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休息 3


 少し練習すると、ルレイちゃんはだいぶ泳げるようになってきた。まだ動きはぎこちない所があるけど、元々の身体能力が高いので教えれば教えただけ上手くなっていくのがちょっと面白い。


「それにしても、シズが教えてくれたこの泳ぎ方は面白いですね」


 私達は皆で練習しているので、リズやサンちゃんにユリエスティも傍で泳いでいる。でも彼女たちは普通に泳ぐことが出来るので、代わりと言ったらなんだけどクロールを教えてあげた。

 元居た世界で一番速い泳ぎ方を教えてあげると、皆喜んで練習してどんどん上達していっている。


「うちはちょっとこの泳ぎ方、苦手っすねー……」


 そう呟いたのはサンちゃんだ。原因は勿論、その大きなおっぱいのせいである。


 彼女の体形は、泳ぐのに適していない。水の抵抗を大いに受けるその胸は、どのような泳ぎ方でも邪魔になってしまうだろう。

 というか水着が脱げないか心配だ。脱げてもここには私達しかいないので、別に良いんだけど。


「……?」


 ふと、何か視線を感じた気がする。

 まさか覗かれているのかと思って周囲を見渡すも、周辺に私たち以外に誰もいない。


「おい、シズ!余所見してないでちゃんと教えろよ!オレは今日中に、コイツら全員より速く泳げるようになってやんだからな!」

「先程も言いましたが、シズの独り占めは許しません!速く泳げるようになるのは良いですが、シズは渡しませんからね!」

「だーかーらー。たまにはシズを貸してくれよ!独り占めしてるのはお前だろうが!」

「だってシズは……私のなんですから、別にいいでしょバカー!」

「ば、バカ……?」


 まるで子供のように私を独占しようとするリズが、愛しくて仕方がない。

 バカと言われたルレイちゃんは、まさかリズがそんな子供のような事を言い出すとは思っていなかったのか、ちょっと驚いて固まっている。


「空気が読めないルレイさんのために、ちょっとだけヒントっす。いいっすか?リズリーシャさんは、シズさんの事をとても大切に想っているんすよ。シズさんも同じように、リズリーシャさんの事を大切に想っているっす」


 それはちょっとだけのヒントで収まる物なのだろうか。私とリズの関係のもうほとんどが、その言葉に集約されていると思う。


「それならオレだって、大切に想ってるぜ?だってオレ達は、仲間だからなっ!」


 胸を張って堂々と宣言したルレイちゃんに、そんなストレートな言葉でも通じる事はなかった。

 この子、ちょっと恋愛に疎すぎやしないかな。そりゃあ私とリズは女の子同士で、女の子同士の恋愛はちょっとアブノーマルよりではあるけど、ここまで言われたら普通は気づくでしょう。


「そ、そうではなくてっすね……」

「諦めましょう、サンリエフさん。きっとルレイさんには、到底理解する事の出来ない次元に私達はいるのです」

「そうっすね……」

「いや、待て待て、本当に意味がわっかんねぇ。ヒントくれ、ヒント!」

「ヒントならもうあげたじゃないっすかー」


 楽し気に話をする皆だけど、ふとユリエスティが傍にいない事に気付いた。周囲を見渡すと、彼女は少し離れたところでクロールの練習をしていた。


 私は1人で泳ぐ彼女を見て、彼女と話してみたいと思った。

 彼女の、家族に冷遇される環境は、私とよく似ている。辛く、苦しく、世界中を嫌いになってしまうような卑屈な人間に私はなってしまったけど、彼女は今どうなのだろうか。


「ちょ、ちょっと、練習してて」


 皆が話し込んでいる隙に、私はユリエスティの下へとやってきた。


「ん。なんじゃ、黒王族の……いや、シズと言ったな。妾に何か用か?」

「用……がある訳じゃ……」

「ならあっちへ行け」


 ユリエスティに邪険にされて、言われた通り皆の所へと戻りたくなる。しかしここで引き下がったら何も始まらない。


「ゆ、ユリエスティは、お母さんにあんな事言われてどう思った、んですか?」

「なんじゃ、唐突に。思えば妾が囚われていた監獄を潰した時も唐突だったし、ここへ妾も連れ出す誘いも唐突であったな。もう少し順序を踏めんのか」

「ご、ごめんなさい」

「いや、別に怒っている訳では……。母上に言われたあんな事とは、妾を子とも思わぬ厳しい発言の事じゃな?」


 私が頷くと、ユリエスティは悲し気に笑った。


「母上は自分にも周囲にも厳しいお方じゃ。皆のためなら自分の身を厭わぬ精神を持ち、竜族の誇りを胸に竜族を率いている。母上の娘として生まれたからには、妾も母上の名に恥じぬように生きる必要があり、その精神を受け継ぎ次代の竜族を率いなければならない。そのためだと思えば厳しいとも言えんだろう」

「き、厳しいとか、厳しくないとかじゃなくて……ただ私は、何か嫌な気持ちになりました」

「嫌な気持ち?」

「捕まっているユリエスティが、どんな目に合わされるかも分からないのに助けにも来ずに放置して、挙句に自力で逃げ出せないのなら自害しろとか……酷すぎる。どれだけ厳しく育てていると言っても、言っていい事と悪い事ってあると思います」

