魔族の人気者
気になる事が、1つある。
ラーデシュへと戻って来た私達は、気になる事を確かめるためにサリアさんから彼らの居場所を聞き、その場所へと向かう事にした。勿論私だけではなく、リズも一緒に。
「ではお主らの友とやらは、その魔族に食われているかもしんということか」
道中でユリエスティに軽く彼らの事を説明すると、何故かそういう事になってしまった。合っているといえば合っているけど、さすがに食べられはしないだろう。
「魔族の方々をなんだと思っているんですか。魔族は人間を食べたりはしません。よくて殺されて魔物の餌にでもされるくらいです」
「ほほう。それはそれで趣がありそうじゃ」
ユリエスティが暴君のような事を言い出した。次の竜族の女王様候補の発言として、いいのだろうか。よくはないだろう。竜族のイメージが悪くなってしまう。
そしてリズもリズで、魔族のイメージを損なうような事を堂々と言わないでほしい。周囲には大勢の魔族がいるんだからさ。
という訳で、ユリエスティも一緒に行く事になった。暇だから、らしい。
しかし、魔族が大勢いる中を歩く私達は、けっこう目立つ。なんといっても、ユリエスティは竜族のお姫様だからね。皆ユリエスティの事を見ると、2,3歩下がって道を作り、私達の行く手の邪魔にならないようにしてくれる。
「見ろよ、黒王族の……」
「ああ、聞いたぜ。竜族を一瞬にして切り刻んだろう?一体どんな化け物なんだ?」
「あんなに可愛いのに、嘘だろ?」
「でもサンリエフが言ってたぜ?グヴェイルの奴も頷いてたから、確かな情報だ」
あっれー。おかしいな。てっきり皆ユリエスティに注目していると思ったけど、聞こえてくる会話は私の事ばかりだ。やれ私が化け物だの、怒らせたら一瞬で切り刻まれるだのと聞こえてくる。
そう気づくと、私は一気に恥ずかしくなってきた。というか男から注目を浴びているというこの環境が気持ち悪い。
「っ……」
「シズ?だ、大丈夫ですか?」
思わず先導して歩くリズの手を掴むと、リズが私の異変に気づいてくれた。
「どうした?お主顔が真っ青だぞ?」
私の調子が悪くなった事で、余計に注目を集める事となってしまった。悪循環という輪の中に入ってしまい、私はその場でリズに身体を預け、もたれかかってしまう。
こうなったら、リズを抱いて避難しよう。それくらいの元気はある。というかこの場から離れるためなら不思議と力が湧いて来る。私の身体能力があれば、リズを抱いて地を蹴って空を飛び、この注目の中から避難するのにさほど時間はかからない。
「──グハハハハ!」
しかし突如として響いた笑い声によって、注目は私から笑い声の持ち主に移り変わる事になる。
この笑い声を、私はよく覚えている。やかましいくらいの大きな笑い声だけど、今は助けられた。おかげでリズを抱いて逃げ出す必要がなくなった。
「誰かと思えば、黒王族のシズではないか!それから人間の魔術師のリズリーシャ!久しいな!」
周囲の魔族達と比べ、体1つ分……いや、下手をしたら2つ分ほども大きな体躯の男が私達の方へと向かって歩み寄って来る。
藍色のたてがみのような髪の毛を風になびかせながら、威風堂々と歩み寄って来る姿は迫力満点だ。
そんな彼の通り道を、周囲の魔族は慌てて開けて通れるようにしている。そこは私達に対してされていたのと同じだ。
「お、お久しぶりです、グラサイ様」
「様などつけんでいい!グラサイと呼び捨てにする事を許可する!貴様等は竜族を仲間に引き入れた功労者だからな!オレからのささやかなプレゼントだとでも思え!」
「は、はい。では、グラサイさん……と呼ばせていただきます」
「遠慮せんでもよいのだが……うむ!まぁ良いだろう!」
リズとグラサイのやり取りを前にして、私はそのプレゼントを究極にいらない物だと思っていた。どうせなら、お金とかもっと役にたつものがほしい。というか私はもう心の中で呼び捨てで呼んでいたので、更に無意味だ。
「いちいち大きな声じゃのう……。もうちと小さな声で喋れんのか?」
そう文句を言ったのは、ユリエスティだ。耳を軽く塞ぎながら、嫌そうな顔をして呟いた。
「グハハハハ!小さき者は皆そういうのだ!オレのように大きくなれば気にもならんぞ!」
「今妾の事を、小さき者と言ったか?別に良いのだぞ?この場で竜の姿となり、己を大きな者と勘違いしている愚か者を上から眺めてやっても」
「ま、まぁまぁ」
「むぅ……」
グラサイに食って掛かろうとするユリエスティを、私は肩を押さえてやめさせた。
私が止めると、ユリエスティは素直におとなしくなってくれた。そして私の手を掴んで私に背を預け、寄りかかって来る。なんだか甘えられているみたいで可愛い。
「ほう!貴様が噂の竜族の姫か!人間が加わり、黒王族が加わって竜族も加わった!これはもう、災厄を倒す日も近いな!」
