休息 4
右を見れば、布面積が異様に小さな女の子が犬かきで泳いでいる。水面に浮かんだ尻尾と、ほとんど丸見えなお尻が可愛い。思わず色々な所を撫でまわしたくなってしまいたくなるような、魅力を秘めている。
左を見ると、大きなおっぱいを水面に浮かばせて泳ぐサンちゃんがいる。こちらはもう、包み隠す事は何もない。揉みたい。それと、顔をうずめたい。
その隣では、ぎこちないながらも一生懸命手足をバタつかせ、修得したばかりの泳ぎを披露しているルレイちゃんがいる。たった一日でここまで泳ぐ事が出来るようになったルレイちゃんは、賞賛に値する。撫でて褒めてあげたい。
極めつけは、私の背中にくっついているリズだ。抱き着いて、おっぱいをくっつけて、私の頭をしきりになでなでしてくれている。
リズは、私の前の世界での暮らしの事を聞いてから、こんな感じだ。たぶん私を慰めようとしてくれているのだと思う。
自分ではもう過去の事を気にしているつもりはない。とはいえ、たぶん引きずってはいるのか……。
どちらにしろ、こうして慰めてもらえるのは嬉しい。特に、大好きなリズにこうされると幸せすぎて、力が抜けてしまう。
ユリエスティにも元気が戻ったようだし、私達は今、本当にこのバカンスを堪能している。
ご飯は、火をたいて持ってきたお肉や野菜を鉄板の上で焼き、バーベキューをした。とても美味しくて、特にユリエスティは喜んでたくさん食べていた。私もけっこう食べた。
外で食べるご飯は美味しいと、この世界に来て学んだ事だ。でも村長さんが作ってくれる料理は、もっと美味しかったんだけどな……と、物足りなく感じてしまうのは村長さんのご飯に依存し始めているからだ。
このままでは村長さんがいないと、外での料理が美味しく感じなくなってしまいそう。その内村長さんにご飯の作り方を教えてもらって、村長さん依存症から脱しよう。
ご飯を食べ終わると食後の運動がてら再び泳ぎはじめていたんだけど、その時間ももうすぐおしまいだ。日がだいぶ傾き始めていて、もうじき夕暮れになろうとしている。迎えの竜達もこちらに向かっているはずだ。そろそろ着替えて、帰る準備を始めた方がいいだろう。
「……」
ふと、また視線を感じた。
先程は気のせいかと思ったけど、やはり誰かに見られている気がする。でもやっぱり周囲に人影はなくて、誰かに見られているような感じではない。
おかしいなぁ。また気のせいなのかなぁ。
少し、探してみるか。
「わ、私、ちょっと先に着替えて帰る準備してます。皆はもうちょっと泳いていて、ください」
「それなら私もあがって手伝いますよ」
リズがそう名乗り出て、私にくっついたまま水からあがった。
「もうそんな時間かよ……。せっかく少しはマシになったのによー。ま、オレはもうちょっとだけ練習してみるわ」
「さ、サンちゃん。ルレイちゃんをお願い、します」
「了解っす!」
「妾ももう少し泳いでからあがるかのう。ついでに、このエルフが溺れんように見守っていてやろう」
「サンリエフがいるから、お前はいらねぇよ」
「遠慮するでない。無様に溺れたら助けてやるから、感謝して頭垂れるがよい」
ルレイちゃんとユリエスティの言い争いをよそに、私はリズとその場を後にした。
言い争いは気になるけど、あの2人はたぶん、本当に仲が悪い訳ではない。むしろ仲が良い方の部類だと思う。
喧嘩するほどなんとやらというやつだ。サンちゃんもいるし、任せておいて平気だろう。
私とリズは水からあがると、服に着替えてから最初は軽く片づけを始める。
ご飯に使った食器やら、鉄板の片づけだ。
「り、リズ。あの……」
「はい?」
「じ、実は……少し、視線を感じていて。ちょっと周辺を見て回りたい、です」
「それは……誰かに覗かれている、という事ですか?」
「分かりません。ただ、気になって……」
「……分かりました。少し見回りをしてみましょう」
リズがそう言ってくれたので、私はリズと周辺を歩いて見回る事にした。湖の周辺は、ちょっとした森となっている。隠れるにはもってこいの地形であり、もしこの森の中に誰かがいたとしても、見つけるのは困難を極めるだろう。
そう思いながら歩きだしたんだけど、意外にもすぐにそれは見つける事が出来た。
「はぁ、はぁ。可愛い。なんて可愛いのだ。天使かっ。いや、天使より可愛い。それじゃあ何か。神だとでもいうのか……!」
「……」
木に隠れ、ルレイちゃん達が泳いでいる方を見て興奮した声をあげている変質者を見つけた。
