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休息 5


 ランギヴェロンは、娘であるユリエスティに酷い事を言い放った親だ。そして罰と称して、竜族の裏切り者達と一緒に私達の仲間に迎え入れられる事となった。

 ユリエスティはただの被害者なのに、群れを追い出されるなんて、まだ幼い彼女にはあまりにも重すぎる罰と言える。

 酷い親だと、私は思った。でもそれは私が想像する親という存在と、マッチする。


「随分とあの時のイメージとかけ離れた感じの方ですね……」

「う、うん。なんか、全然違う」

「ユリちゃん、ですって」

「可愛いって、凄く褒めてた……」


 私達に全てをバラしたランギヴェロンは、体から力を抜いて私にもたれかかっている。自分で全てをバラしてしまったのがショックだったようで、乾いた笑みを浮かべ、まるで異常者の様相だ。


「こんな所で覗き見していたのも、ユリエスティ様が心配だったからですよね。こんなに大切に想っているのに、どうしてあの場で酷い事を言って突き放したのですか」

「仕方がないだろう……。竜族の長として、威厳は大切だ。竜族は誇りや威厳を何よりも大切にする、気高き生き物。その族の長ともあろう我が、質にとられていた娘が他種族の者に救い出され、それを喜んで褒めてやる訳にはいかん……。本当は心配でたまらなくて、すぐに助けに行きたかったがもしそれでユリちゃんが傷ついたらどうする!?ルンリロンドはたかがオスの竜だが、ユリちゃんを傷つける事くらい出来る力は持っている。だから隙を伺って遠くからずーっと見守っていたが、よりによって監獄を利用してユリちゃんを監禁するなんて、なんて酷い奴なんだ!貴様等が殺してくれて清々したわ!」

「ほ、他の、群れを裏切った竜族の方々に対しては、どうお思いですか?」

「処刑したい……!この我からユリちゃんを遠ざけた者達を、一人残らず八つ裂きにして殺してやりたい……!」


 そう言って殺気を放出したランギヴェロンは、やっぱりランギヴェロンだ。迫力がありすぎて、近くで呑気に木の枝にとまって休憩していた鳥達が、一斉に飛び立った。地面を見ると、虫までもが慌ててこの場から去って私達から距離をとる。その中にミミズはいない。


「彼らはもう、私達の仲間です。彼らに手を出すのは……」

「分かっている。ルンリロンドは我の兄であり、竜族の中ではかなりの地位を持っていた。奴の甘言にまんまと騙され、話に乗りかかるしかない状況だったのであろう。許そう。誇り高き竜族は、心も広い事を示さなければならん」


 とりあえずは放出した怒りをしまい込んでくれたランギヴェロンに、私とリズはほっと息を吐いて安心した。

 でも私は、どうしてもランギヴェロンに言っておきたい事がある。ユリエスティは冗談だと言ったけど、私は彼女と約束したんだ──


「い、威厳とか……そんなつまらない物のために、自分の娘にあんな酷い事は言わないでください。ユリエスティは、貴女に自害しろと言われてとても落ち込んでいました。でもユリエスティは貴女の事をとても尊敬していて、貴女の自慢話も聞かせてくれました。貴女の事を決して悪く言わないあの子を、親である貴女が傷つける言葉を発するのは間違っています」


 ランギヴェロンを、叱ってあげるとね。


「……面白い。我に偉そうな口を叩いて説教をするとは、誠に面白い」


 ランギヴェロンが、私を見て笑った。でも口から軽く火を吐き出しながら眉間にシワをよせ、笑いながらも怒りの感情を表に出している。


「面白いとかじゃなくて、は、反省してください」

「言われんでも分かっておるわー!我だってショックを受けたユリちゃんを見て、心がすごーく傷んだんだからな!ぐすっ!」

「……」


 泣きながら、そんな訴えをされてしまった。

 この人の感情の起伏が良く分からない。でも一つだけ言えるのは、ランギヴェロンはめんどくさいと言う事だ。まるで小学生男子だよ。本当は好きなのに、傷つけてしまうという心理がね。


「だが……話はここから聞いていたが、ユリちゃんを慰めてくれてありがたいとは思っている。我を叱るという約束も、律義に守った事も評価する。ありがとう」


 涙を袖で拭くと、ランギヴェロンが私に向かってお礼を言ってきた。

 何より驚いたのは、話をここから聞いていたという点だ。どれだけ耳が良いのだろう。目もだけど、とにかく色々と良すぎる。


「でもよろしいのですか?ユリエスティ様を、ガランド・ムーンの一員にして……もし本当に災厄との戦いに彼女が巻き込まれでもしたら、その時は命の保証はありませんよ」

「我は見る目はある方だと自負している。貴様等と一緒であれば、ユリちゃんは大丈夫だろう。貴様等といれば、ユリちゃんの成長にも繋がる。そんな気がする。それにユリちゃんはアレでも竜族のメス竜であり、我の娘だ。自分の身を守る術も持っている」