グラサイのその宣言に、魔族達が安心したように笑う。ここにいる大勢が仲間だというなら、その夢は本当に叶ってもおかしくはないはずだ。
でも一方で、フラグのようにも聞こえてしまう。そういうセリフは、全てが終わってから言って欲しい物である。
「我ら竜族が協力するのだぞ?災厄ごとき、倒せて当然だ」
「おおー!」
誇らしげに言い返したユリエスティの台詞に、周囲の魔族達が沸き上がった。フラグっぽくはあるけど、皆に勇気を与える頼もしい言葉ではある。
「して、この場にはどのような用向きでやってきたのだ?ここは後方支援部隊が集まる場所。貴様等のような前線向きの者には用のない場所のはず」
「カークスさんと、ウォーレンさんがどうなっているのか気になってやって来ました」
「ああ、あの二人か。あの二人なら元気でやっているぞ。何も心配する事はない」
「……お会いする事は出来ますか?」
「無論出来るが……あまり勧められんなぁ」
グラサイは、意味ありげにそう言った。
それによって、2人がどうなっているのかかなり気になる事になる。
まさか、グラサイによって廃人のようにされてしまったのか。或いはもう時既に遅しで、死んでたり……なんて、最悪の事態が思い浮かんでしまう。
「いいので、会わせてください」
私と同じように、2人がどうなっているのかリズも相当気になったようだ。食い気味にグラサイにお願いして、その願いは受け入れられることになる。
「そこまでいうなら、いいだろう。二人がいる所に案内してやる。だが、何がおこっても責任はとらんからな」
また意味深な事を言う。そして私達はグラサイに案内される事となった。
グラサイについてやって来たのは、割と近くにある大きめの廃墟だ。建物は他の建物同様荒廃としていて、石造りの建物はコケにおおわれている。たぶんかつては、人々が大勢集まる憩いの場所だったと思われるその場所に、今は魔族達が集まっている。ボロボロの木の扉の中からは笑い声が聞こえてきて、なにやら賑わっているようだ。
そんな魔族達が私達が訪れたのを見ると、どこか気まずそうに目を逸らす。
「あ、あの、グラサイ様。こちらの方々は……?」
私達を気にしている魔族の男の中の一人が、私達にではなくグラサイに尋ねた。
「カークスとウォーレンの友だ!二人に会いたいというので、連れて来た!」
「ま、まずくありませんか?」
「オレもそう言ったが、どうしても会いたいというので連れて来た!責任は自分達でとると言質はとっているので問題はない!」
「で、でもさすがに今入るのはー……」
助けを求めるように、魔族の男がリズに目を向けた。
「構いません。二人に会わせてください!」
しかしリズの決意は固い。ここまで来て私も引くつもりはないので、さっさと扉を開いて2人に会わせてほしい。2人がどうなっているのか、本当に気になるから。
「まぁそこまで言うなら止めませんが……人間の女って案外物好きなんですね」
魔族の男が、少しだけ顔を赤くして照れた様子を見せながら、建物の扉に手をかけた。
それを見て、私は嫌な予感がした。この扉の中で私達を待っているのは、決して見てはいけない物だという警告音がどこからともなく聞こえてくる。
でももう遅い。男が手を掛けた扉は開け放たれ、私達はその中の光景を見る事となってしまう。
「あはははは!いいぞ、ウォーレン!もっとやれー!」
「ほいっ、ほいっ、ほいっと!」
机の上に立ち、一番目立つ場所にいたのはウォーレンだ。そのウォーレンだけど、何故か素っ裸で踊っており、しかしかろうじて股間の醜いそれはお盆で隠している。しかしそのお盆をくるくると回したり、その場で一回転したりしていて、とても危うい。
というか正面からはギリギリ見えていないけど、後ろからはモロに見えていると思う。
そんなウォーレンを、周囲の大勢の魔族達が囃し立てて声援を送っている。
なんだ、この状況。私はイラっときて、思わず腰に差した千切千鬼に手を伸ばしてしまう。
「んじゃ、次はラストの大技だ!皆オレの股間に注目してくれー!……て、リズリーシャ様!?」
何かをしようとしていたウォーレンが、扉を開いて見守る私達の存在に気付いた。それで取り乱したのか、手元が狂ってお盆が床に落ちてウォーレンの股間が露わになってしまう。
よりによって私達にそれを向けた状態で落としたので、見えてしまった。
「グハハハハ!ウォーレンの芸が魔族の中で好評でな!この時間はここでこうして皆を盛り上げるための芸を披露しているのだ!」
芸、ね。随分とくだらない芸のようだ。リズや、まだ幼いユリエスティにまでそんな物を見せて……ちょっと今回のは引きすぎてさすがに笑えない。前回も笑っていないけど。
その芸が二度と出来ないように、やはりここで切り落とそう。
私はゆっくりと、千切千鬼を鞘から引き抜いた。