのだろう。でもその様子では自分の気持ちをサリアさんには伝えていないようだ。では誰かに取られても文句は言えない。
完全に、逆恨みである。
「だが接してみれば、やはり我ら魔族と人間との違いなど何もないと分かる。中には愚かな者がいて、中には愉快な者もいる。それだけで差別し憎しみ合うなど、無駄な事だ。サリア様はそれをオレに教えるために、二人の教育係に任命したのだろう。本当に美しく聡明なお方だ」
美しいのは関係ないけど、とりあえず2人と接している内に仲良くなれたという事が伝わってくる。男の友情ってやつが芽生えたのだろうか。
どうでもいいけど、男の友情ってなんかこう暑苦しくて、汗臭いイメージがある。想像して吐きそうになったので、私はそのイメージをすぐに頭から消し去って目の前にいるリズの裸を想像した。
「随分と楽しそうなご様子で、なによりです。それでは私達はもう行くので、引き続き皆さんで楽しんでくださいね」
「まぁそう急ぐなって。人間の嬢ちゃんと、竜族の嬢ちゃんも飲んでけよ!」
おじさんのように酔っぱらっている魔族の一人が、そう言ってリズに向かって手を伸ばしてきた。
私はその手がリズの腕を掴む前に掴み取り、軽く握りつつ睨みつける。
「……」
「ひっ。じょ、冗談だって。だから、離してくれよ……」
私が睨みつけると、魔族の男は酔いが覚めたんじゃないかと思えるくらい顔を真っ青にして、その手から力を抜いた。そして私が手を離すと、慌てた様子で私から離れていく。
あんなのがリズと一緒にお酒を飲もうなんて、百年早い。他に同じ事を考えている連中がいないか、私は周囲を見渡して警戒をする事にする。
と、魔族の男達はもれなく私と目が合わないようにし、こちらに話しかけてこようとする気配もない。とりあえずは大丈夫そうだ。
「では、行きましょうか、シズ。ユリエスティ様も」
「は、はい」
とりあえず、ウォーレンとおじさんがここで魔族達と仲良くしている事が確認できた。私達はもうここに用はない。素っ裸の男がいるような場所からさっさと立ち去りたいので、私はリズとユリエスティの手を握ると足早にその場を去るのであった。