皆のいる方から近いと言えば近いけど、しかしここから皆が見えるかと聞かれると全然見えない。変質者が向いている方は確かに若干森が開けているけど、木や茂みが邪魔しているし、私の目からはかろうじて日の光に反射して輝く湖が見える程度だ。
なんか気持ちが悪いので、コレが男だったら背後からいきなり殴り飛ばしている所である。しかしそこにいるのは、女の子だ。それもちょっと背の小さな女の子で、金色の髪の毛を地面につくかつかないかくらいまで伸ばしている。そして服装は、どこかで見た事のあるような作りの、金色の刺繍がたっぷり施された民族衣装のようなものだ。
「あ、あの……」
「今良い所なんだ、ちょっと待ってくれ。ふふ。ユリちゃんがお姉さんぶって、泳げないエルフに手を貸してやっている。可愛いなぁ」
どうやら彼女の目には、湖で遊んでいる皆が見えているらしい。信じられないけど、その発言から確かに見えていると思う。
「覗き見は、あまり良い趣味とは言えないと思います。今すぐに、見るのをやめてください」
「うわぁ!?」
私が声を掛けても軽くあしらわれたけど、リズが女の子の視線の先に立って視界を遮ると、驚いた声をあげて数歩退いた。退いた先には私がいて、女の子の肩を抱いて受け止める事になる。
「な、なんだ貴様等。いつの間に我の背後に……!」
「そんなのどうでも良い事です。貴女は何者で、どうして私達を盗み見していたのですか?」
「偶然だ。偶然である。我はたまたま通りすがっただけだ」
「……?」
女の子は私に肩を押さえられているので、その場から動く事が出来ない。くっついていると、何か棒状の物が私の身体に当たる感触がある。それは堅くて、ごつごつとした物だ。
「ひっ。我の尻尾に触れるでない!」
気になったので触ってみると、どうやらそれは本人が訴えて来たとおり、尻尾のようだ。
ユリエスティと同じような尻尾が、服の下に隠れていた。というかよく見れば額には角もあるではないか。つまりこの子は、竜族という事である。
「竜族、ですか。竜族がどうしてこのような場所に?」
「……言ったであろう。偶然通りかかっただけだ」
「嘘、ですよね?」
「……」
リズにそう迫られると、女の子は目を逸らす。額には汗も出ていて、否定しないあたりがもう嘘だと認めている。
「もう一度聞きます。貴女はどうして私達を盗み見ていたのですか?」
「……だって、仕方ないだろう」
「何がですか」
「ユリちゃんがあんなあられもない姿で水浴びをする姿、見ずにいられるか!お前達も見ただろう!?あの破壊的な可愛さを!心は無邪気で汚れを知らぬ乙女であるユリちゃんが、大胆にも男を誘う事に特化した水着を身にまとい、そして汚れなき笑顔で泳ぐ姿!永遠に残したい……!残さなければいけない!出来る事なら今すぐ拉致して箱の中に大切にしまっておきた気分だ!」
ちょっと危ない事を言い出す女の子に、私もリズも引いた。
しかしコレで分かった。この子、ユリエスティの知り合いの子だ。ユリちゃんとはユリエスティの事で、ユリエスティ目当てで私達を盗み見していたらしい。
でもユリエスティの知り合いなら、隠れる必要はない気がする。知り合いなら話しかけて、間近で堂々と眺めればいいのに。どうしてこんな、お風呂場を覗く男みたいな感じで見ていたのだろうか。
「……失礼を覚悟でお聞きするのですが、まさかと思うのですが貴女は、ランギヴェロン様ですか?」
「へ?」
リズが、突拍子のない事を女の子に対して聞いたので、私はおかしな声を漏らしてしまった。
ランギヴェロンというのは、ユリエスティのお母さんで、威厳たっぷりの化け物のような黄金色の竜の事だ。確かに竜族は人の姿になれるみたいだけど、この女の子はあの化け物のような竜とは似てもつかない。いや、色合い的にはちょっと似てるか。全体的に金色だし。でもあの竜がいくらなんでもこんなにかわいらしい女の子に化けるはずがないだろう。
「さ、さて、誰だそれは。我はそんな人物知らんぞー。おかしな事をいう人間だなぁ、まったく」
目を泳がせ、竜族なら誰もが知っているはずの人物の名を、知らないと言う女の子。図星をつかれ、取り乱しているのが手に取るように分かってしまう。
あれ。つまりリズが指摘した事は事実で、本当にこの女の子がランギヴェロンだと言うの?信じられない。全く信じられない。
「我は帰って、やる事があるのでな。失礼するぞ」
「やる事とは?」
「我は竜族を率いる長だぞ。やる事なら山ほどありすぎて、どれとは言えん。あ」
「……」
今自分で言った通り、やはりこの女の子は竜族の女王。ランギヴェロンのようだ。