「それに、ユリエスティ様のピンチにはランギヴェロン様も駆けつけてくれるのでしょう?」

「無論だ!ユリちゃんは我が、絶対に死なせはせん!」


 それなら最初から傍にいればいいのに。本当にめんどくさい人だ。

 でもユリエスティに対する暴言が彼女の本心では無かった事に対し、どこか安心している私がいる。

 どうやら私は、私と同じように家族から嫌われる人を見るのが嫌だったようだ。今気づいた。

 心の中では家族は信頼するなとか呟いておきながら、私も本心では違う事を思っており、まるでランギヴェロンのようではないか。


「なら、何も心配する事はありませんね。……災厄は、私達がきっと倒してみせます」

「それだが、貴様等は本気であの化け物を倒すつもりか?」

「はい。本気です」


 リズは即答した。


「……我は、アレと戦うのが怖かった。戦わずして逃げる道を選び、竜族の聖地を捨てて新たな地を開拓する道を選んだ。貴様等は、アレに立ち向かう勇気があるのか?」

「私の夢は、災厄を倒す事。その夢を共有する大勢の仲間がいます。その中には私にとっての大切な人もいてくれて……それなら、勇気なんていくらでも湧いて出てきてくれると思いませんか?」

「愚問であったな。失礼した。しかしいくら立ち向かう勇気があっても、倒せもしないのに立ち向かうのは蛮勇となってしまう。我は災厄によってヴィレンビーが襲われた時、立ち向かわずに逃げたその選択を、正しかったと思っている」

「災厄と戦う準備が整っていなかったのであれば、仕方のない事かと……」

「結果として逃げ遅れた者が多数死に、我の命令を無視して災厄に立ち向かった者達も多数死んだ。その上ルンリロンドが我を見限り、数匹の竜族もそれに続いて群れを離れ謀反をおこした。……コレは言い訳だ。我の選択によって、大勢が誉れのない死を迎えてしまった。もしあの時、我が竜族を率いて災厄と戦っていたらどうなっていたのだろうと、もしもの事を考えずにはいられない」

「……私は、リズと一緒に災厄を倒します。だから、あ、安心してください。災厄はこの世界からいなくなって、もう災厄の殺戮もおこりません」

「……」


 私が精いっぱいの慰めの言葉を口にすると、ランギヴェロンは黙って私達から離れ、距離をとって背中を向けた。


「この世界に住まう者にとって、災厄なき世界は夢だ。貴様等にその夢、託す。いや、夢は共有してこそ叶う確率があがる物。我も時がきたら、決戦に駆け付けると約束をする。ユリちゃんには内緒だぞ?」

「あ、ありがとうございます!」

「礼を言うのは我の方だ。貴様等と話して、何かが吹っ切れた気がする。たまには他種族の者と話すのも良い物だな。ユリちゃんと……他の竜族の者達の事、頼んだぞ」

「もう行くのですか?」

「うむ。ユリちゃんの可愛い所は十分見れたからな」

「あ、会って話をしなくても……?」

「い、今会うと、貴様に言われた事を思い出していつも通りの我でいられる自信がない。我の尊厳に関わる重要な事だ。だから、今日は我慢する。でもいつかはその……ユリちゃんに酷い事を言った事を謝りたいと思う」


 そう言うと、ランギヴェロンは静かに歩き出した。

 やがて速足となり、どんどん遠ざかっていくとやがてその姿は見えなくなる。

 入れ替わるように、上空から大きな影がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。迎えの竜達だ。

 私とリズはその姿を確認し、急いで皆の所に戻ると水着から着替えさせてそのあられもない姿を竜族の男達に見られないようにし、出迎えた。

 それから来た時と同じように竜族の背に乗ってラーデシュに向かって飛び立ったんだけど、少し高度が上がった所で私は視線に気が付いた。視線の主を探すと、森の中でこちらに向かって手をふるランギヴェロンの姿があり、私は彼女に向かって軽く手を振って返し、別れの挨拶を交わした。


 めんどうな性格の持ち主だけど、その本性はとても可愛らしい人だった。いや、めんどうなのは彼女のせいではなくて、もしかしたらその地位のせいなのかもしれない。尊厳を保たなければ王様は務まらないという事だろうか。

 だとしたら、ちょっとかわいそうだな。地位のせいで大好きな物を大好きと言えないなんて、辛すぎる。


「り、リズ……」

「はい?」


 私は同じ竜の背中に乗っているリズに、後ろから話しかけた。名を呼ばれた事により、リズが振り返る。


「わ、私は……リズが好きです。愛して、います」


 素直に好きだと言えないランギヴェロンを見て、素直に言える自分がどれだけ幸せな状況にあるかと理解した。だから、私はその言葉を口にした。口にしなければランギヴェロンに失礼な気がして、ちゃんとした言葉として伝えようと思ったのだ。


「すみません、聞こえませんでした!もう一度お願いします!」


 しかし私が口にした言葉は、リズの耳には届かなかった。声が小さいうえに、風切り音がうるさくて遮られてしまったようだ。

 せっかく勇気を振り絞って告白したのに、ちょっとショック。


「い、いえ、なんでもありません……」


 今この場で言っても、きっと伝わらない。地上で改めて、しっかりと彼女の耳に届くように言いなおそう。そしてイチャイチャしよう。

 そんな魂胆を胸に、今はリズを軽く抱きしめながらラーデシュを目指すのであった。


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