「母上にも、周囲に対する体裁という物がある。他人に厳しくしているのに、自分の娘にだけ甘くするわけにもいかんじゃろう」

「体裁とか、そんなの関係ないです。私は、あの発言を許せません」

「ほう。ではお主が母上を殴って叱ってくれるか?」


 あの黄金色の竜は、本当に、凄い迫力だった。安易に喧嘩を売ってはならない、上位存在。そんな感じがする。

 だからと言って好き放題やっていい訳ではなく、悪い事をしたら誰かが叱ってあげなければいけないと思う。


「つ、次に会ったら、私が言います」

「いや、冗談じゃ。母上も厳しく見えるかもしれんが、アレはアレで妾の事は大切に想ってくれている。はずじゃ。プライドの高い母上がすぐに裏切り者どもを殲滅しに来なかったのは、下手に手を出して妾が傷つくのを恐れた結果じゃ。たぶん」


 随分と自信のない言葉だ。本当にそう思っているのだろうか。


「にしても何故妾の事をそうまで心配してくれる。ここへ連れ出したのも、妾を心配してくれたからなのじゃろう?」

「え、えと……少し、私と似てたから……」

「シズと?」


 よく考えれば、自分と王様の娘を比べるのってどうなの。

 ユリエスティの親は、厳しいとは言っても自分の娘を立派に育てるために厳しくしているだけだ。対する私の親……血のつながっていない方の親は、自分達が楽をするために私を良いように使っていただけ。全然違う。


「お主の親も、怖いのか?」

「こ、怖いというか……」

「丁度良い。お主の親の事を話してみよ」


 なんか、ユリエスティに興味を持たれてしまった。

 話しても面白い話じゃないし、あんな連中の事を口にするのも面倒だから嫌だな。


「僭越ながら、私も気になります……」

「オレも気になるぜ。休憩がてら教えろ」

「う、うちも聞いていいっすか?黒王族の親がどんなか、気になるっす」


 離れたところで楽し気に練習していた皆が、こちらへとやって来て私とユリエスティの間であがった話題に食いついてきた。

 まぁ知りたいというなら、隠すほどの事でもないので別に話してもいいだろう。


「わ、私の本当の親は、私が小さい頃に死んじゃって……代わりに、親戚の人が親代わりになったんです。でもその人たちは私の本当の親が残したお金目当てで、しかも私を使用人か何かのようにこき使って、私の自由の時間は限られました。色々な事を言われたし、時には身の危険を感じる事もありました。あ、新しい親の、男の方が私の事を襲おうとしたんです。その時はなんとかやり過ごして、それ以降はなるべく目立たない格好をして地味に過ごすようにして、それで襲われる事はなくなりました。代わりに小言を言われるようになって、金のかかる事をするなとか、早く両親の所に行けとか言われて……。今では少し、家族という存在に対して不信感があります。自分は勿論、他の人の家族という存在に対しても、身構えてしまうというか……」

「なんじゃ。ただのクズではないか。そんな者共と妾の母上を一緒にするでない」


 自分の親の事を話したら、怒られてしまった。確かにあんなクズとユリエスティの親を一緒にするのは失礼にも程がある。


「良いか?妾の母上は確かに妾に対して厳しいが、とても立派な方なのじゃ。先代から竜族を引き継ぎ、立派に指導しておる。ヴィレンビーが災厄に襲われた時も、その手腕で皆をまとめ上げて竜族の被害を最小限におさえた。新たな町について妾はまだ見ていないが、母上の事だからきっと立派な町を作り上げているに違いない。それに──」


 ユリエスティが、自慢げに親の事を話しだした。あんな事を言われても、ユリエスティにとって母親は皆に自慢が出来る存在らしい。

 やっぱり、全然違った。


「う、うぅ。シズにそんな過去があったなんて……」


 ふと気づくと、リズが泣いていた。そして私を抱擁して頭を撫でてくれる。

 同情してほしくて話したわけではないけど、リズにこうして抱かれるのは嬉しい。嫌な事など忘れ、今のこの幸せを吟味しよう。


「この世界にはお前の両親は来てないんだよな?」

「は、はい」

「そうか。残念だ」

「な、何が残念なんすか、ルレイさん。いない方がいいじゃないっすか」

「いや、いたらオレがぶん殴って、ぶっ殺してやるのにと思ってよ」


 ルレイちゃんが残念そうに、両手で拳を打ってため息を吐く。その眉間には若干皺がよっていて、怒りを滲ませているようだ。

 リズは私のために泣き、ルレイちゃんは私のために怒ってくれている。それがなんだくすぐったくて、嬉しい。


「──じゃからな、妾の母上は凄いのじゃ。分かったか?」


 親の自慢話をしていたユリエスティの話が、終わったようだ。


 途中からほとんど皆聞いていなかったけど、夢中で語りだした彼女は止まる事無く話していた。

 それに対して、私達は苦笑するしかない。


 話を聞いて、ユリエスティに少し元気が戻った気がする。

 私も過去を皆に聞いてもらい、スッキリした。本来はユリエスティを元気づけるために計画されたこのバカンスが、私にも元気を分けてくれた。


 元気が出たら、あとはもう思い切り泳いで遊ぶだけだ。この天国を、今もう少し堪能するとしよう。


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